弱者の英雄
初雪閃
第0章 チュートリアル
第1話 落日
そいつは常に太陽の下を歩いていた。 その声は 全てのもの を落ち着かせ その一閃は 仲間全てを勇気づけ敵に恐怖を植え付ける。己の心に従い 正義をなす。時には 悩み苦しみ 血反吐を吐いて地を転がることもあっただろう。それでも 最後には 自分の意思で道を切り開いてきた。 憧れ 切望し 背を追いかけ また勇気づけられた。 そして 嫉妬した。 自分に 何の力 もないと分かっていても それでも 諦められなかった 。 這いずり続けた。足掻き続けた。 ーーこれは弱者が英雄になる物語。
ゴツンという鈍い音が辺りに響いた。
「痛ったあぁぁぁ!!!!」
俺は頭を抱えてうめきをあげる。自分的には言葉を発したつもりだがおそらく上の声は言葉になってすらいないだろう。どうやら居眠りをしていた木の枝から落っこちたようだ。しかもちょうど頭を大きめの石に叩きつけたたらしい。とことんついていない。
「いや、死ななかっただけましかもしんねぇな。頭が割れて脳みそが飛び出してても……脳みそってなんだよ?」
顔がひきつり、背中に嫌な汗が流れた。そこで気づく。自分の頭の中に意味の分からない常識が溢れていることに。そもそも、さっきからこの口から出ているのはアラーヌ語じゃない。日本語だ。
「俺は誰だ?」
大星一誠、鳥叶付属高校の2年ーー違う!俺の名はライン、家の三男で、この村で生まれて今日まで生きてきたはずだ。母さんの息子で、兄貴と姉さんとラックスの弟で、マリアとライアンの兄ちゃんで
、一人っ子で、ゲームが好きで、一年間学校に行ってなくて……
「クソっ!なんだよこれは……」
今さっき落ちた大木に倒れ混む。吐き気がする。異様に喉が乾いた。
ーーザッザッザッ
そこに足音が聞こえてきた。視線をあげると二人の、15歳くらいの少年が近づいてきていた。
「おい、ライン!仕事の時間だせ!まーたサボってやがったな!」
「まあまあ、ラックス……。ラインも今日はもう起きてんだしさ、そんな怒らないであげてよ。」
「ってもよ……」
先に大声をあげたのがラックス、二人いる兄の下の方、普段の俺の行いが気に入らないのかいつも声を荒げているやつだ。
そのラックスを宥めたのはもう一人の兄、長男のウェインだ。誰にも分け隔てなく優しく、どんな仕事も率先して取り組む見ての通りの好青年。そのくせ、剣の腕も強く、村の試合で負けたところを俺は見たことがない。
「なにぼーっとしてやがんだ?」
「大丈夫かい?ライン?」
その声にふっと宙に飛ばしていた視線を前に向ける。
「……別に、何でもないよ、ラックス。兄さん。」
言うわけにいかない、こんなこと……。
「あっそ、じゃあ行くぜ」
「うん、最近は雑草がひどいからね」
「……ほんとかい?具合が悪いなら休んでもいいよ?」
そう、ウェイン兄さんが心配してくる。相変わらず、鋭い人だ。
「ホントに大丈夫だよ!兄さん。」
「そうだぜ!こいつがぼーっとしてるのなんていつものことだろ」
「うっさい、ラックス」
「ああっ!?」
そう言い合いながら俺たちは畑に向かった。いつも通りを装いながら。
畑仕事は予想よりはかどった。黙々と体を動かし続けることは頭をリフレッシュするのにも考え事をするのにも向いていた。
とりあえず、数時間の作業で整理できたことは以下のことだ。
1つ、俺の前世が大星一誠であり、死んで今の体に転生したこと。
2つ、今の俺はライン。この村で生まれ家の三男として今日まで生きてきたこと。
3つ、これらの記憶は混濁しているため、ボロが出ないよう気を付けること。
4つ、そして、大星一誠の記憶は役に立つことだ。
農地開拓や金勘定、その他にもこの記憶はラインにはない様々な知識と考えを与えてくれる。逆にデメリットもありそうだか……ご飯とか。
