第8話 私、強くなりたいんです!

 俺のスピードは先程よりも上昇していた。

 徘徊者は俺に攻撃を食らわせようと必死になって腕を振り回しているが、当たる事はない。

 相手の左腕による攻撃を躱したところでメイスを振る。

 狙いは下。

 背丈の高い徘徊者の膝は攻撃するのに丁度いい高さにある。

 俺は徘徊者の右膝を外側から強打した。


「キ、キキュルルルッ!?」


 相手は痛みに呻く。

 だが本当に苦しいのはこれからだ。

 俺は追い打ちをかけるように同じ膝を、今度は正面から膝の皿を叩きわるイメージでメイスを叩きつけた。


「キァァアアアアアッ!!!!」


 甲高い悲鳴を上げた徘徊者は姿勢を崩して片膝をつく。

 右膝は完全にへし折れて、膝から下は無惨にねじり折れてあらぬ方向を向いていた。


「お前の背の高さは脅威だが、代わりに脚が狙い目だな」

 

 今更ながらそんな事を考えながらメイスを振りかぶる。

 狙うのは態勢を崩した事により十分攻撃できる高さまで降りてきた頭部。

 そしてその無防備な顎。


 俺は相手の顎めがけて下から勢いよく、アッパーカットの要領でメイスを振り上げた。

 メイスの先から伝わる鈍い感触。

 何かが砕けたような感覚も伝わってくる。


 徘徊者は強烈な一撃を食らって仰け反った。

 そして無様に仰向けに倒れ込む。

 ここで俺が取るべき行動は1つ。

 俺は昔、姉が言っていた言葉を思い出した。

 

 ――敵が怯んで隙を見せたら必ずそこに付け込め。

 ――そして容赦なく、こちらの圧倒的な有利を維持しつつ暴力を振るえ。

 

 まあこれはケンカの仕方の話なのだが。

 とにかく、俺は姉さんの教えの通りに徘徊者へ馬乗りになった。

 超絶有利なマウンティングポジションだ。


 そこからはもはや一方的。

 メイスで徘徊者の顔面を殴る、殴る、殴る、殴る。

 途中でメイスの柄がガタガタになってしまったので放り投げる。

 そこからは両拳で相手を殴り続けた。

 拳を痛めてしまうかもと思ったが、『スケベ』スキルの身体強化はとても偉大。

 強化された俺の拳は強靭な徘徊者の頭部や胴体を殴り続けてもびくともしない。


 ひたすら拳で殴って殴って殴り続けて、時折肘打ちも混ぜて、徘徊者がいい感じにボコボコでベコベコに変形してきたところで攻撃を止める。

 徘徊者はもはや虫の息だ。

 「キィ……キィ……」とうわ言のように声をあげる事しか出来なくなっていた。


「あ、あの……。そろそろトドメを刺してあげた方が……」


 玉橋さんが遠慮がちに声をかけてきたので、俺はそれに対して「そうだね」と短い返事を返す。

 そして腰のナイフを右手に逆手で持って、徘徊者の胸に突き立てた。

 

 結構硬い。

 少し弾力もあるだろうか。

 俺はナイフを両手で握り直してから、全体重をかけて押し込む。


 ぶちぶちぶちッ、と嫌な音をたてながら徘徊者の胴体にナイフの刃が入っていった。

 こいつの身体組織は繊維質みたいだな。

 胴の中心に切れ込みが入ったところでナイフをゆっくりと抜く。

 徘徊者は身体の中まで、深淵の闇のように真っ暗だった。

 傷口からは、黒い紐のようなナニカがウネウネしている。


 のんびりしていたら、傷口が塞がってしまうかもしれない。

 俺は急いでその傷口に両手を差し込み、無理やりこじ開けるように裂け目を広げていく。


「キキキキキキキカカァアアアア!!!」


 徘徊者の悲痛な叫び声がダンジョンの中に響き渡る。

 モゾモゾと抵抗するそぶりを見せたので、顔面を数発殴って大人しくさせる。

 ぶちぶちと傷口を開いて、深くまで広げていくとお目当てのモノが見えた。


 黒い中身の中で一際目立つ、血のように真っ赤な色をした手のひらサイズの結晶。

 徘徊者の魔結石だ。

 

 俺はそれを右手で掴むと、無理やり身体から引き抜こうと試みる。

 繊維のような身体組織と癒着しているようだが、今の俺の腕力ではどうという事はない。

 俺の力によって、徘徊者の固くて弾力のある繊維が音を立ててちぎれていく。

 そして、最後に一際大きくぶちりと音をあげて、魔結石を引っこ抜いた。

 

