第2話 ゴブリン狩り

この世界、というか「いくろ」というゲームには火、水、土の三属性が存在する。その他に光と闇の属性もあるがひとまず置く。

とりあえず、基本的にゲームのキャラ、スキル、武器、あらゆるものがこれらの三属性に分類されていることを覚えておけばいい。この事から、どちらかというと気体、液体、個体の三属性とも言われたりする。


そして、火は土に、土は水に、水は火に強い、三竦みにある。つまりだ、


ーーボウッ


松明に灯った火を石にかざすと、石はすぐさま燃え盛り、ボロボロの灰に変わった。


「やはりな……、属性は存在しているのか。」


もちろん、石が可燃性だったわけではない。どこにでもあるただの石だ。


ーージュッ


今度は松明に一滴だけ水を垂らす。すると、勢い良く燃えていた火は一瞬で鎮火した。


「うわー、こわ……違和感しかないって、こんなとこ再現されてるんだ」


俺はウキウキで実験を続ける。今ならマッドサイエンティストの気持ちがわかるかもしれない。自分の仮説とその答えを知るという行為は顔がにやけてしまうくらい楽しい。


……今のところ分かったことは、この世界が限りなく「いくろ」も世界に近いということだ。もちろん、すべてが一緒なわけではない。「メニューオープン!」と叫ぼうが、人差し指を振ろうが、念じようがメニューウインドウは現れないし、アイテムボックスも存在しない。多分、レベルもない。


だが、今の属性しかり、地球ではありえない物理法則も存在する。属性以外だと、食べ物を食べた瞬間に小さな傷が治ったのには驚いた。


「ともあれ、これは役に立つな……」


あれから俺はなんとか村を出る方法を模索していた。合法的に出ていくことも、もちろん家族を置いていくこともできない。ならばどうするか。


力を見せればいい。というのもこの国には徴兵制が存在する。一年に数人、村から若者を出さなければならない。そして来年、我が家からラックスが行くことが決まっている。だがしかし、もし俺がラックスより徴兵に向いていることを示せれば?


もしそうなれば、ラックスに家を任せ、俺は合法的にこの村を出ることができるというわけだ。そして、向こうでうまくやれば「いくろ」の舞台である王立学園に入れるかもしれない。


「くく、自分の才能が恐ろしいぜ。残念だったなぁ、ラックスの代わりに俺が外を見てきてやるよ!」


「なに一人でぶつくさやってるんだぁ?お前。」


「うひょあい!?」


飛び上がりながら後ろを振り返るとそこには件のラックスがいた。


「……もしかして、聞いてました?」


「はあ?なんのことだよ?」


ラックスは本当にいぶかしむ表情でそう言う。……どうやら聞かれてはいないらしい。


「そんなことよりも早くいくぞ!何のためにわざわざどんくさいお前を探しに来たと思ってやがる。明日のゴブリン狩りの会議が始まっちまうぜ。」


「へーい」


ーーゴブリン狩り


そう、これこそが俺が力を見せるチャンス。早急に属性なんかの確認をし始めた理由だ。俺の住むこの村の近くの山にはゴブリンが巣食っており、繁殖期が近づくと人、家畜、畑、あらゆるものを奪いに山から下りてくる。そうならないよう、村では男衆総出で毎年ゴブリン狩りを行っていた。まあ如何せん数が多すぎるせいで間引くのが精いっぱいのようだが。とにかくここで活躍すれば道が開けるかもしれない。


そんなことを考えながら俺はさっさと歩き出したラックスの後を追った。 


ーー翌日の早朝。というか、まだまだ夜明けにはほど遠い頃。


「いいですか皆さん!これから私たちはゴブリン狩りに向かいます!最終確認弐なりますがまずは三班に別れゴブリンを巣まで追い立てます!そうしたらーー」


村の男手が集まる先頭、台に乗った大声を張り上げているのは長男のウェインだ。ウェインはその狩りの手腕と日頃の人望をかわれ、今回のゴブリン退治の陣頭指揮をとっていた。

