3+1 is Guardian

 戦いのあった次の日の朝、アニールが目を覚ます。まだ重い瞼をうっすらと開けて周りを見渡す。藁のベットにイヴイレスが寝ている。エルベンの姿は廃墟の中には無く、アニールは壊れた壁の隙間を通って外に出る。瑞々しい草葉を踏み分けて、素振りするエルベンの近くへと歩いていく。


「ここにいたのね、エルベン」


 重い瞼をなんとか開けて彼の顔を確かめるアニール。彼の顔はとても朗らかで、身体は大きいのにまるで少年のようだ。


「おうよ。この武器、ルツェルンハンマーって言うらしいんだが、俺の手になじんできやがる。ちくしょう、なんで故郷の村にはなかったのかね」


 アニールと話ながら素振りを続けるエルベン。彼が突き、払う度に大自然の中で迎える朝ならではの瑞々しい空気がルツェルンハンマーの穂先、あるいは槌によって、裂かれていく。その風圧を彼の間近で受けながら、アニールの瞼はどんどん軽くなっていく。やがて、アニールは何かを思い出したかのように手をポンと叩いた。


「鍛錬はそこまでにしておいてよエルベン。今日はもうここを出るんだから」



 ――――――――――――――――――



 陽光の差し込むエリの家で、エリと一緒に野菜を食み、パンにかぶりつくウインダムズ。槍は布に巻かれて壁に立てつけられている。


「お礼してもし足りないわ! ウインダムズ君、ほら、たくさん食べてねー!」


 昨日の野盗の襲撃からエリを助けたおかげで、ウインダムズの目の前は食べ物でいっぱいになっている。


「こんなに食べきれないですよ、おばさん……」


 腹が膨れきったウインダムズの目の前に、まだまだ積まれる数多の料理。さすがに見かねたエリが彼女の父親の耳を借りる。彼女の父親が眉をひそめて頭をボソボソと掻きながら、


「流石に備蓄のこともある。彼へのお礼はもう充分だろう?」


 と彼女の母親を制止する。


「そう? 確かにもうこれだけすれば今朝の分は充分かしらね」


 とテーブルの上の料理を確かめながら彼女の母親が言い、ウインダムズの傍へ寄る。


「確か、イアグさんに勘当されたって聞いたよ。これからはこの家を我が家だと思ってくれていいよ!」


 母親の言葉を聞いてエリの頬の色が赤くなった気がしたウインダムズが彼女に視線を向ける。視線が合ったエリは俯きながらも口角を上げて、鼻をかいている。

 申し出は嬉しい。心の中で、ウインダムズは思った。それと同時に、彼の心の中では、既に決めていることがあった。


「実は僕、言わなきゃならないことがあるんです。僕のこれからについてですが……」



 ――――――――――――――――――――


「もう村を出るのか、3人がた」


 廃墟前でアニールら3人組は既に馬車に荷物を積み終わっており、そこへイアグがやってきているのだ。


「ええ。いい情報が聞けましたし、アスクベアの討伐で余った肉を交換もできましたし。私たちはこれからも騎士団を立てるまで旅を続けるつもりです」


 馬車の前で、半身火傷のアニール・トカレスカがそう答える。エルベンとイヴイレスは既に幌の内側にいる。


「そっか。……昨日の件であんたらに礼をしたい者が数人かいる。村の出口で待ってるから、必ずそこに寄ってくれよ」


「ああ。ではまたあとで、イアグさん」


「ああ。またあとでな、アニールさん」


 2人は固い握手を交わし、イアグがその場を離れる。その背姿を木の陰から見るものがあった。ガサガサ、と草むらが激しく擦れ合う音がしてアニールがその方へ剣を構える。


「僕です、ウインダムズです!」


 草むらの陰から現れたのは、ウインダムズ・ウィンガーディアンその人であった。なんだ、と溜息をついてアニールは剣を仕舞う。何だ何だ、とエルベンとイヴイレスが馬車を降りる。エルベンはリンゴをかじりながら、どうしたんだウインダムズ、と問いかけて彼に近づく。するとウインダムズは屈みだして、左膝を地面につけて右肘を右膝の上に乗せ、右の拳を心臓のある位置に当てて左手の槍を正面方向にまっすぐ地面に置く。――ヴェールの地方では正当な敬礼の仕草だ。


