第2話
京王線で府中の競馬場から新宿まで出て、三上と雨宮はいつもの安い焼鳥屋で酒を飲んでいた。
「今日は俺の奢りだ。飲め悟」
三上は未だに今日のメインレースのことを引き摺っていた。
「俺、何やってんだろうなあ。お前や妹に迷惑掛けてばかりで。
どうして
「俺はいいが京香ちゃんが気の毒だ」
「お前には300万円を借りたままだし、妹にも200万円借りたままだ。
今日のメインレースで240万が入ったら、お前と京香に100万円ずつ返済するつもりだったんだ。
それなのに武豊のヤツ、しくじりやがってくそっつ!」
三上はコップ酒を呷った。
「俺の方はゆっくりでいい。それにもうお前にはカネは貸さないと宣言したからな?
でも京香ちゃんには返してやれ。東京でひとりでがんばっているんだから」
「俺はどうしようもない兄貴だ。『男はつらいよ』の寅さん、フウテンの車寅次郎だよ。
いや、それでは寅さんに失礼だよな? 俺はそれ以下のダメな悪友であり、どうしようもない兄貴だ」
「なあ三上。お前ももう35だ。つまらない拘りは捨てて大人になれ。
お前の生活はまるで難行苦行に必死に耐えている修行僧のようで、そんなお前を見ている俺は辛い。
お前は決してバカではない。英語、ドイツ語、フランス語にロシア語。スペイン語にイタリア語、ポルトガル語に中国語まで操り、大学を首席で卒業した」
「そんなの何の自慢にもならねえよ。俺は司法試験に挫折したんだ」
「もういいだろう? 就職しろよ悟。そして企業でお前の能力を生かして社長になれ」
「就職? 俺に「スーツを着てネクタイを締め、毎日満員電車に揺られて会社と家の往復をしろ」というのか雨宮?」
「そうだ、みんなそうして必死に生きている。そしてもうギャンブルは止めろ。いいな?」
「あー、カネが欲しいよ雨宮。空から札束が降って来ねえかなあ。
ドサッ ドサッてよ」
「お前のそういうところがダメなんだ。札束ではなく、道に落ちている1円玉を拾うんだ。這いつくばってな?
「カネは命より重い」って、『カイジ』の利根川も言っていたじゃないか?
その1円のために人に頭を下げろ悟。
1億のカネも1円が1億枚集まって出来たものだ」
「俺は人に頭を下げずに1億が欲しい。いや10億、100億、1,000億円が欲しい」
「それは無理だ三上。高慢で下劣な政治家だって有権者の前では頭を下げて投票を依頼しているじゃないか?
世の中とはそういうもんだ」
「流石はメガバンクのエリート銀行マンは言うことが違う」
「からかうのはよせ。兎に角、明日、心療内科に行こう。俺がついて行ってやるから」
「俺は大丈夫だ」
「大丈夫だという奴はもうすでに病気なんだよ。正常な人間なら「もしかすると俺はおかしいのかもしれない」と考えるものだ」
「それじゃあ俺が狂っているとでも言うのかお前は!」
「ああ、お前は狂っている、お前は病気だ。
だが病気は医者に掛かれば治る! 治るんだよ三上!」
「帰る!」
「おい待て悟! 話はまだ終わってはいない!」
三上は雨宮の制止も聞かず、怒って店を出て行ってしまった。
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