舞い降りる巨鳥、エインヘス

 村中に響き渡る鐘の音を聞いた村人たちは、それぞれの得物を取って村の広場に集まる。アニールがその場に行き着くと、エルベンとイヴイレス、ウインダムスの3人に話しかける。


「状況はどうなってる? 敵は?」


「来たかアニール、俺達はアルト氏の指揮下に入る。敵はエインヘスという白い巨鳥が2頭だ。ユーアはあそこの避難組に入ってる」


 武装している村人のグループの隣には女子供、といった戦えない人たちのグループがある。その中にフードを深く被ったユーアの姿が認められる。


「全員、聞け!! これより我々はエインヘスと戦闘に入る! エインヘスの大きい方はトルバ様が単身で相手をなされる! 我々は小さい方を相手取る!」


 覇気のこもった声を張り上げ、アルトが槍を掲げる。だが、年老いた者の多い元兵士たちは目に光がない。


「……野郎ども、声を張り上げよ! 今こそ闘うべき時であると知れ!」


 アルトが再三声を張り上げるも、士気は中々上がらない。アルトはため息をついて、進軍の号令をかける。その頃には、村の真上に白い巨鳥がやってきていた。避難グループは既にその場を去っている。


 エインヘス。白い巨鳥。大の大人を複数人まとめて容易に踏み潰せるほど大きく、その剛翼から放たれる突風は建物を容易く破壊する。その大きさ故に、人間がエインヘスを倒すには数百もの傷跡を負わせる必要がある。魔獣の中でも強大な種に分類され、人が単独で倒すことは叶わない。たった数人の例外を除いては。


「では、アルトたちは小さい方を頼んだぞ」

「はっ。ご武運を」


 たった数人のの例外。そのうち一人。”光亡き地のトルバ”。彼が足を溜め、空を飛ぶエインヘスを見上げると―――跳躍した。その場に衝撃波が起こり、トルバがさっきまで立っていた地面が凹んだ。トルバは青空へと浮かび、大きい方のエインヘスと見合う位置にまで跳んだ。

 アニール達は絶句した。かつての大戦で最も戦威を振るったとされる戦士の一人。それが”光亡き地のトルバ”。その伝説を彼らは目の当たりにした。


「ギッ……シャアアアアアア!!」


 大きい方のエインヘスが叫ぶ。トルバが大きい方のエインヘスに剣を突き立てて飛び乗り、トルバを振り落とそうと暴れるエインヘスが村から離れていく。―――小さい方のエインヘスが村に目をつける。


「! 降下してくるぞ! 全員、輪状に離れろ!」


 エインヘスが滑空を始め、村の方へ降りてくる。そのスピードは凄まじい。地面に降りてきた瞬間に衝撃波が生まれ、着陸の線上にいた数人かの元兵士が吹き飛んで簡素な作りの家が数件崩れる。幸い、アニール達はエインヘスの着陸を避けている。


「射線を開け! 弓隊、射れーーー!」


 アルト氏がそう叫んだ瞬間、隊伍に秩序が生まれた。即座に剣や槍などの近接武器を持った元兵士たちが左右に避け、弓を持った集まりが現れる。ビュン、ビュンビュンと矢が放たれる。

 ドゥン、ドン、ドゥン。エインヘスの右横っ腹に矢が刺さってゆく。白い体毛に赤い血が染まってゆく。


「キシャアアアア!!」


 苛立ったエインヘスが地面を踏み鳴らして大地を揺るがし、翼を扇ぐ。翼から生まれた壁のような突風が弓隊を吹き飛ばす。大の男たちが軽石のように宙に放り出され、次々と地面に叩きつけられていく。元兵士たちはすっかり怯んで、武器を構える角度が上がってしまっている。


「……それでも元兵士の端くれか! 今ここで引けば、家族の命はないぞ!」


 それでも怯んで動かない元兵士たち。エインヘスが次の標的に定めたのは、アルト・ネレスト。エインヘスとアルトの視線がぶつかる。


「……こうなっては已む無し。我が生涯の最期、とくと見よ!」


 手にしている槍を構えて突進するアルト。エインヘスが再び翼を扇ごうとする。刹那、エインヘスの頭をエルベンのルツェルンハンマーが叩いた。剛腕の男の質量攻撃にエインヘスが怯んで横にふらめく。その隙を逃さず、アニールとイヴイレスがエインヘスを挟んだエルベンの向こう側から瞳を目掛けて剣を突き刺す。二人の剣が重なってエインヘスの片目を貫いた。


「きみたちは……」


 その刹那、アルトの瞳に光が宿った。


「キャアアアアアアア!!!」


 エルベン、アニール、イヴイレスの3人がすかさず距離を取ったあと、エインヘスが先程までとは打って変わって、なりふり構わずに暴れる。痛みから逃れようとして無闇に建物にぶつかり、無造作に羽ばたく動作をして無闇矢鱈に突風を生じさせる。周りにいた者たちはエインヘスを避けようと遠ざかり、逃げ遅れたものは嘴につままれて放り投げられたり突風に吹き飛ばされて壁にぶつかったりした。


