第3話 後悔と奈落と銀雪の出会い

俺はその日、緊張と不安で胸がいっぱいだった。初めてのゴブリン狩りの責任者としての本番だった。だが、リーダーの弱い気持ちは全体に広がる。それは狩りの失敗に繋がることはよく聞かされ、俺自身よくわかっていることだった。だから、そんな気持ちはおくびにも出さないよう気を付けて、声を張り上げた。


「いいですか皆さん!これから私たちはゴブリン狩りに向かいます!最終確認弐なりますがまずは三班に別れゴブリンを巣まで追い立てます!そうしたら第2班がそのまま駆逐し始めます!主にーー!」


ほとんどは熟練の方々、村長を中心とした人たちが決めたことをそのまま言っているに過ぎない。それでも、今日のリーダーは俺で、みんなの期待にこたえたい自分がいる。だから俺は最後の言葉だけは自分自身の言葉にした。


「ーー必ず、無事に帰ってこよう!」


話を終え、弾から下りると、一人の女の子が駆け寄ってきた。


「ウェインさん!その、かっこよかったです。」


彼女の名前はリンシャ。この村の村長の娘で、まだ、公表していないが僕の婚約者だ。


「ほんと?ありがとう……」


「……無事に帰ってきてくださいね。ご飯、作って待ってますから。」


「うん、帰ってきたら一緒に食べよ」


「はい、約束ですよ!」


そう言って、リンシャは僕の手を握りしめ、祈るようにしてから小走りで去っていった。今のは、無事を祈るおまじないみたいなものだ。……ちゃんと無事に帰ってこなきゃな。俺はそう決意した。


ーージィィ


後ろからの村長の圧力から目を背けながら。


ふとそこで、別の法からの視線を感じた。目線を向けるととっさに顔をそらしたのは弟のラインだった。


でも、最近は少し違う。少し前から、いろんなことに意欲的に取り組んでいる。前は一人でだらけていることが多かったが今は明らか何かを考えこんでいることが多い。ラインが何をしたいのかは俺にはわからないがあいつのしたいことなら俺は応援したい。いつか、相談しに来てくれるだろうか。いや、来てくれる兄でありたいと思う。


ーーゴブリン狩りは途中まで順調だった。巣まで追い立てること自体は楽だった。だがそこで予想外が起きた。あまりにもゴブリンの数が多かったのだ。おおよそ想定の3倍。そこから嫌な予感は強まった。


「俺とベルンさんたちは第2班の援護に回ります!残りは村長さんにお任せします!すみませんが後は頼みます!」


「了解した。」


俺は急遽第1班を二つに分けることにした。そうし本格的なゴブリン狩りが始まったが俺は嫌な予感が止まらなかった。今はまだいい。こちらがおしている。だが、このままいけばゴブリンの反撃が来る。……何人かの死は覚悟しなければいけないかもしれない。


思い出すのは何年も前にゴブリン狩りに行って帰ってこなかった父親のこと。前衛にはラックスもいる。もう、泣いている母さんの姿は見たくない。だが、手が足りない。みんなもう精いっぱいだ。他の班も動かせない。気づけば俺は弓を必要以上に握りしめていた。


ーーズバーーン!!!


いきなり大きな音が響き割った。何事かと目を見張るとゴブリンの群れが次々と吹っ飛んでいくのがわかる。


「いったい何が……」


そこで、気が付いた。向こうの草むらの中に第3班にいるはずのラインの姿があることを。


「あいつ……」


どうやったのかはわからない。言ってやりたいことも山ほどある。それでも、口角が上がるのを俺は止められなかった。


「全員、弓用意!今が好機だ!準備できたものから打ち抜けぇ!」


俺は声を張り上げ、火を灯した矢をつがえ、ゴブリンの群れの一匹めがけて放つ。矢はゴブリンの心臓を貫き、醜悪な肉塊を量産する。


ーー勝てる


確信めいた何かが、心を包んだ。俺はもう一度ラインの方振り向き、心臓が凍り付いた。ラインのすぐそばの木に数匹のゴブリンたちが飛び移っているのが見えた。ラインは気づいていない。


