試合、そして襲撃

「なあ、君たちの実力が知りたい」


 イアグが唐突にそう言った。アニールたちを品定めするように見回しながら。


「いいけどな、なんでだよ?」


 と前に進み出たのはエルベン。相手の態度が少々気に入らず、威嚇するように胸を張る。


「どうも話を聞けば、かつての偉大なる戦士オードル・フラガラハの弟子だそうじゃないか。彼が弟子を取った話は聞かなかったから、本当かどうか確かめたくなった」


「なぜそこで師匠の名前が出る?」


「エルベン。村の大人たちも言ってたろ、かつては師匠は別格だったって」


 イヴイレスが横からイアグの言葉のフォローに出る。


「……はっ。どんだけ有名人なんだよ、師匠。いいぜ、やり合おうぜ」


 かくして、エルベンとイアグが試合をすることになった。お互い、突起に柔らかい布を巻きつけた木の武器を持つ。エルベンは木刀を、イアグは木の槍をそれぞれ構えて、合図を待つ。その二人の周囲にはいつのまにか村人の多くが群がっている。


「なんでこんなに群がってんの」


「娯楽がそんなにないからな、こういうところは」


 アニールの疑問にイヴイレスが応える傍ら、エルベンとイアグがお互いを睨み合う。


「ーー始めっ!」


 二人とも動かない。にらみ合い。剣をまっすぐ中段に構えるエルベンと、槍を彼に向けて構えたままのイアグ。動かない。静。





 静。





 ——1匹の蝶が2人の間を通り、微かだがお互いの姿を遮る。


 瞬間、


 イアグが全速力で突く。

 

 突いた先には空気しかなかった。全身を捻って避けるエルベン。回転の勢いそのままに右脚を前に踏み出してイアグの懐に潜り、右わき腹を斬りつけようとする。それも、すんでのところでイアグが逆方向にサイドステップをして避けた。

 お互いに向き直る二人。


 空いてしまった距離を埋めようとエルベンが前進する。手で宙をいじるような動きをして口で何かを唱えるエルベンにイアグが気づき、横に走る。ダッ、ダッ、ダッ。 ボゴッ! ボゴゴゴゴゴゴッ! イアグを追うようにして地面の土が盛り上がる。盛り上がった土がまるで蛇のようにうなり、イアグを飲み込もうとする。


「やったいだな。だが!」


 急にイアグが立ち止まり、何かを唱える。瞬間、エルベンの魔法たる土の大蛇がイアグを飲み込んだ。


 ビュオッ、ゴオオオオオオオオ!


 木々さえ千切りそうな突風が吹き荒れる。木々の全ての葉が千切れて舞い、盛り上がっていた土の塊が風に飛ばされる。そうして、飛び舞う葉と乱れ荒れる土の塊が全てエルベンに所へと殺到する——!


「まさか、イアグの魔法か!?」


 咄嗟に腕で目を覆うエルベン。突風に飛ばされまいと屈むエルベン。身体を掠る葉がエルベンの皮膚を斬り裂く。空中で土の塊が割れて小石が弾丸となってエルベンの身体にぶつかる。


「ああああああ!」


 嵐の中でしばらく彼は吼え、耐えた。


 やがて突風が収まり、土と葉の捲き上がる煙の中から、切り傷と青い打撲跡だらけのエルベンが立ち上がる。


「……こりゃ、もっとよく考えて戦わないとな」


 改めて剣を握り直すエルベン。その視線の先にいるのは、いまだ無傷のイアグ。


「オードルの弟子ときいたが、こんなもんか? がっかりさせんな」


 クイクイ、と指で誘って煽るイアグ。こんどは構えず、ずん、ずんと前に歩き出るエルベン。


「そんなに自分から踏み込むのが怖いか、イアグさん」


 槍のリーチに入る寸前でエルベンが立ち止まり、剣を構える。


「言ってくれるな。誰だって怖いさ、そんなのは」


 不敵な笑みのままに言い放ち、イアグが突く。その先端をエルベンが大上段から木刀を、力の限り、叫んで。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 叫んで、振り下ろしてぶつける。バキィン、と音を立てて木で出来たふたつの得物が折れる。イアグは槍に振り下ろされた木刀の衝撃に逆らいきれずに両手を下に向けてしまう。ポイ、と素早く剣を捨ててエルベンが拳で肉薄する。今度は逆にイアグが頭でエルベンの迫りくる拳に頭突き! 意表を突かれてエルベンが怯む間にイアグが折れた槍を逆さに構え直し、石突きをエルベンに向けて、突く。額に触れる寸前で槍が止まり、衝撃で孕まされた空気の衝撃が彼の顔の表面を走る。


「……ち、負けたぜ……」


 両手をあげるエルベン。ギャラリーたちから上がる歓声が場を包み込み、その中でイアグは手を振って観衆に応える。そのあとで、イアグがエルベンに手を差し伸べる。


「さっきは煽って済まなかった。世が世なら、お前は兵士として大出世できる。その腕がある。これで年季が入れば化けるぞ。———かの高名なフラガラハ氏の弟子というのは間違いなさそうだ」