「ふたりとも! それぞれバラけるぞ!」

「「おう!」」

「僕だって!」


 アニールの号令に応えるエルベンとイヴイレスにウインダムスが加わり、4人がそれぞれバラけてエインヘスの四方を囲う。暴れまわるエインヘスの死角を縫って、まずウインダムスとエルベンが同時にそれぞれの得物を繰り出す。ウインダムスの槍がエインヘスの後ろ左脚を貫き、エルベンのルツェルンハンマーが後ろ右脚を折る。たまらず飛び立とうと翼を羽ばたくエインヘス。その翼が下りた瞬間を狙ってアニールとイヴイレスがそれぞれ右翼と左翼の弱点、柔らかいところめがけて剣を振り下ろす。翼が真っ二つになって吹き飛ぶ。エインヘスが倒れ、その上にアニールが飛び乗る。高く掲げる彼女の剣が太陽の光を受けて輝く。首に狙いを定め、剣を深く突き刺す。


「キシャアアアァァァ……」


 エインヘスは泡を吹いて、沢山の血を土草に染み込ませる。ぴくりとも動かなくなる。草土に受け身を取りながら転がったアニールがゆっくり起き上がる。周りの元兵士たちの視線が次々と驚愕を伴うものに変わる。


「……討ち取ったぞ! 巨鳥エインヘスを! ———我々の勝利だ!」


 アニールが叫ぶ。しかし、その声に応えたのはイヴイレス、エルベン、ウインダムスの3人しかいない。その場にいた元兵士たちの瞳に怖れが伴い始め、距離ができてゆく。その場を動かなかったのは、アルト・ネレストだけであった。


「エインヘス討伐の協力、感謝する。……いや、むしろあなた方が主だって討伐していたな」


 アルトが膝を曲げて恭しく礼をする。


「見苦しいところを見せてしまって申し訳ない。この村の、剣を握る意味を見失った腰抜けどものことは、私が変わって謝罪します」


「いいよ、それより負傷者の手当てをまずやらないと。それに、大きい方のエインヘスはまだ解決してない」


 アニールが、剣と瞳を大きなエインヘスの飛び去った方へと向ける。


「……大きい方は問題ありません。トルバ様が解決してくださいます」


 アルト氏が断言した瞬間、天地を”闇”が貫いた。村の遠くで起きたそれは、しかし誰の目にも近く見えるほどに巨きかった。闇の柱が徐々に細くなっていき、完全に消える。未知の災害とも言える現象を目の当たりにしたアニール達は目を大きく開かせながら、ひとりの男の名を頭に浮かべる。光亡き地のトルバ。闇の柱が消えた方向から一人の人影がやってくる。まだ完全に消えていない、闇の魔法の残滓を身にまといながら、エインヘスの首を手に提げながら、その男はゆっくりとやってくる。


「よう、野郎ども。……やっぱり、今のお前らじゃ無理だったか」


 トルバは村の様子を見まわした後、その言葉をアルトに投げかける。アルトは沈黙したまま、理由あってか悲しい目つきをトルバに返す。そのつぎに、トルバはアニール一行に目を留める。


「エインヘスは一国をも滅ぼしたとされる、伝説の巨獣だ。それを幼体とはいえ4人という少人数で仕留めるたあすげえじゃねえか」


 エインヘスで一国が滅ぶなら、この人はどれくらいの国を滅ぼせるんだろうか。イヴイレスは心の中でそう愚痴ついた。それに入れ替わるように、アニールがトルバの前に立つ。


「それほどの力がありながら、あなたは何故立ち上がろうとしないのだ」


 最強ともいえる力を持ちながら、世界が滅ぶことを憂いつつも立ち上がろうとしないことに率直な疑問を持ったアニール。トルバの目の光が鈍る。


「疲れたんだ。この手で振るう力の意味が分からなくなっちまった」


 その場を去るトルバの背中を、アルトが恨めし気に睨みつける。トルバがいなくなり、元兵士たちが負傷者や死者を運び出して引き上げていなくなる。その場に残ったのは、アニール達とアルトだけだ。その場に佇むアルトが気になったアニールが声を掛ける。


「アルトさん。まだ何か気になることが?」


「……今のトルバさんのこと、どう思う?」


 意外な言葉にアニールが目を丸める。慌ててアニールが顎に手を当てて考え、思いついたことを口にする。


「えっと、とても強くて……でも、立ち上がろうとしないのが不思議だな。疲れたとおっしゃっていたが、理由が曖昧なような気がするな」


「……その理由は俺が知っている。話そう、トルバさんがなぜ立ち上がろうとしないのかを」


 アルト氏がゆっくりと口を開く。

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