 もう徘徊者はピクリとも動かない。


「……ふぅ。少しだけ苦戦したな」


「す、すごいです江口君っ。本当にあの徘徊者を倒してしまうなんてっ!」


「いやあ、それほどでも。というか俺1人じゃ全然勝てる相手じゃなかったし。色々踏まえれば完全に玉橋さんのお陰だよ」


「わたしの、おかげ……?……あっ」


 なぜ俺が、徘徊者という強敵に勝てたのか。

 その理由を思い出したのだろう。

 玉橋さんは今日何度目かの顔真っ赤タイムに入って、「ううぅ」と恥ずかしそうにモジモジしていた。


「わ、わたしはただ、そのっ、江口君にせーてきこーふんをして貰っただけですから……!」


 謙遜の仕方がだいぶおかしい気もするが、ここは触れないでおく。

 

「それだけじゃなくてさ。すごく嬉しかったよ、逃げないでいてくれたのがね。それに俺がピンチになったときも隙を突いて攻撃してくれたし」


「あ、あれは!とにかく必死で……。それに、私の攻撃はぜんぜん効いてませんでした……」


 ちょっと落ち込んでしまう玉橋さん。

 そんなに気にしなくてもいいのに。

 そして玉橋さんは顔を俯かせつつなにやら思案顔。

 そして顔をあげると、真剣な表情に変わっていた。


「あ、あのっ。江口君に、お願いがありますっ!」


「ん、どうしたの玉橋さん?」


「わっ、私と!パーティーを組んでくれませんか!?」


「えっ、俺と?いいの?」


 びっくりするような事を切り出してきた玉橋さん。

 いいのかな、だって俺は……。


「俺、エロスキル持ちだよ?俺とパーティーなんて組んだら、玉橋さんも変な目で見られるよ?」


「そんなこと、私気にしませんっ」


 俺の言葉に、首を横に振りながら答える玉橋さん。

 

「江口君は優しくて凄くて良い人です!スキルだけ見て判断して、その人の大切な部分が分からない人たちの事なんて、どうでもいいですっ!」


「玉橋さん……」


 この子、めっちゃ良い子だ。

 こんな人と、俺がパーティーを組んでもいいのだろうか。


「そ、それにっ。私、強くなりたいんです!」


「強く、か。……そんなに?」


「はいっ。ダンジョンの中でも外でも、誰かを守れるくらいに!強くなりたいです!」


 モンスターが存在するのはダンジョンの中だけじゃない。

 数は少ないがダンジョンの外でもモンスターはポップする事があるし、そこから野生化して野山や廃墟に定着して住み着く事もある。

 そんなモンスターによる、人間や物への被害は世界中で後を絶たない。

 もちろん、この日本もその例外ではない。

 玉橋さんはそういうモンスター被害から、人々と社会を守りたいのだろう。


「江口君のスキルは、他人も強く出来るんですよね……?私、頑張って江口君の役に立ちますからっ。江口君の望む事なら、な、なんだって応えますから!」


「え、えーと……。その、必然的にエッチな事になっちゃうけど、いいの?」


「……はいっ!。なんだって、しちゃいますっ。それは、ちょっとは恥ずかしいですけど……。でも、大丈夫です!だから江口君の『スケベ』で私を強くしてくださいっ!」


「嫌じゃ、ないの?……無理しなくてもいいんだよ?」


「嫌じゃないですっ!無理なんかでもありませんっ!むしろ、江口君になら、スキル関係なしに……」


 後半は小声で聞こえなかったけど、玉橋さんの決意は十分に伝わった。

 これに応えなければ、男じゃないだろう。

 据え膳食わねばなんとやら……いや、これは違うか。

 ……違わないか?


「分かったよ。じゃあパーティー組もっか」


「あっ、ありがとうございます!私、頑張りますっ!」


「よろしくね」


「はい、よろしくお願いします!」


 お互い手を伸ばして握手をする。

 玉橋さんが太陽のような最高の笑顔を浮かべていて、超絶可愛い。


 俺はこうして素敵なパーティーメンバーを得て、晴れてボッチを卒業することに成功した。



 

「えっちな事、私たくさんがんばりますねっ!」


 これからの学校生活、とんでもない事になりそうな予感がするのは気のせいだろうか?





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