弱虫の槍

 日が明けて、アニールが村のことを調べに歩いている。


「……老年の人が多いなぁ。それに、騎士団のことを話したら大体断られたなぁ。ここを拠点に、てのは難しいな‥…」


 そうつぶやいていると、アニールの背後から槍のガチャガチャいう音が聞こえてきた。はっとしてアニールが振り向くと、ウインダムズが足をもじもじさせ、瞳を伏せながら立っていた。


「あ、あの……!」


「なあに?」


 子供だな、とアニールは思った。アニールは15歳でウインダムズは13歳そこらだろうか。それでも、精神の成熟の仕方に大きな差が見て取れたからである。


「き、騎士団を作るんですよね……?」


「……!うん、作るよ! 人が幸せに生きられるよう、魔獣のはびこる森に怯えて外に出られない日々を終わらせたいんだ!」


 そう答えて、アニールの顔が晴れた。じつは今までにも、故郷の村でも騎士団の夢を語ったことがあった。だが、肯定してくれたのはエルベン、イヴイレスの他には師匠であり育ての親でもあるオードル・フラガラハとその息子ユニール・フラガラハだけであった。他の人たちは老若男女関係なくみんなが笑い、呆れ、冷たい目で見てきた。今いるこの村でも、既に夢を信じてくれない人がたくさんいる。


「す、すごいです! とても勇気があるんですね……」


 そう言ったウインダムズの声が消え入りそうだった。勇気、という言葉に引っ掛かったアニールが膝を曲げて視線の高さを同じにし、ウインダムズの顔を覗く。


「もしかして、自分が臆病なことに悩んでるの?」


 こくり、とウインダムズが頷く。


「どんなふうに臆病なの? たとえば……」


 カラーーーーーー……ン!!

 

 アニールが言いかけたところで、鐘がなる。


「! ま、魔獣が来た合図だ!」


「そうなんだ、ウインダムズ君! 早くいかないと……?」


 早く駆け付けようとしたアニールだが、ウインダムズの足が地面にくっついて離れないのを見て立ち止まる。


「ねえ、早くいかないと!」


「……わ、わかってる。でも足が動かないんだ……」


「……仕方ないか」


 その場を離れて駆け付けようとしたアニール。だが、二人の近くの木柵に何かがぶつかる音を聞いて即座にアニールがそこへ剣を構える。木柵が徐々にへこみ、爪が貫通し、頭突きで穴が開き、体当たりで突き破られた。バリバリと音を立てて、魔獣が木柵を破って侵入してくる。


 ———ヌガだ。顔の皮膚が露出した、全身が厚い毛で覆われた四足歩行の小さな魔物、ヌガが出てきた。口が突き出ており、噛む力が強い魔物だ。魔物自身の魔力により、毛の硬度が高くなっている。開いた穴から複数の個体が侵入ってくる。


「ウインダムズくん、構えて!」


 なおも叱咤するアニール。だが、ウインダムズは顔が文字通り青くなって、槍を持つ手が激しく震え、———落としてしまった。


 ウインダムズの失態に口を開けて目を丸くするアニール。その眼差しは瞬時に鋭いものにかわり、彼に向かって指さして、怒鳴る。


「戦えないならさっさと逃げて助けでも呼べ!!」


 はっ、と気が付いて顔を上げたウインダムズ。その表情が徐々に歪み、ついには槍を拾い直すことなく逃げ出してしまった。


「はぁ……」


 気を取り直して、アニールは眼前のヌガに集中する。計4頭。アニールは手にしていたツーハンデッドソードを地面に放り、ウインダムズの落とした槍を拾う。ヌガの毛が固い故に、斬るのではなくヌガの弱点の口を突こうという作戦だ。

 早速ヌガの一頭が駆け出し、アニールを襲った。その直線的な動きに槍を合わせ、突く。———穂先がヌガの顔面に吸い込まれ、尻から穂先が現れる。全身を貫通したのだ。槍を払ってヌガの死体を外すアニール。警戒心深くなったのか、三頭のヌガがアニールを三角に囲んで威嚇する。

 アニールは地面をとんとんと踏み、魔力を土に伝播させる。足で2つの円をそれぞれヌガのいる方向の地面に刻み、それから槍を構え直す。今度は三体同時に襲い掛かってきた!