「ーーッ!!」


俺は声を上げるよりも早く、駆けだした。ラインが生まれた日のこと。ラインとラックスと大喧嘩した日のこと。父親の墓の前で泣いていた日のこと。最近の頑張る姿。あらゆるラインの姿が頭をよぎり、気づけば俺はラインとゴブリンの棍棒の前に飛び出していた。


棍棒が振り下ろされる。ダメだ。止められない。


ーーごめん、リンシャ。約束守れなかった。


◇◇◇


ウェインの葬式は粛々と行われた。村の伝統に乗っ取り、魂を天国に送る儀式を行い、花や木の人形、少量の麦などと一緒に村の共同墓地に葬られた。


……村長の娘のリンシャさんが泣き崩れていたことが印象に残っている。


俺はその間、夢の中を彷徨うようにしておぼつかない足取りで立っていることだけだった。山から戻るときもラックス兄さんに背負われて下山した。家に帰った時、母さんは俺を優しく抱きしめてくれた。


ーー誰も俺を責めなかった。ゴブリン狩りにいた男衆も、リンシャさんも、母さんも、弟妹たちも、ラックスさえも俺を責めることはしなかった。それが何よりも辛かった。


雨が降っていた。俺は例の木の根元で雨に濡れながら村を眺めていた。


「そうだよ、ウェイン兄さんならあのくらいのゴブリン。俺がいなくても何とかしたにきまってるじゃん。それなのに、出しゃばって。村を出てく?そんなことより重要なことなんていっぱいあったじゃん。」


どれだけ経っても頭は考えることをやめてくれない。あの時ああしていれば、こうしていれば、もう戻らない時間の行動をずっと考え続けている。ウェイン兄さんとの思い出が頭を何度もよぎる。


「俺をかばってウェイン兄さんは死んだんだ。俺が前世を思い出したから。なんでもできると思い込んで、こんな引きこもりに何かできるわけないのに……」


もう、ここ数日、食事も睡眠もろくに取れちゃいなかった。


ーーッ!


誰かの叫ぶ声が聞こえた。その声に顔を上げると松明を持った人たちが何人も村の外に走っていくのが見えた。


「何かあったのか?」


俺は震える足に力を込めて、何とか立ち上がった。


ゴブリンが巣食っていた山とは反対側には大きな川と崖、そして町に行くための街道が存在する。村への生活用水を引いたり、町に麦を売ったりと村にとって欠かせない場所なのだが、村の人たちが飛び出した理由は村から出たすぐの所にあった。


崖からほど近い、ある街道に一台の大きな馬車が横転していた。その近くには人とゴブリンの死体が転がっている。


「この前の狩りで殺し損ねたやつらの仕業じゃな……。」


「ああ、気の毒に。しかも山側ではなく、川側にでるとは、少し面倒だな。」


「ああ、捜索隊を出さにゃならんかもしれんな」


そんなことを話す声を聴きながら、俺は馬車に近寄った。馬車じゃひどいありさまだった。荷台はぐちゃぐちゃで、馬は全身から血を流しながら死んでいた。少し向こうで主らしい商人の上半身が転がっている。


俺はそっと、荷台の幕を上げた。


ーー瞬間、銀色に輝く何かが中から飛び出した。


「うおっ!」


それは荷台の上に飛び乗りった。……それが人間であることに俺はしばらくしてから気が付いた。


そいつは、雪を思わせる銀色の髪に、が生えていた。


「フェンリル……」


俺はそう呟いた。「いくろ」の世界に登場する最強と名高い獣人族。白狼族フェンリル。その特徴と合致していた。しばらく、そいつは周囲を見渡したあと、向きを変え、に駆けだした。


「お前!?」


俺はとっさにそいつの後を追う。そいつは獣を想像するほど背をかがめて、高速を走っていく。だが、明らか崖のことを考えていない。ここの崖は落ちるまで分からない死神崖として有名だ。


「はぁはぁ……」


俺は息を切らしながら後を追う。そして、ついにフェンリルは崖のふちまで辿り着きーー案の定、そのまま足を踏み外した。銀色の長髪に覆われた顔が一瞬こちらを見たた。


「……く、そがぁあああ!!!」


ウェイン兄さんのことが頭をよぎる。俺はもう、誰かが死ぬのを見たくない。そのまま、俺は崖に飛び込んだ。

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