有翼の騎士、老練の騎士
夜、村の中心。
複数の丸太にそれぞれトルバ、イヴイレス、兵士の一人(兵装は解除した)、壮年の男性(指揮者)、村のまとめ役だという中年女性が座っている。
「時に、ユーアさんだっけ。」
女性がユーアについて言及した。
「あれ…天使とかいうやつでしょう。イヴイレスさん、どうなってるんですか。」
「ユーアさんは…天界を抜けて来たらしいです。それで行き倒れているのを我々が保護しました。」
と答えると、女性が更に質問する。
「天使は今この地上では珍しい存在だけど、どうするつもりなの。」
「それはユーアさん本人次第です。」
「冗談じゃない。少なくとも私達はこの村に天使を留まらせることは無理です。明日の早朝にはすぐに出なさい。もう争いの種を持ち込むんじゃないよ」
中年の女性の厳しい言葉に、イヴイレスは頷き返すことしかできなかった。
「ユーアちゃんどうしてるの、今は。」
とトルバが訊いた。
「今は、村の小屋を借りていただいて、看病して貰っています。どうやら治癒魔法は負担が重いようで。」
「治った人、骨折も内出血も治ったらしいけど、凄いね。」
「そうですね。あれ程だとは思っても見ませんでした。」
「土葬の用意が出来ました。」
と村の男性が駆けて来た。
「よし。みんな行くか。」
同時刻 小屋
「うーーーー……。」
ユーアが呻いている。顔が紅潮している。
「容態は?」
とアニールが元軍医に訊いた。
「今は大丈夫。高熱で苦しいだろうが、安静にしていれば三日位で治る。」
「これ…原因は魔力の過使ですよね。」
「その通りだ。…治癒魔法、人一人の命を救うには自分の命を差し出す覚悟がいるもんだな。」
「…。」
アニールは口を噤んだ。ユーアを見る。彼女が天使であることは露見した。自分の命を危険に晒してまでも、一人の命を救おうとした。やさしい、こ。
アニールは、つい右目から涙が落ちているのに気付いた。
「あんさんもかなり疲れとる。休みなさい。この村は殆どが兵士落ちだから大丈夫。」
「…休ませて頂きます。」
そう言ってアニールはエルベンと交代しようと小屋を出掛けた。
「あ、待て。」
元軍医から呼び止められた。
「…あんさん、何故生きていられる?」
そう言われて、アニールは首を傾げた。何を言われているのか分からない。
「疑問に思っていたんだが…、左半身全域に及ぶ重い火傷で生きていられる者は居ない。」
そう言われて、納得がいった。
「私を保護してくれた師匠から聞いたんですが、小さい頃周りの方々が手厚く手当てしてくれたそうです。」
「それでも、奇跡な事だな。」
「ええ。私はいつかすぐ必ず死ぬ、と言われていたそうですよ。」
「ここにおる天使よりあんさんのほうが奇跡だ…。成る程、諦めなければ救える、か。」
「そうかもしれませんね。休みます。」
そう言って、アニールは小屋を出た。
「…こいつ、も。」
元軍医はユーアを見た。
「…諦めなかったな。私は、諦めたのに。」
元軍医はため息をついた。
「そうか。行くのか」
翌朝、アニールたちの馬車のそばで、トルバは目を伏しながらアルトの肩に手をかけている。
「ええ。行きます」
「そうか」
トルバの手は彼の肩を離れ、力なく垂れる。
「お前は俺の優秀な副官だった。あの頃は若く有能だったお前が……ごめんな。こんな歳にさせるまでここに停滞させちまった」
「いえ。それは私の我儘です。私の勝手でここを離れることをお許しください」
そう願うアルトの目は半分伏せている。名残惜しいのだ。
「そうか」
トルバは歯を噛み締め、口を開ける。
「では、トルバよ。たった今エイジリア王国軍十傑麾下トルバ隊第二副隊長の任を解き、エイジリア王国軍から永久に除名する。これでお前は自由だ」
アルトはその言葉を何度も脳内で反芻する。そして、今までずっといた居場所から足が離れたのだと実感する。
「ありがとうございます、トルバさん。これより私はトカレスカさんの団にて頑張ってきます」
アルトとトルバが握手し、アルトの方から手が離れる。
