戦火、静まる時
鉄の銀色の光芒が数多に瞬いて、金属音が鳴り響く。ガキ、ガキ、ガキィィン。1合、2合、3合。エルベンは苦戦している。ルツェルンハンマー、槌と槍を兼ね備えた武器を構えた巨漢と今やり合っているのだ。
ルツェルンハンマーの槌がエルベンの頭を襲う! 横に振るわれたそれを飛びのいて避け、エルベンが剣を構え直す。魔法を行使する暇も与えてくれず、ただただエルベンは剣で攻撃をいなす。角度をつけて剣の面で穂先を受け、威力を流す。単純な突きに剣を叩きつけて軌道をずらす。時には全力で横に跳び転がり、距離を取った。
「そろそろ逃げてくれたかな」
茶髪の騎士はそう呟くと背後に目を配って、アニールとイヴイレスが逃げ遅れた者を無事遠くへ逃がしたことを確認する。単純な動きしかしないがリーチも破壊力も違い過ぎる相手には間合いを取りつつ攻撃をいなすしかなかった。エルベンは頭を使って戦わざるを得なかった。
「そろそろ俺も逃げていいかな……ん……?」
彼の視界の中に、誰かが入ってくる。2人だ。巨漢の向こう側から、建物の角を曲がってこっちに現れてくる。ひとりは半獣人の女の子。そしてもう1人は———、話には臆病と聞いていたはずのウインダムズ・ウィンガーディアン。
「下がって、エリ!」
ウインダムズが叫び、槍を構えて突進する。巨漢が一瞬怯んで頭だけ振り返り、隙ができる。
「でぇぇぇやあああああっ!」
エルベンも叫び、巨漢に突進する。相手するべき対象を迷ったルツェルンハンマーはその間合いを失い、あっという間に2人の少年を懐に入らせてしまう。——剣と槍が、巨漢の身体の中で交錯して貫通する。巨漢の身体が崩れ落ち、エルベンとウインダムズを隔てるものがなくなった。戦利品とばかりに敵のルツェルンハンマーを拾い上げた後でエルベンがウインダムズに声を掛ける。
「……お前、話に聞いてたのとは違うな! かっこいいじゃないか、ウインダムズ」
エルベンの目の前に立っている少年は身体中ボロボロだったが、その代わりに何故か眩しく見えた。背格好はまだ小さいのに、大人の成熟したような感じを纏っている。少なくとも、今ここにいるウインダムズを誰も侮れやしないだろうとエルベンは思ったのだった。
「……僕が案内してた客でしたよね。味方ですよね?」
「ああ。今は逃げ遅れた人を保護してるんだが……そこのお嬢さんも逃げ遅れた人か?」
建物の角に隠れていたエリが恐る恐るウインダムズの背中までやってきて、ウインダムズの背に身を隠しながらエルベンを見る。
「うん。この子はエリで、幼馴染なんだ。僕が送ってやらないと……」
「じゃあ、俺と行こうか。君もボロボロだぞ」
エルベンとウインダムズがエリを挟むようにして並び、周囲を警戒しながら避難所までの道筋を辿る。
「エリが、エリが、エリはどこ……」
避難所の出入り口で泣きじゃくる母親を村の警備員がなだめる。逃げ遅れた人を送ったアニールとイヴイレスはまだ体力が余っていることもあり再度村に入ろうとした。——その時、ウインダムズとエルベンがエリを護りながら避難所の前に姿を現す。
「!! ……エリ、エリーーーっ!」
「お、おかあさんっっ!!!」
それまで抑えていた恐怖を解放して母親に抱きつき、泣きじゃくるエリ。その後ろでオルグがウインダムズに近づく。信じられないような瞳で”騎士”になったばかりの男子の身体をじろじろと見まわす。
「お前……戦ったのか?」
こくり、とウインダムズが頷く。
「な……何人と?」
「3人。うち一人は、お客様のエルベンさんと協力して倒した」
オルグは全身の毛を逆立たせて、目をまん丸くする。眼の前の怖がり屋が、まさか敵に立ち向かい倒してきたとは信じられなかった。それでも、ウインダムズの身体に重ねられた傷と槍の柄に染まる赤い血が彼の戦いを証明している。
「もう臆病なお前はいないんだな……」
ポロリ、とオルグが呟く。ウインダムズは首を横に振り、
「臆病なのは変わらないよ。恐怖と共に歩けるようになっただけ」
ーー変わった。心の芯からオルグはそう思った。
「ありがとう、ありがとう、ウインダムズくん……!」
いつの間にかエリの母がウインダムズの方にやってきて彼の手を取る。
「私の娘を助けて下さってありがとう……! お礼たくさんするよ……! 感謝してもしきれない……」
「私からもありがとう、ウインダムズ君。うっ……本当に怖かった……。君に守られて、私は生きていられた……ありがとう!」