 しかしエルベンは俯き、首を横に振る。


「俺はまだまだ弱い。そのことを今日改めて思い知らされた。……もっと精進するよ」


 お互いに言葉を交わした後、イアグは村人の群れの中に入り、エルベンはアニールとイヴイレスのところへ向かう。


「お前、やっぱり大雑把な技が多いぞ」


 負けたエルベンの元に駆け付けたイヴイレスが開口一番にそう言った。


「そうだなぁ。実戦じゃうまくいかないことがわかったよ。イヴイレス、アニール、このあとつきあってくれ」


「「ああ」」


 三人の騎士は、歓声の捲き上がるその場を離れ、先ほどの戦いの反省会を始める。






 次の日、事件は起きた。


 まだ日が地平線から顔を出して間もないころ、廃墟の外側が騒がしくなった。川の字になって寝ている三人のうち、アニールの耳に鐘の音が届いたせいで起きる。


「ん、なにごと……」


 まだ重い瞼をこすりながら念のために革鎧を着て剣を持ち、まだ寝ている二人を叩きおこす。武装の準備をしている二人をおいといて、ひとり真っ先にゆっくり、ゆっくりと外にでる。


 誰だ? 明らかに村の者ではない男が廃墟の目の前を歩いている。その手元には、血まみれた剣。アニールに気付いた男が得物を彼女に振りかぶる——!


 男の胴体が真っ二つになる。


 アニールが即座に斬り下ろしたのだ。断末魔をあげるひまもなく、野盗の身体は崩れ落ちた。


「エルベン! イヴイレス! 敵襲だ!」


 さっきの鐘の音は、敵襲を告げる音だったのか——! そう独り言ちながらアニールが奔る。

 アニール達が宛がわれている廃墟は村からやや離れた位置にある。そこから駆け付けて村の中に入ったアニールはそこで、逃げ交う人びととその背中を斬る野盗どもの様子を相まみえる。剣を握り、突進するアニール。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 あらんばかりの声量を振り絞って雄たけびを上げる。武装した女に気付いた野盗どもーおよそ3人かーの1人がアニールに弓をひく。


「おらっ、くたばれ!」


 矢が風を切ってアニールに肉薄する。だがアニールは歩きながら剣で矢を叩き落とす。矢を何度射っても射っても全てアニールが叩き落とし、彼女は野盗どもの目の前にまで進み出る。


「なめんじゃねぇ!」


 野盗どものひとりが長棒の先端に尖った石をつけた簡易な作りの槍を突く。アニールが槍を避けようと後ろに跳び、突く速度と同じになったところで野盗の槍の先端に手で触れる。次の瞬間、長棒の先端から石が外れて地面に落ちる。野盗が目を見開く隙に一閃して長棒を斬る。


「あああああああ!」


 槍を壊された野盗の影から別の野盗が短刀を振り回しながら走ってくる。さっきまで弓を番えていた野盗も棍棒に持ち替えてアニールを襲う。

 彼女の右から短刀が来る。頭を狙ったそれを頭を下げて紙一重で避け、伸びきった腕の内側に潜り込んで肩当てを顎にぶつけて体当たりする。顎が揺れて気絶して倒れる野盗を右手でつかみ、左の方から振りかぶってくる野盗の棍棒を右手で掴んだ野盗を盾にして防ぐ!


 パキイッ……!


 頭蓋骨の砕ける音がした。アニールは盾にして頭が棍棒で潰れた野盗の身体を棍棒を振るう野盗に押し付け、重なる2つの身体を剣で貫く。すぐさま剣を抜いて重なった2つの死体を蹴り倒す。



「あ…あ…」


 まだ生き残っているひとりの野盗が腰が抜け、尻を地面につけてしまっている。鬼のような形相でアニールが吼える。


「今ここにいる3人だけじゃないだろう。ほかの奴らは何人でどこへいった!!!」


 ダッダッダッ。遅れてイヴイレスとエルベンが駆けつける足音がした。なおもアニールは野盗を睨み付ける。野盗は目こそアニールを見ているものの口から泡が吹き出てしまい、身体中が痙攣してしまっている。


「時間の無駄か」


 そう言い捨ててアニールは野盗の首を斬り飛ばす。遅れて駆け付けた2人に気づいたアニールは不満げに2人を睨み付ける。


「遅れたのは悪かったよアニール。途中でこの村の兵士に会ってきたんだが、いざというときの避難所にみんな集めてるからそこの守りを固めて欲しい、だってさ」


 エルベンが申し訳無さげに報告すると、アニールは深呼吸して、


「どこに行けば良い?」


 と、避難所に向かおうとする。




 避難所入口で村の兵士である、毛でもふもふな犬型獣人のオルグと会う3人。イヴイレスがオルグと話をしようとすると、避難所からひとりの中年猫型獣人女性が飛び出てしまい、それをオルグとイヴイレスが駆けつけて拘束し制止する。


「離して、離して! エリが! 私の娘がまだいないのよ!!」


「分かりましたから戻ってください!」


 オルグが説得し、他の村の男に中年獣人女性を引き渡す。そのあとでイヴイレスに向き直り、オルグが話す。


「避難所の守りは見ての通り、弓と槍で固めてあるから大丈夫だ。だけど、備蓄がやられちゃいけないからそこにはイアグさんたちが向かっている。逃げ遅れた人に回す人手が無くて困っていたんだが……やってくれる?」


 3人が見回すと、たしかに弓を持った人と槍を持った人がちらほらいる。これなら多少の数の不利があったとて簡単にはやられないだろう。3人がお互いに目を合わせ、同時に頷く。


「では、引き受けました。いってきます」


 とイヴイレスが応える。3人が向かう村には、既に火の手が上がっている。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る