「不肖ウインダムズ・ウィンガーディアン、あなたがたの騎士団に参加させていただきたく申し上げます」


 突然の申し出に、少しだけ固まる3人組。アニールもエルベンもイヴイレスも自分の耳を疑い、アニールが確認する。


「もう一度言ってみて。今度は理由も欲しいな」


 ウインダムズは姿勢を崩さずに間を置いて、アニールの眼を見る。


「僕がこの村で槍を持ったのは実は、育ての親が槍を使っていて僕も憧れた、その程度なんです。あの大きな背中みたいになりたいと思って、槍を持っていたんです。でも僕は臆病者で昨日になるまではろくに敵に立ち向かえなかった。10回も怯んだせいで勘当されましたし」


 ウインダムズは両手を確かめ、槍を握り直して続きを話す。


「でも昨日、幼馴染が目の前で危ない目に遭おうとしてて、その時に恐怖を力に変えて敵の前に立つことができました。あの時僕が槍を振るったから彼女は今も家で家族と楽しそうに話せている」


 少年はエリの家の方を向いて、少しだけ微笑んだ。

 

「……そして、昨日の襲撃で見知った人が亡くなって胸に穴がぽっかり空いたときにあなたの話を聞いて、ようやく僕が槍を持つ本当の理由を見出せたんです」


 ウインダムズの瞳に力がこもって、アニール・トカレスカの眼差しをしっかりと受け止める。


「これからの人生を、僕は槍で人を護ることに捧げたいです。もう失いたくない。だから入れてください、貴方がたの団に」


 言い終わり、口を強く結んでウインダムズがアニールを見上げる。


「この村はいいのか? ウインダムズ」


「勘当されたので、本来ならこの村ではもう槍を持てないんです。……でももっと活躍して、もっと強くなって、そうしたらこの村も護りに戻って来ます。許されなくてもいい、イアグさんを認めさせられる騎士になりたいです。だからお願いします」

 

 アニールはその眼差しを受け止めて微笑み、青い髪を靡かせて、後ろにいる2人に問いかける。


「どうだ、仲間になりたいそうだ。私は良いと思うが?」


 イヴイレスは顔をしかめて何かを言おうとしたが、エルベンがイヴイレスの肩に手を置く。


「心配すんな、あいつの強さは俺がしかと見た。俺が保証する」


 エルベンがウインダムズに顔を向けてニカっと笑う。やれやれ、と苦笑いをしてイヴイレスが頷く。


「決まりだ。ウインダムズ・ウィンガーディアン、貴方を我が団の仲間として迎え入れる」


 アニールがウインダムズに手を差し伸べ、ウインダムズがその手を握る。


 ――――――――――――――――――


 出発の時間。アニールたちの幌馬車が村の出入り口にやってくる。イアグやエリとその家族、お礼の品を持った人々が集まっている。――――イアグは、幌馬車の中の人影が1人増えているのに気付いた。イアグが馬車に歩み寄るより早くエリが駆け付け、馬車の中の人物に話しかける。


「ウインダムズくん……本当に行っちゃうの!?」


 目いっぱいの涙を貯めるエリに、馬車の中の人物が応える。


「ああ。大丈夫だ、いつかまた会いに来る」


 イアグはその歩みを止め、幌馬車の中身から目を逸らす。その後ろでオルグが「いいのですか?」と問いかけたが、イアグは逆に睨み返す。イアグだけが馬車に背を向けたまま、村人たちが馬車に集まる。襲撃があったときに敵をやっつけてくれたことの礼と、物珍しき外からの客との別れの惜しみとで。


 アニールたちと村人たちの会話が終わり、馬車から1人の人物が降りる。その人はイアグの背中に向って言う。


「僕は行きます。人を護るためにアニールさんたちと行きます。そしていつか必ずこの村も護りに来ます。許されなくてもいい、報告だけしておきます」


 その人は言い終わると再び馬車に乗る。エリが泣きじゃくり始める。


 御者台に乗っているアニールが馬に合図して、馬車を前に進める。門を出、坂を下る。村の風景が遠ざかってゆく。


 ――――村の門の下で、槍が輝く。

「勝手に頑張ってこい、ウインダムズ――――!」


 それはイアグの叫びだった。馬車の中でウインダムズが叫びを耳に受け止めて、頬に涙を流し始める。


「頑張って”こい”だとな、ウインダムズ。いつか本当の騎士団になって凱旋しような」


 エルベンの言葉に頷いて、瞳に溜まる涙を拭うウインダムズであった。


 

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