「つーか、死因多分あれだよな。久々に外出しようとして階段でこけたことだよな……」
外にすら出られなかったわけだ。情けない。学校に行かずに迷惑ばかりかけて、そのくせローンを組んで買った家を息子の死んだ場所にするなんて親不孝もいいとこだ。ラインになった今ならそう思う。
「親父、まだローン返しきってないのにな。」
歯を食い縛って沈んだ気持ちを紛らわす。
「今はこれからのことを考えろ。」
俺があれから13年間生きてきたことは変わらない。ウェイン兄さんのすごさに打ちのめされて、ラックスのバカと喧嘩して、父さんが死んで泣いている母さんを見て、今日まで生きてきた事実は変わらない。
……今なら、ラインの行いが幼稚だったこと思う……それ以上に大星一誠も終わっていたが。
「やり直せるはずだ。これから、俺のなりたい俺になってやる!!」
そう、俺は決意した。
「どうした?何かあったかー!ラインー!」
隣のおじさんの声が聞こえた気がしたが気にしないことにした。
「うおおおおお!!!」
俺は今まで出したことないような声を出し、背を限界までのけぞらせて、歓喜に打ち震えていた。
場所は例の大木の根元。時間は、あれから、家に帰って、母さんと弟妹に温かく迎えられ、風呂に入り、飯を食って、寝て、起きて、朝から仕事をして、昼めしを食べた後、つまり、前世を思い出してから約一日が経過したころのことだ。ちなみに飯は予想通り、記憶が戻ったことでまずさが際立ち過酷なものだった。……頑張った。
それで、なぜ今、ブリッジの姿勢で俺が悲鳴を上げているかというと、想像すらしていなかった結論に行き着いたからだ。いや、妄想なら山ほどした状況ではあるが。
まず、俺、というか、大星一誠には自分の人生、そのすべてをささげてもよいと思えるほどやりこんだゲームがあった。そのゲームに引きこもり生活の大半の時間を割くことで、当時の状況から目をそらしていたという意味合いもあるが……。とにかく、今はそれを置いておくとして。
そのゲームの名は 「幾重にも積み重なる路の先で」略して「いくろ」。勇者の末裔である主人公が王都の学園に入学するところから始まる王道RPGだ。勇者対魔王という王道をゆく設定ながら、どこか独特な世界観と数々のヒロインたちとおりなすストーリーが人気の作品だ。かくいう俺もストーリーにドはまりして、全ヒロインルートを何週もプレイし、公式、二次創作をあさりまくり、自分の手でも書こうとしたてあいだ。
それで、なぜこの世界がいくろの世界だと分かったかというと、きっかけはあのたえがたい昨晩の飯である。パンに使われている麦の名前、野菜の名前、たまたま話題に上がった国の名。そのすべてに俺は聞き覚えがあったのだ。その後も道に生える草の名、虫の名、聞き覚えのある名前が増え続け、すべての答えに気が付いたのが今だ。府に落ちるという感覚をこれ以上ないほど味わいながら、俺は叫んでいた。
「そうさ!そうだよ!この世界には魔法がある!なぜそのことを知っていたのにゲームであると思わなかったんだ俺は!あんなに!毎日!考えていたのに!」
俺は足をばたつかせる。そのままバランスを崩して倒れこむが気にしない。頭の中は興奮と期待で満ちていた。
「もし、ゲームのとおりなら、試したいことがたくさんある!いや、そもそもあいつらはいるのか!?シャロは?レーナは?リーベは?こんなことがあるなんて!なんでもっと早く思い出さなかったんだ!とりあえず、王都だ。そこに行けば……」
ーー待て。
俺は今、ただの
「無理ゲーだこれ……」
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