第1話 ボッチになった

「はーい、じゃあ配られたプリントは後ろの人に回してくださいね」


 探索者を養成する学校といっても、一般科目の授業もちゃんとある。

 そして今は社会科の時間。

 前から回ってきたプリントを言われた通り後ろに回す。

 俺にプリントを渡してきた前の席のヤツと、俺がプリントを渡した後ろの席のヤツ。

 両人とも俺と目を合わせようとしないのは気のせいではないのだろう。

 そもそも彼らだけではない、クラスメイトの誰もが目を合わそうとしてくれない。

 

 スキルが覚醒してから1週間、ずっとこんな感じである。


「あっ」


 不意に隣の席の女子、玉橋さんが声をあげる。

 彼女は大人しい、というか陰キャ気味で、前髪で目元がほぼ隠れてはいるが、よく見るとびっくりするくらいの美少女である。

 彼女は机の上からポロッと消しゴムを落としたようだった。

 俺は反射的にそれを拾って渡そうとしてから、自分の親切を後悔する。


「ひあッ!?」


 自分の落とした消しゴムが俺の手のひらの上にあるのを見て玉橋さんはビビリ散らかしている。

 受け取ろうともしない。

 あの、これあなたのなんですけど……。


 スキルが覚醒してから1週間、ほんとにずっとこんな感じである。

 

 まあなんだ、『スケベ・絶倫・デカチ*ポ』なんてスキルが発現した男とは関わりたくないよな。

 気持ちはちょっとわかる。

 でもせっかく学年でも指折りの美少女と隣同士になったというのに、あんまりです……。


 そして自分の手のひらの上に鎮座する、玉橋さんの消しゴムをしばし見つめる。

 これは受け取ってもらえそうにない。

 これ、どうしたらいいの……。

 

 自分のモノにしたらそれこそ気持ち悪いヤツになる。

 仕方なく俺は手に持った消しゴムをそっと教室の床に置き直した。

 かわいそうに、おそらくは掃除の時間に「エロ菌が付いてるぞーw」なんて会話と共にパス回しされて、最後にゴミ箱へと送られる事だろう。



 ――――――――――

 