「では」
アルトが彼の槍を持ち、馬車に乗り込む。数人の村人が見送る中で、馬車は旅立ってゆく。
馬車の進む速度はいつもよりゆっくりだ。そのわけは、天使ユーアが未だに体調を崩しているからである。
「ちょっと良くなったかな……うぅ、頭痛いよ」
「寝てなって。魔法で冷やしてあげるから」
アニールがユーアの額に手をかざし、冷却する。
(……駄目だな。お世話になりっぱなしだ)
ユーアは、この一行におんぶにだっこの状態の自分に怒りの感情を覚える。
(私は誰かに世話されるために地上に来たんじゃない。世界を変えるために……)
回想:まだ天界に居た頃
「駄目だ!」
父親がユーアから本を取り上げ、破った。
「政府の禁本をどこから手に入れてきたのか…。」
父親はユーアの腕を引っ張り、役所に届けた。子供も例外なく、懲罰の対象だった。
いつもそんなことの繰り返しだった。天界は、極度の風紀統制に圧されていた。学問は、天界の指示するもの以外禁止。宗教は許されず、終いには娯楽を全て消し去ってしまった。全ては、天界の、「清く、正しい天使」という方針の元実施されていた。父親は熱心な方針支持者だった。熱狂者は他にも居た。だが一方で、体制に反対する者達もいた。
「おお、ユーアちゃん。」
ひみつのばしょに行くと、おじさんがひみつのほんを読ませてくれた。
「この物語、面白い!」
「だろ、確か下界のヘラクレア物語だったな。一人の男が神を倒すんだ。」
ひみつのばしょには、大人が沢山いた。
「開国して市場を解放すれば更に俺たちは栄えるんだ。」
「今、上は富を独占している。我々下層に浸透させねばならない。」
「文学を自由にすることこそが豊かな精神に繋がるのだ。」
「圧政下で国民の精神を正しい道に導くことは出来ない。歴史がそれを証明している。」
「先進的な政治の取り組みの一つに民主主義というものがあってだな。」
「国民の精神は今限界だ。議論なんてやめにしてさっさと運動を起こさねえか。」
私には分からない言葉ばっかりだ。だけど、大人達の目は生き生きと輝いていた。
それにひきかえ、父親の目は狂ったような暗い目をしていた。光のない、ただただ何かを渇望するだけのような目。
十五歳。
「え、下界に行くんですか。」
「ああ。警備の隙を縫って下界に行けそうだ。」
私は、この鬱屈した世界をぶっ壊したかった。それで、ひみつのばしょのみんなを日の元に出したい。そうすることで、みんなが救われると信じているから。
「私、行きます。下界で頑張って、ここに戻ってきます。」
時は戻って、現在。
(なのに、まだ私は何もできていない)
瞳の端から涙が一滴溢れ、それを手首で覆い隠す。そこでゴロリと頭の向きを変え、馬車の外側を見る。
(秩序のない地上。生きるには過酷な世界。……この地上が再び栄えるようになるまでにはどれくらいかかるんだろう)
そこまで考えて、ユーアは自分の思い上がりを自覚する。
(……違う。どうして私は”待って”いる? 他人任せにしないで、私もできることをやらなければならないのに……!)
ユーアの拳がぎゅうっと固く握られる。少しばかり瞑目して、ようやく彼女なりの答えを出す。
「皆さん、お話があります」
上半身を起こして背を木箱にもたれかけさせ、呼吸を粗くしながら一行の顔を見渡す。
「私、ユーア・パステルスは使命を帯びて天界から降りてきました。ですが地上では社会が滅びていて、とても我々天使たちとの繋がりを持てる状態にありません。そして、私は天界に戻れる状況でもありません。……ならば、この地上が再び栄えるよう、私も皆さんの助力をしたいと考えています。人を幸せにしたいのは、私も同じですので」
宝石のような赤い眼が輝く。皆はお互いの顔を見合わせて、相談するまでもない、と笑いあってエルベンが彼女に手を差し伸べる。
「じゃ、もう仲間だな」
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