第3話 けっこう臭うらしいです

「大丈夫?」


 そう言いながら、玉橋さんに手を差し伸べる。

 差し伸べてから、また後悔をした。


「ひゃっ、あっ」


 玉橋さんは困った顔をしながら、俺の手には決して触れようとはしない。


 そうだよな。

『スケベ・絶倫・デカ*ンポ』なんてスキルが発現した男とは(以下略


 俺が落ち込んでいると、玉橋さんが慌ててフォローしてきた。


「あ、あの、ち、違うんですっ。い、いま私、その、きたなくて……」


 ああ、それが理由でしたか。


 玉橋さんは声が尻すぼみになりながらも、俺の手を取らない訳を教えてくれた。

 大丈夫大丈夫、俺そういうの全然気にしないし、むしろ大歓迎だし!

 

 もちろんそんな事を声には出さない。

 ここはお漏らししたことを気付かないフリをしてあげるのが紳士の振る舞いというものだろう。


 俺は努めて爽やかな笑顔(多分)を浮かべながら話しかける。


「災難だったね、怪我は無い?」


「は、はい、お陰様で……。あ、ありがとうございましたっ」


 そう言いながらヨロヨロと立ち上がる玉橋さん。

 

 前言撤回、気付かないフリは無理。

 玉橋さんジャージの股間部分にデカいシミが出来ている。

 どんくらいデカいかといえば、デカいの代表格たる北海道を通り越してアメリカ合衆国テキサス州くらいデカい。

 これに気が付かないフリをするのは無理がある。

 玉橋さんも必死に隠そうとはしているが、無駄な抵抗である。

 その小さいお手々ではせいぜい香川県くらいしか隠れないと思う。


「こ、コホン。あのー……、着替えとか、持ってたりします?」


 あまり玉橋さんの羞恥を刺激しないように気を付けながら、恐る恐る聞いてみる。


「ないです……」


 汗で前髪がおでこに張り付いて玉橋さんの顔がよく見える。

 涙目なのがすごく可愛かった。


 しかし困ったねこりゃ。

 普通に危険である。

 だって美少女がお漏らしして涙目になっているのだ、相当な破壊力が……ではなく。

 まずひとつ、冒険者の中ではダンジョン内で戦闘後に同じ場所で留まり続けるのは良くないという共通認識がある。

 ダンジョンのモンスターには臭いに敏感なヤツが多い。

 死体の臭いで敵を集めてしまうのだ。

 だから今すぐにでも移動したい。

 なのだが……。


「うう……、ごめんなさい……」

 

 今の玉橋さんは刺激的で香しいアンモニア臭を絶賛放出中である。

 移動したところでそもそも自分たちが臭いを放出していたら意味が無いよな、これ。

 どうしたもんかね。


「とりあえず、歩いて移動しようか」


「は、はい」


 まだコボルトの魔石を取ってないけど、まあいいや。

 

 ジャージがベタついてるからだろうか。

 歩きにくそうにする玉橋さんのゆっくりとした歩行に合わせて、俺達は移動する。


「で、どうして玉橋さんは1人でダンジョンに?クラスメイトの女子とパーティー組んでたよね」


 とりあえず何か会話をしなければ間が持たないと思い、俺は先程から気になっていた事を聞く。


「あ、あの、うぇ、えっと……」


 玉橋さんの言い淀み方からして少し話辛い内容のようだ。

 俺は玉橋さんが喋ってくれるのを、歩きながらも静かに待つ。

 そして彼女は絞り出すように言った。


「みんなに、置き去りにされちゃいました。あはは……」


 ……なるほどね。

 玉橋さんは取り繕うように笑っているが、顔が引き攣っていて痛々しい。


「わたしが、役立たずなのが悪いんです。運動オンチで、鈍臭くて、戦闘でも右往左往してばかりで、パーティーメンバーに迷惑かけてばかりで……」


 涙を浮かべる玉橋さんの告白を聞きながら、それ以外にも理由がありそうだなぁなんて思ったりする。

 彼女の容姿はそんじょそこらの女子じゃどんだけ努力したってたどり着けないようなレベルの美少女ぶりだ。

 誰もが羨むような小顔、新雪のように美しい透き通るような肌、艷やかな長めの黒髪。

 長いまつ毛に際立てられたぱっちりとした目、スッと通った鼻筋、淡く色づいた桜色の唇。

 おまけにプロポーションも抜群。

 肩幅やウエストは細身なのに程よい肉付きのお尻に、すごく良い肉付きの胸周り。

 こんだけ兼ね備えてたら、同性からはかなりキツイ嫉妬の対象にされていると思う。

 もしかしたら最初からダンジョンへ置き去りする為にパーティを組んだのかもしれない。

 なんとなく彼女と組んでいたパーティーメンバーを思い浮かべてみても合点がいく。

 ちょっと性格に難がありそうだったもんな、あの女子達。


「だからってダンジョンに置きざりは最悪だよ。パーティーを組んでダンジョンに入るなら、出るまでは何が何でも協力していかなきゃ」


「で、でも……」


「それに、戦闘が苦手なのも仕方がないんじゃない?まだ入学して1ヶ月なんだから。そんな短期間でばりばり戦える方がおかしいよ」


「そ、それを言ったら、江口君は1人でばりばり戦って私を助けてくれましたよね?……やっぱり私、自分が情けないです」


「や、俺はその、たまたま上手くいっただけというか……」

 

 うぐ、フォローしたつもりが逆効果だった。

 玉橋さんはかなり意気消沈している。

 何か、何かかける言葉はないか。

 ……くそう、コミュ障だからなんにも浮かばねぇ。

 沈黙の間が辛すぎる。


「あ、あと、午前の授業の時はごめんなさいっ。せっかく消しゴムを拾ってくれたのに……」


「ん?ああ、あれね。いいよいいよ、気にしないで」


「ほ、本当にごめんなさいっ。わ、私、緊張しちゃって……」


「わかる、よく分かるよ。俺も女子と話すの苦手で緊張しちゃうもん」


「そ、そうなんですね……」


「……」


「……」


 なんというか、いま言葉のキャッチボールをすげぇミスった気がする。

 またもや発生した沈黙の間が辛い。


 そんなこんなで2人で歩いていると、前方からコボルトの群れが駆けて来た。

 ……こりゃあ玉橋さんのお漏らしの臭いに引き寄せられて来たな。


「玉橋さん、後ろに下って」


「は、はいっ」


 ポジティブに考えよう、これで沈黙に困らないで済む。

 俺はメイスを構えて、コボルトを迎え撃つ。


 

 

 

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