 時は過ぎてお昼休みの時間。

 例の陽キャパーティーの面々が近づいて来た。

 いったいなんの用だ。


「ウェーイwww」


「エロスギくん今日もボッチ飯???」


「エロすぎるエロスキル持ちは辛いねぇw」


 彼らのこんなセリフを聞いて、周りにいる何名かの生徒たちがクスクスと笑い始める。

 スキルが覚醒してから1週間、昼休みは毎回ずっとこんな感じである。

 隣の席の玉橋さんだけは笑う事もせず、ただ気まずそうに俯いたままなのがまだ救いか。


 陽キャ共の俺へのダル絡みはまだ終わらない。


「ところでエロスギくん、昼休みはトイレに直行しなくてもいいの?w」


「エロスキル持ちは今のうちに一発シコっとかないと、午後の授業中辛いんじゃねーのw」



 江口杉男、15歳。

 そろそろ辛くなってきました。



 ――――――――――



 俺の通う学校の名は国立東京迷宮高等専門学校。

 その名の通り、5年制の高等専門学校である。

 豊富な設備に先進的なカリキュラム、生徒への厚いカウンセリングサポート等、色々なものが充実している。

 探索者育成に関しての世界的なフロントランナーと言える素晴らしい学校だ。


 東京都に存在する国指定の迷宮関連特別区域に位置するこの学校は、近くにいくつものダンジョンが存在する。

 なので放課後に素敵なダンジョン攻略ライフを満喫する事ができる。

 おまけに迷宮特区には他にも複数の探索者養成学校が存在するので、他校の生徒と共に切磋琢磨する事も可能だ。


 そんなわけで俺も学校終わりのダンジョン攻略に繰り出す。

 学校に居てもクラスメイトからハブられてる俺は自習室か図書室に行くくらいしかやることがないからね。


 俺がやって来たのは迷宮特区の中でも最大規模を誇る学園都市生徒専用の中央ダンジョン。

 大きなダンジョンなだけあって周辺の学校からも生徒が沢山来ていて、エントランスには長蛇の列が出来ていた。


 といっても入場するには学園都市共通規格の生徒証を機械にタッチしてから、ダンジョンゲートに入るだけ。

 割とスムーズに列は進んでいく。


 俺は1人で列に並びながらぼーっと考える。


 今の俺はクラス、いやもうほぼ学校中に保有スキルを知られている。

 だから一緒にパーティを組んでくれる生徒なんか皆無だ。

 だけどもワンチャン、俺のスキルを知らない他校の生徒なら組んでくれないかなぁ。

 いやあ、そもそも俺はコミュニケーションがあまり得意な方ではないので、それはそれでちょっとハードルが高い。

 見知らぬ人に「ヘーイ、そこのガイズたち、ミーをパーティーにジョイントしてくれない?」なんて声かけができるわけがない。

 それにパーティーを組んだら自分がどんな力を持っているのか教えなければいけない。

 そうしないと戦闘で連携が取れないから。

 つまり保有スキルなんかをパーティーメンバーにある程度開示しなければならないという事だ。

 まあまあだいぶ詰んでいる。


 うーん俺、今後の5年間どうやって過ごせばいいのだろう?

 ソロでダンジョン攻略をするにも限界があるし、攻略が滞れば単位取得にも支障がでるのが探索者養成学校だ。


「俺、もしかしなくても留年の危機じゃね?」


 ひとり不安を抱えながら、俺はソロでダンジョンへと入っていった。



 ――――――――――



 中央ダンジョン第一階層はTHEダンジョンといった感じの洞窟型だ。

 ぼんやりと壁が光っていて光源に困らないのはお約束である。


 岩と土で出来た地面と壁に、所々で交じる人工っぽさの出る石壁なんかを眺めながらテクテクとダンジョン内を歩いていく。

 こんな殺風景な場所を一人で歩いていると寂しくなってくる。

 パーティーメンバーがいれば、他愛もない雑談なんかしちゃったりして退屈しないんだろうけどさ。

 ま、ソロの方が余計な人間関係に気を使わずに済むとポジティブに考えよう。


 俺がそんな悲しい思考を巡らせていると、前方から何者かの気配。

 眼の前の曲がり角を右へ行った先に何かいるようだ。


 他の生徒がいるのかもしれないが、しかしこのダンジョンは無闇やたらと広い。

 それ以外の何かである可能性の方が高い。

 十中八九、この気配の正体はモンスターだろう。

 

 俺は得物のメイスを握り直し、忍び足で進みながら曲がり角へと向かう。

 角まで来たところで、そっと顔を出して先の様子を伺った。


「ギャ、ギャ!」


 毛並みの悪い犬の顔をした二足歩行のモンスターがそこにはいた。

 ファンタジー雑魚モンスター代表選手権があったら入賞間違いなしどころか筆頭レベルのヤツらだ。

 コボルト。

 そいつらが2匹いる。

 武器は粗末な棒。

 防具は無く、身につけているのはボロっちぃ腰巻きのみ。


 幸いにもコボルトはこちらに気付いていないようだ。

 ギャッギャと騒ぎながらこちらに背を向けて歩いている。


 不意打ちするには絶好のチャンス。


 俺は忍び足から駆け足に変えて近づいて行く。

 流行りのソシャゲ風に言うのなら『速戦即決』ってところだ。


 俺の足音に気付いたのか、コボルトの片方がこちらを向く。

 今更気付いても、遅い。


 俺は既に肉薄して、メイスを振りかぶっていた。


「おりゃあっ!」


 メイスを勢い良く振り下ろす。

 気分はスイカ割りだが、手に伝わるぐしゃりという感覚はもっと生々しいものだった。


 メイスは見事コボルトの頭に直撃し、頭蓋をかち割って血と脳髄を地面に撒き散らす。

 コボルトは白目を剥きながら昏倒した。

 

 うへぇ、グロい。

 着てるジャージにもだいぶ飛び散ってる……。


 辟易しながらも油断はしない。

 まだ1匹残っている。


 振り下ろしたメイスを流れるような動作で横に凪ぐ。

 こちらに背を向けたままのもう1匹のコボルトの側頭部にガツンと強烈な一撃を食らわす。

 だが振り下ろした時ほどの威力は出てないようだ。

 コボルトはフラフラしながらもなんとか2本足で立っていた。


 そんな相手にすかさず前蹴りを繰り出す。

 背中を勢い良く蹴りつけられたコボルトは華麗に地面とベロチュー。


 そして俺は容赦なくメイスを振り上げて、追い打ちをかける。


 コボルト2匹、討伐完了。


 後は死体の胸を掻っ捌いて、体内で魔力やらなんやらが凝縮して結晶化したモンスター特有の生成物『魔結石』を取り出すだけだ。

 コボルトの魔結石じゃあそんなに価値は高くないけど、小銭稼ぎくらいにはなるからね。


 俺はメイスを下ろして、腰の短剣へと手をかけた。



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