……もちろん、大枠はベテランの人たちがやっているとはいえ我が兄ながらすごい人だ。


この村の伝統的なゴブリン狩りはまず、包囲するようにゴブリンを、事前に発見している巣まで追い立て、そのまま一匹残らず駆除するという形で行われる。


俺が所属するのは第3班、一番負担が少なく、補助的な立ち位置の班だ。まあ、13歳の子供に任せることなんてたかがしれてはいるが。つまり今のままでは活躍なんて夢のまた夢。まずは、この状況をどうにかする必要がある……


と、つらつら考えているとどうやらウエイン兄さんの話は終わったらしく、ウエインは台を降り、周りも口々に話し始めた。なんとなしにウエインを目で追うとウエイン兄さんと同い年くらいの女性が近寄っていくのが見えた。……あれは確か、村長さんとこの娘のリンシャさんだっけ。


……つくづくわが兄ながらすごい人だ。


「おいライン!」


俺がそんなことを思っているとラックスが声をかけてきた。ラックスは今回、第2班に所属している。全体の中で正面から相対するだろう、一番功績を上げやすい班だ。


「なに?ラックス?」


「言っとくが今回のは兄さんにとって大事な狩りだ。いつも通りてきとうにやんのはまだ構わねぇが、変なことやるんじゃねえぞ!まあ、お前が何かやるとも思っちゃいねえがな、」


「……別にそれはラックスも一緒でしょ、徴兵前の最後のゴブリン狩りなんだから。」


「はあ?そんなもん関係ねぇよ、俺が何しようが来年の徴兵は俺だ。」


「……さいですか」


「そんじゃな!ケガすんなよ!また泣いてるお前を背負って帰るのも面倒だからなぁ!はは!」


そう言ってラックスは笑いながら自分の班に帰っていった。


……あいつ、いつの話をしてやがる。俺がそれは4年も前の話だろうが。いつか泣かせていやる!




ゴブリン狩りは順調に進んだ。上手いこと巣まで追いたてることに成功した。少し誤算があるとすれば、予想よりゴブリンどもの数が多いことくらいだろう。……去年が逆に少なかったからな。逃げ延びたやつがそこそこいたんだろう。


とはいえ、ゴブリンには人間でいう5歳児くらいの脳みそしかない。うちの兄さんたちなら上手くやるだろう。ウェインもさることながらラックスだって腕っぷし自体はかなりある。それこそ、上二人の優秀さに俺がというかこの前までの俺が劣等感で不貞腐れるくらいにはできる。


「だが、それでは俺の作戦の意味がないのさ。しかも完璧に順調ならまだしも数が多いというイレギュラーがあるんだ。動いてもいいだろう。」


俺は自分に言い聞かせるようにそう言い、緊張で体を強張らせている少年たちの影に隠れるようにして木々の間に這い3班の担当域を抜け出した。


森の中を駆け、第2班のところまでやってきた。草むらから様子を覗くと第2班が本格的にゴブリンと激突し始めたところだった。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「GYRAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


追い詰められたことを悟ったゴブリンたちが突破しようと大挙でつこっでんでくる。その前にラックスを含めた前衛が立ちふさがった。


「「「「うおおおおおお!!!!!」」」」


雄たけびを上げ、盾と鍬でーーズドォォォン!!ーー止めきる。


「今だ!打てぇ!!!」


その号令とともに大量の火矢がゴブリンたちに突き刺さる。


「「「「「「「「「「「「「「GYAAAAAAA!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」


ゴブリンが大繁殖すれば家畜を、家族を奪われる。だからこそ全員が本気だ。死ぬ気でゴブリンを狩る。だが、想定よりゴブリンの数がずっと多い。こちらが全体で数十人なのに対し、数百を軽く超す規模がいる。しかも驚いたことに第2班の中に第1班のはずのウェイン兄さんの姿もあった。


「なんでここに……?いや、それだけ異常なんだ、今まで見てきた中で桁違いに数が多い。」


俺はウェインがいる理由をそう自分の中で結論づけ、腰に括り付けてきた巾着に手を伸ばした。


前にも言ったようにこの世の全ての存在には属性がある。そしてゴブリンの属性は土、つまり火属性に弱いということだ。当然、そのことくらいはウェインたちも承知の上だ。松明なんかを使ってこじ開けんと突進を繰り返すゴブリンの群れを威嚇し、ひるんだすきに火をともした矢で始末している。