エリの母親は泣きじゃくり、エリは笑顔で泣いている。その様子を見て、自然とウインダムズの口角が上がる。
「あっ、ウインダムズ君。怪我ひどいから手当するからこっちおいで」
思い出したかのようにオルグが促し、ウインダムズも避難所の中に入る。
アニールの一閃の光芒が、襲撃者の身体を真っ二つにする。 その背後で、エルベンは戦利品のルツェルンハンマーで襲撃者の側頭を叩いてぶっ潰して鮮血を噴き出させる。
「……逃げていく。もう終わりだな」
屋根の上で、弓に手をかけた敵の死体の隣でイヴイレスが辺りを見回して状況判断をする。イヴイレスが戦いの終わりを村全体に告げ、人々は安堵する。
「お前らが頑張ってくれたんだな。ありがとう」
別の場所の守りから解放されてアニール達のところにやってきたイアグが頭を下げる。そんな彼の手にも血に塗れた槍がある。
「いえいえ。イアグさんもお疲れ様でした」
そう言われたイアグはバツが悪そうに目を逸らし、言う。
「いや。まだ仕事は終わっていない」
誰かの家の壁にもたれかかって胸に穴が空いている村人の遺体のを見ながらっそう答えた。アニールはハッとして、バツが悪そうに目を左右に動かし、やがてイアグと目を合わせる。
「すみません。遺体の運び出しとか、手伝います」
――――――――――
遺体の運び出し、炊き出し、戦の破壊のあとの整理。その中でイアグは妙な噂を聞きつける。
「イアグさんとこの子供が少女を助けたらしい」
誰かの世間話が偶然イアグの耳に引っかかった。食料の袋を地面に置き、その会話をしていた2人組に突っかかる。あまりの迫力に2人組が怯む。
「おい、ウインダムズがどうした、だと?」
「えっ、イアグさん。えーと……そのウインダムズが敵と戦って少女を守ったんだよねというお話を……」
「それは真か?」
「本当よ」
イアグの背後から、可愛らしい声がする。獣耳をひくつかせて微笑む、エリがそこにいる。手には、炊き出しのスープが2人分。
「だって、私が助けられたもの」
にこーって笑うエリ。次にエリは真剣な目つきになり、イアグの目を見る。
「だからね、ウインダムズ君を家から追い出すのはやめて欲しい。私からお願いします」
その懇願を聞いて、イアグは星空を見上げる。
――――――――――――――
「ウインダムズ君……ここにいたんだね」
僕の眼の前に湯気のたつ温かいスープが差し出される。でも、湯気の向こう側は何ひとつ動きのない、冷めた世界が広がっている。村人たちの遺体。村人たちとは少し離れた向こう側にも、今回襲ってきた敵の遺体が並べられている。もはや殆どの遺体が黒ずみ、膨れている遺体すらある。腐敗臭でスープの香りすら穢される。
「気持ちはわかるけど、行こうよ」
エリが僕の裾を摘む。でもどうしてだか、ここを動きたくない。――この風景を見たときから僕の胸に穴が空いている。
「……お母さんがね、うちに泊まりに来ていいって。スープ食べたら来てね……」
エリは腕で鼻を塞ぎ、走ってその場を離れる。当然だ、ここにいたいと思う人なんて今の僕以外にいない。
スプーンで口にスープを運ぶ。味がしない。匂いのせいだろうか、眼の前に広がる惨状のせいだろうか。
いつの間にか椀が空になって冷めて、月も天高くなっている。ふと顔を上げると、向こう側でアニールさんも並べられた遺体たちの方を見ているのが分かった。
「アニールさん、どうしてここに?」
たったっ、と駆け寄って問うてみる。
「そうだな……。思うところがあってね。君こそ、どうしてここにいるんだい?」
言い返されてみて初めて考える。胸にぽっかりと穴が空いたような感じはするのだが、それがどういう理由から感じるのか分からないのだ。それをアニールさんに伝える。すると、アニールさんは目を丸くして僕の瞳をみつめた。
「私も似たような気持ちだ。……君は理由が分からないといったけど、私は私自身の理由を理解している。自分の気持ちを知りたいなら私の話を聞いていくか?」
この時、僕とアニールさんの気持ちが繋がったような気がした。心臓の鼓動の音が大きく聞こえる。
「……聞かせてください、その話」
「じゃ、そこに座ろっか」
丸太に2人で腰掛け、アニールさんが星空を黄昏れながら話し始める。
「これから話すことは、私が騎士団を作ろうと志した理由だ」
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