約束
釜瑪秋摩
第1話 約束
私の名前は、
年齢は五十二歳。
とある企業の部長職についている。
明日から土日を含む三日間、名古屋への急な出張で、先方へ持っていく書類の準備をしていた。
机に置いたスマートフォンが震え、手に取ると妻からのメッセージが入っていた。
『この週末はどうしている?』
「週末は……出張……と」
ポチポチと入力をして、送信をタップした。
妻は二年前から、単身赴任で東北に暮らしている。
近いようで遠いせいもあり、互いに行き来をするのは年に数回だけだ。
私が返信をしたあと、妻からの連絡が来ないまま午前中の業務が終わった。
朝に立ち寄るカフェで軽くランチを済ませ、会社へ戻る途中で、またスマートフォンが鳴った。
画面には着信を知らせるマークと妻の名前だ。
「もしもし? ケイちゃん?」
『イッくん? 今週末、出張なの?』
「ああ、そうなんだよ。急にね。それより突然どうしたの? なにかあった?」
『しばらく帰っていないし、そっちに帰ろうと思ったのよね。ミニにも会いたいし……』
「えっ! 本当に?」
『嘘ついてどうするのよ? でも……そうかぁ……イッくんは出張じゃあ、仕方ないわよね』
妻は、取り合えず帰ってくるけれど、日曜の夜には東北へ戻ってしまうという。
いつも宿泊が必要な出張のときには、ミニをペットホテルに預けるけれど、今回は妻が帰ってくるなら、家に置いたままで大丈夫か。
それにしても――。
なんと間の悪い出張なんだろうか。
こんなときに、家を空けないといけないとは……。
数カ月ぶりに会える機会ができたというのに。
「……私もよくよく運のない男だな」
通話の切れた画面を眺め、歩きながらフウッとため息をこぼした。
「伊達部長、どうされたんですか?」
「こんな道端でため息なんて、哀愁漂い過ぎていますよ?」
後ろから声を掛けてきたのは
「いやね、週末に妻が帰ってくるんだ。けれど私は出張だから、すれ違ってしまうと思うと、少しばかり寂しい気持ちになるんだよ」
「あー……そうでしたか……」
「さすがに出張は、私たちが代わりに行きます、とは言えませんからね……」
「いいんだよ、気にせず午後も頑張ってくれれば」
「あっ、でも帰るときに、駅で待ち合わせて食事くらいはできるんじゃあないですか?」
柿崎さんにそう言われ、私はハッとした。
確かに、妻は朝や昼のうちに帰るわけでもないだろう。
私も早めに戻れば、夕飯くらいは一緒にできるかもしれない。
すぐさま妻へとメールを打ち、約束を取り付けた。
駅で待ち合わせるのは何年ぶりだろうか。
娘が生まれるまでは、お互いの仕事が終わってから、駅で待ち合わせて食事に出かけたりしたものだ。
娘が巣立ち、また二人の生活に戻ってから、忙しさもあって、そんな時間は減っていた。
週末になり、私は無事に仕事を終えると、急ぎ足で駅へと向かい、新幹線に乗り込んだ。
慣れた東京駅で、東海道新幹線の改札を抜けると、グランスタの中央通路へ向かう。
昔は銀の鈴で待ち合わせたけれど……。
今日は東北新幹線の改札近くと考えたときに、銀の鈴では都合が悪かった。
年甲斐もなく、浮かれた気持ちで待ち合わせ場所へと向かう。
駅に着く直前、窓に雨粒が落ちていた。
妻とこんなふうに待ち合わせるときは、雨が多い。
頭の中に懐かしい曲を思い浮かべながら、手を振る妻に、私も手を振り返す。
-完-
約束 釜瑪秋摩 @flyingaway24
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
それなりに幸せな昭和の乙女/釜瑪秋摩
★69 エッセイ・ノンフィクション 連載中 24話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます