旧都エイジル

 アニール一行の馬車は王都エイジルを目指す。その中で、アルトが突然口を開く。

 

「なんでエイジルに行きたいんだ、お前たちは。もうとうに滅んでることくらい分かるだろう」

 

 その言葉に、アニールたちは少々戸惑った。最初は、人の多かった場所に行って他の生存者とコンタクトを取るのが目的だったからだ。だが、エイジリア王国の一番大きな都でさえ壊滅しているとなれば行く理由はないはずだった。

 

「……私は行きたい」

 

 ふいに、アニールの口からその言葉が漏れた。彼女は幌を払って空を見上げ、続ける。

 

「本来の目的とは外れるけど、私はかつての戦争がもたらした痕跡を見てみたい気があるの。それに、私はまだ都というものを見たことがない。私は、知りたいから行きたい」

 

 アニールが辺りを見回す。

 

「みんなは? このまま行くことに賛成する?」

 

 イヴイレスは彼女の言葉に頷き、「俺も知的好奇心というのがあるからな。アニールと同意見だ」と言った。エルベンは、「俺は分からねーが、二人が行きたいと言うなら行くわ」と答えた。

 

「そうか。分かった。……俺たちのいた村から1日半で着く。明日の昼には着くだろう。……野盗の根城になっている可能性もあるから、警戒しておくように」

 

 全員がその警句を受け止め、より一層周囲に気を配りながら旅路を進める。

 

 次の日は雲が空を覆い尽くした雨だった。ぬかるんだ地面を馬と車輪が踏みしめながら進む。イヴイレスがくしゃみをしながら馬を手繰り、前方を見る。……昼も過ぎた頃になると、王都が見えてきた。

 王都といっても、城壁は所々が崩れ落ちており、植物のツタや葉で表面のほとんどが覆われている。門は破れており、馬車が入れるようになっている。近づいてみると、城壁や門の前に白骨死体が非常に多く散乱している。

 

「何があった……」

 

「飢餓状態にあった下民の侵入を拒んでいたんだよ」

 

 アニールの疑問に、まるで見てきたような感じでアルトがすぐ答える。

 

「もっとも、王都の外で死体が積み重なる頃には中の連中も飢餓状態に陥ったみたいだけどね」

 

 そう言って、アルトが馬車を降りる。

 

「入ってすぐのところに馬房がある。馬をそこに繋いでおこう」

 

 アルトが馬を導く。アニールたちは、雨宿りをしようとツタと葉に覆われた建物の中にすぐさま入る。建物の中はとても砂埃っぽく、カビやキノコすら生えている始末だ。カビが一際生えているところをよく見てみると、人間の骸骨が下にあるのが見て取れた。窓から外を眺めてみると、道の石畳は大体が剥げており、植物に支配されている。他の建物も、アニールたちが入った建物と同じような始末になっていた。

 

「……やはり、往来の草が生えているところにも死体があるんでしょうか……」

 

 ユーアが呟いた。誰も答えない。想定はしていたが、あまりの酷さに誰もものを言えないのである。

 

「そうだよ、ユーアさん。これが王都……いや、王都だった所の現状だ」

 

 アルトが戻ってきては、開口一番にそんな事を言った。


 ざわっ。


 どこかで草むらの動く音がした。エルベンがすぐさま外を見ると、往来の草むらのところに魔獣がいる。大きめの壺のような体型をした鼻長の四足歩行魔獣、ヤクトヘヌだ。草食性だが、戦闘力は侮れない。

 

「もしかしたら魔獣の王都になってんじゃねえの」

 

 エルベンがそんなことを呟いた。

 

「ヤクトヘヌか。無理に駆除したところであと何体いるか分からんし、慎重に行動するか」

 

 そう考えるアニールの隣で、アルトが臍を噛む。

 

「ちくしょう、獣除けの魔晶が機能してねえこった! まさかここまでとはな、エイジル!」

 

 王都エイジルには魔獣よけのために獣除けの魔晶を配置していた。効き目は1000年続くとも言われた代物を使っていたのだが、盗まれたのか壊れたのかで機能していないらしい。

 

「獣除けの魔晶がまだ機能してる所を探しに行きたい、どうだ、みんな?」

 

 アルトの言葉にアニールが頷いて、全員がアルトに追従する。ユーアはフードの中の翼を窮屈そうにはためかせながら一行についていく。


「ここは…………人がいるのか?」

 

 馬を連れて魔晶の効き目が途切れていない場所を探してると、石畳の往来や建物などの建造物があまりツタや葉に覆われていない場所に出たのだ。アニールはその景色を見て、人がいるのかと推測した。

 

「魔晶のオベリスク……良かった、まだ機能してた」

 

 アルトが、頂点で仄かな紫色を放つオベリスクを触りながら安堵する。その魔晶は、なにか粘り強い材料のものでガチガチに固められているらしかった。

 気を取り直して探索しようとすると、一行の背後から声がした。

 

「お客様かえ? ……それとも泥棒かえ?」

 

 ハッとなって全員が声のした方を振り向く。老婆がひとり、片手のかごに色とりどりの葉っぱやら果実やらを詰めて歩いてきている。顔に刻まれた皺は深く、前が見えていないか心配になるほどに目蓋が下りている。

 

「あなたは……?」

 

 アニールが前に出て老婆の正体を聞き出そうとする。

 

「見ての通り、老婆じゃよ。名前は……フラルカン・アルメイルじゃよ」

 

 老婆はアニールの横を通り、家の中に入ろうとする。それをアルトが呼び止めた。

 

「私はかつてエイジリア王国軍だった者です。少々時間を取らせて申し訳ないが、今のこの王都のことを教えていただけませんか?」

 

 キッチリと足を揃えて敬礼し、老婆の言葉を待つ。

 

「……ここにはわしひとりじゃよ。城のほうに門番がひとりいる。門番のアーギュイは頑固者でな、あそこをなかなか離れはせん。……ほかは、死に絶えたわ……」

 

 言い終わった老婆はアニール一行を意にも介さず家の中に入ってしまった。これ以上得られるものはないと判断したアニールは、オベリスクの周りで休憩を取ることにした。


 次の日、曇りの向こう側からうっすらと太陽の光のシルエットが浮かび上がる天気の下でアニール一行は王城のほうに向かう。道中は魔晶の効果が及んでおらず、様々な魔獣が飛び出て来た。大半は草食の魔獣だが、たまに肉食の魔獣に出くわす。そのたびに戦闘になり、上り坂も相まって城門に着く頃には全員の肩が上がっていた。城門の前には、老兵がひとり、直立不動で佇んでいた。その周りには比較的新しい魔獣の腐乱死体が転がっていて、鼻をつまなければとてもそこにはいられなかった。老兵がアニール一行の姿を認めるとすぐさま刃の欠けた槍を構え、距離を取りながら問う。

 

「お前たちは何者だ……物見遊山のつもりなら即刻去れい!!」

 

 するとアルトが前に進み出、懐から王国軍の紋章を取り出したのちに王国流の敬礼をして身分を明かす。すると老兵が槍を下げ、アルトと同様の敬礼をした。

 

「これは失礼した。私は門番のアーギュイ。して、そちらの方々は?」

 

 アルトが後ろに下がり、アニールに視線を送る。その眼差しを受け取ったアニールは老兵の前に進み出て名乗る。

 

「私はアニール・トカレスカ。私たちは大陸の秩序を取り戻すべく行動している者たちだ。アルト氏に関しては、かつての王国軍の者ではあるが今は私たちの団の者ゆえ、その辺りを理解していただきたい」

 

「なんじゃ、王国に対する忠誠を捨てた者じゃったか。再度警告する、物見遊山のつもりなら去れい」

 

 老兵が再び槍を構える。忠誠が一際強い老兵には、王国に忠誠を誓わねば話にならないようだった。

 

「アーギュイ氏、もうやめよう。あなただって、王家がどうなったか知らないはずはないだろう」

 

 アルトの言葉を聞いたは衝撃を受けたように狼狽えて身体が震え、槍を取りこぼした。

 

「黙れい!! たとえ王死すとも我が忠誠は死なず!! 王家の栄えた証を護らずして何が王家の兵か!!」

 

 そう叫ぶが、老兵の手は未だ震えている。王家の断絶の事実は彼にとって受け入れがたいのだろう。それでも老兵の凝り固まった忠誠心は既に終わった王家の残骸を何としてでも守るという、ある種のやるせない行動に出ている。

 

「物見遊山かもしれないが、通してくれないかな。我々の団は若く、私以外にはかつて栄えた王国のことを知らない。王家に忠誠を誓う者ではないが、かつての王国のことを記憶に刻みつけたくてここに来たのだ。通して貰えないかな」

 

「……うぅ……勝手にしろ……」

 

 涙しながら老兵はあっさり許可を出してしまった。アルトが先導して扉を開ける。アニールは老兵の泣き崩れる姿に髪を引かれる思いをしながら、アルトについていく。


 門をくぐった先は荘厳だった。城の壁にふんだんに装飾が施され、話に聞いたことも無いような怪獣や人の姿が柱や壁に彫られ、あるいは描かれていた。中に入ると巨大な空間がアニール達を出迎えた。だが大理石の敷き詰められていた床はカビに覆われていた。湿り気が強く、回廊の壁の王家の物語を所々カビが覆い隠している。

 カビ、カビ、カビ。コケもある。荘厳な外見とは打って変って陰気くさい城内を見回る。どこの壁にもところどころ何かが取り外された跡が四角形に残っており、話に聞いたような宝石や金などの装飾品など城の何処にもなかった。終いには箪笥が部屋の外側に跡形もなく砕け散って朽ち果てている光景を目の当たりにした。最後に謁見室に着くと、アルトが段差の盛り上がったところのひとつ手前に立ち尽くす。

 

「ここにあったんだ」

 

 ひとり呟くアルト。その声を聞いたアニールたち若者の中で、アルトの言わんとすることが分かる者は居ない。

 

「ここにあったんだ、玉座が」

 

 そこに、玉座はなかった。




 王城を見回り終えた一行は門を開けて、外に出る。既に日は遠い山脈の陰に隠れようとしている。一行はみんなが視線を下に向け、言葉を交わさなかった。不意に、イヴイレスが顔を上げる。

 

「城がこんなに大きくてここから見える王都がこんなに広いんだ、本当に栄えていたのだろう」

 

 だが、そんな王都などどこにもない。

 

「ここに来れてよかったと思うよ、私は」

 

 アニールがそんなことを呟いて、それまで空を見上げて黄昏ていたたアルトが彼女を振り返る。

 

「昔のことを知れて満足かい?」

 

「うん。……私たちが目指そうとしている未来がこうなってはいけないという思いが強くなった」

 

 多少予想外の返事に一行が慌てて狼狽える。その中を堂々と歩き出てみんなの前の位置に移動したアニールが太陽の光を背中に受けながら、言う。

 

「取り戻してやる。旧き者共がその愚かさ故に取りこぼしてしまったものを、な」

 

 その眼は、炎に満ちていた

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