 ———アニールは目の前の一体のみを向いてを突いて、槍を貫通させた。ここぞと二体のヌガが隙の生じたアニールを噛もうと襲い掛かる。そして、二体とも円を踏んでしまう。


 瞬間、一体が燃え上がって地面に転げまわる! もう一体は凍てつき、そのまま地面に激突した! 炎上したヌガはそのまま動かなくなり、凍てついたヌガは衝撃で全身がひび割れて鮮血を地面にぶちまけてしまう。


「———これで終わりか」


 いとも簡単にヌガの群れを殲滅したアニール。槍についた血を払おうとブンブン振っていると、エルベンとイアグが駆け付けてきた。


「こちらは終わりました。他に脅威は?」


「いや、他に魔獣はいない。それより、その槍は……!?」


 イアグが進み出、ウインダムズの槍を指差す。


「ああ、これ。ウインダムズさんが落として逃げて行ってしまいました。後で返しますね」


「いや……。私が返しに行こう。私の養子が世話になったようだ」


 アニールが槍を手渡し、イアグが一礼をして去ってゆく。エルベンに簡単な状況説明をしながら、アニールも廃墟に戻ってゆく。




 ここはイアグとウインダムズの家。狭い掘っ建ての小屋の玄関の入口でウインダムズが立ち尽くしており中からウインダムズを睨むイアグの視線に震えている。


「これで何回目だと思う、ウインダムズ」


「……10回目、です」


 10回とは、魔獣を目の前にして逃走した回数だ。イアグは深い溜め息をつき、頭を長めに掻いてウインダムズを見る。


「外から来た客をほっぽいて逃げるとは、情けないな」


「ごめんなさい」


 ウインダムズの目から涙が零れるのも気にせず、イアグの口調はむしろ怒りにまかせて荒くなってきている。


「お前ははじめ人を守りたいと言った。だから俺は槍を教えた。だが現実はどうだ? お前はむしろ客の足枷になったではないか。 人を守る覚悟も勇気も無いお前に面倒を見てやる気はない。この家を去れ!」


 ! ウインダムズの目が大きく見開かれる。一瞬涙が止まって、徐々に溢れ始める。


「ゔっ、ゔぅ〜……。あ”あ”っ、あ”〜」


 大滝のように涙を流しながら、槍を杖代わりにウインダムズはその場を去っていく。小さくなっていく背中を、見えなくなるまでイアグは見続けていた。 



 

 もう出よう。誰にも迷惑をかけないうちに。そう考えて村の門をくぐろうとしているウインダムズ。すると、柔らかな歌声が耳に入る。気になって門から村の外を覗いてみると、アニールが村の外側を観察した帰りに歌を歌いながら歩いている。


「……♪ かくして人の世は滅び 大地は雪に閉ざされた 滅天の因は人世の終わりなき争いにあり 人よ静まれ 血流すことなかれ♪ ……ん? ウインダムス君、どこに行くの?」


「……出るんだ。ほっといてよ」


 顔を影で隠して表情を見せず、ウインダムズが門を押し通ろうとする。


「だめ。第一、アテなんかないでしょ」


「それでもいいさ」


 アニールはウインダムズの様子を注視し、「そっか」と頷いた。


「じゃあ、私の話を聞いて行ってよ。そしたらなんにもしないから」


「……勝手にすれば」



 村を囲う木柵の外側、小高い丘の上でアニールが保存食の燻製肉にかぶりつく。対するウインダムズは、尚もうつむいたままだ。


「……それで、話って何さ」


「そうね、昔話。私が勇気を抱いて夢を持つようになった、昔話をしよう」



 —————


 ヌガ:———大陸に最も跋扈する魔獣。最も身近にして最も厄介。どんな伝説上の聖獣や魔獣、険しき高山の頂上に座す龍や地底に眠る大蛇でも、人を喰らった数ではヌガには敵わないーー

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