だがしかし、俺には彼らが持っていない知識がある。ゲームの途中で店に並ぶことになる爆発系のアイテム。その火属性型の材料には村にもよく生えている雑草が原料だということをだ。


「見ててよかった、設定資料!」


その雑草を入れ、よく燃えることが分かった土で固めた即席の爆弾のボールに火をつけ、渾身の力で投げる。


ーーヒュツ


13歳の全力で投げられたボールはいまだ大挙として押し寄せ続けるゴブリンたちの真ん中らへんに飛んで行った。そしてーー


ーーズバーーン!!!


盛大に爆発した。


「「「GYAAAAAAAAA!!!!」


ゴブリンどもが一気に吹き飛んだ行くのが見える。


「きたねぇ花火だなああ!!」


ーーヒュツ、ヒュツ


そのまま、2投、3投と投げていく。そのたびにゴブリンどもの悲鳴が上がる。そして、ひるんだゴブリンたちが後ずさり始めた。


「な、なんだ……」


「どうなってやがる?」


村の人たちも何かが起こっていることに気づいたようだ。困惑の声を上げている。すると、その中の一人が俺の姿を見つけたようで、こちらに指をさしているのが見えた。それを見てラックスも気づいたようでひきつった笑みを向けてきた。


『……お前、何してんねん』


という声が聞こえてきそうである。だから、俺はそれにこたえるように大声を張り上げた。


「皆さん、今です!ひるんだ奴らを叩き潰してやってください!」


俺の声に困惑の視線を向けていた村人たちが我に返ったように前を向く。ゴブリンが背を向けた今がチャンスだ。


「「「らああああああ!!!!」」」


ラックスが一番先に飛び込み、両手で握った棍棒をゴブリンの頭に振り下ろす。


ーーグチャ


という音を立てて、ゴブリンの頭がつぶれる。それに習うようにほかの人たちもゴブリンを武器で殴り殺していく。そこにさらに火矢が降り注ぎ、ゴブリンたちは悲鳴を上げ肉塊に変わっていく。俺は今なお逃げようとする残りのゴブリンたちに爆弾を投げつける。


ーー勝った


俺はそう確信し、自分の口から薄ら笑いすら出てくることのを感じた。ゴブリンたちがどれほどいようが関係ない。もう、この流れは変わらない。


だから俺は気づかなかった。ゴブリンたちの一部がこの流れの元凶に気づいたことを。そしてこの世界はゲームとは違う、簡単に現実だということを。


ーーグチャ


何かがつぶれる音が右耳のすぐそばで聞こえた。俺はとっさに右に首を動かした。

無数の緑の影、赤い液体、倒れ行く体。


「ウェイン……?」


すぐに気が付いた。目の前で頭をたたき割られ倒れていくのが誰なのか、そして、それをしたのが誰なのか。吊り上がった醜悪な瞳たちがすぐそこから俺に殺意のこもった視線を送っていた。


「うわああああああ!!!!!」


情けない声が出た。体が震え、すくみ上り、てんぱりながらそれでも俺は手に持った爆弾を投げつけていた。


ーーバーーン!!!!


その爆発はゴブリンだけでなく、ウェインと俺もまとめて吹っ飛ばされた。俺は近くの木に体をたたきつけられた。


「かはっ!」


肺から空気が抜ける。目の前が一瞬暗くなり、汗が全身から噴き出した。だが俺は気にも留めずに、震える視線を前に向けた。


少し遠くでゴブリンたち死んでいるのが見えた。そして、ウェインは俺の足元に転がっていた。


「ウェイン兄さん……」


俺は震える声がそう呼びかけた。……反応はなかった。こちらに向けられた顔は血で真っ赤に染まり、苦痛の表情で固まっていた。開かれた眼に血が流れ落ちているのに、瞼は微動だにしなかった。


ーーウェインはすでに死んでいた。



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