第3話 山の中の不思議な村 その1

 朝、まだ薄暗い空の下、怪異解明団の5人は地元の山でのハイキングに向けて駅前広場に集合した。蝉の鳴き声が徐々に大きくなる中、彼らは期待に胸を膨らませていた。

智也は黒縁の眼鏡を直しながら、みんなの顔を見回して言った。

「みんな、準備はできたかい?水筒と軽食、そして万が一の時のための救急箱も忘れずに」

美咲は元気よく両手を挙げて返事した。

「もちろん!私、朝早くからお母さんと一緒におにぎり作ったんだ。みんなで分けっこしよう!」

彼女の明るい声に、周りの4人も笑顔になった。

颯は少し眠そうな顔をしながらも、興奮を隠せない様子で言った。

「僕は、この山にまつわる伝説をいくつか調べてきたんだ。山頂には古い祠があって、そこで願い事をすると叶うんだって」

香織は小さな声で付け加えた。

「私も図書館で山の歴史について少し調べてきたわ。この山には、何か神秘的な力があるみたい」

太郎は得意げに新しいガジェットを見せながら言った。

「俺は最新型のハイテクコンパスを持ってきたぞ。これがあれば、絶対に道に迷うことはない!」

5人は期待に胸を膨らませながら、山道を登り始めた。朝露に濡れた草木の香りが鼻をくすぐり、鳥のさえずりが彼らを励ますかのように聞こえた。

しばらく歩いた後、太郎が持参したハイテクコンパスが突然、奇妙な動きを見せ始めた。

太郎は困惑した表情で言った。

「おかしいな...このコンパス、未知の方向を指してる。北でも南でもない、何か...別の場所を示してるみたいだ」

颯は目を輝かせて提案した。

「その方向に行ってみようよ!きっと何か面白いものがあるはず。こういう時こそ、僕たち怪異解明団の出番じゃないか」

智也は少し心配そうな顔をしながらも、颯の提案に頷いた。

「確かに気になるね。でも、みんな気をつけて。途中で引き返すことになるかもしれないから、来た道をしっかり覚えておこう」

美咲は元気よく拳を上げて言った。

「よーし!冒険の始まりだね。私、なんだか胸がドキドキする!」

香織は静かに付け加えた。

「私も...何か大きな発見がありそうな予感がするわ」

好奇心に駆られた5人は、コンパスの示す方向へと進むことを決意した。普段は人気のあるハイキングコースを外れ、獣道のような細い道を進んでいく。木々が生い茂り、時折小動物の気配を感じる。

数時間歩いた後、突如として濃い霧に包まれた。視界が極端に悪くなり、5人は互いの姿さえ見えづらくなった。

智也が声を上げた。

「みんな、手をつないで。はぐれないように気をつけて」

5人が手をつなぎ、慎重に歩を進めると、突然霧が晴れ、目の前に思いがけない光景が広がった。

そこには、まるで時が止まったかのような古びた村があった。茅葺屋根の家々が立ち並び、石畳の道が村を縦横に走っている。古い井戸が広場の中心にあり、周りには野菜を売る露店が並んでいた。しかし、不思議なことに電線や近代的な建物が一切見当たらない。

香織は周囲を見回しながら驚きの声を上げた。

「まるで、タイムスリップしたみたい...ここは江戸時代?いや、もっと前かもしれない」

美咲は興奮して携帯電話を取り出しながら言った。

「すごい!こんなところがあったなんて。写真撮らなきゃ...あれ?」

彼女は画面を何度もタップしたが、反応がない。

「おかしいな。電源が全然入らないよ」

智也は眉をひそめて言った。

「おかしいな。この村、電線も近代的な建物も一切ないぞ。まるで...現代から完全に切り離されているみたいだ」

彼らが村の中に足を踏み入れると、古風な服装をした村人たちが好奇の目で5人を見つめ始めた。中には警戒するような視線を向ける人もいる。

智也が優しく微笑みながら、近くにいた中年の男性に話しかけた。

「すみません、この村の名前を教えていただけますか?」

しかし、男性は曖昧な笑みを浮かべるだけで、はっきりとした返事をしない。

颯が不安そうに言った。

「ねえみんな、気づいた?子供の姿が全然見えないよ。こんな大きな村なのに、子供が一人もいないなんておかしくない?」

香織も付け加えた。

「それに、村人の言葉遣いがとても古めかしいわ。まるで、歴史の教科書から飛び出してきたみたい」

太郎は周囲を観察しながら言った。

「この村の技術レベル、極端に低いみたいだ。でも、不思議なことに水路のシステムは非常に洗練されている。これは...現代の技術を知らない人が作ったものじゃない」

5人は互いに顔を見合わせ、この村に隠された謎を解き明かす決意を固めた。彼らは手分けして村の調査を始めることにした。

智也は村の中心にある大きな建物に向かった。それは恐らく村長の家か、集会所のようだった。彼は勇気を出して、建物の前に立っていた白髪の老人に近づいた。

智也は丁寧に頭を下げながら尋ねた。

「すみません、あなたが村長さんでしょうか?この村のことを教えていただけませんか?」

老人は智也をじっと見つめ、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。

「よそ者よ、我らの村に何の用だ?」

その声には警戒心が滲んでいた。智也が返答しようとしたその時、近くにいた年配の女性が割って入ってきた。

女性は優しく微笑みながら言った。

「まあまあ、村長さん。この子たちはただの登山客でしょう。あなた、よそから来たのかい?この村の話を聞きたいなら、私に聞きなさい」

智也は安堵の表情を浮かべ、女性に向き直った。

「はい、私たちは偶然この村に辿り着いたんです。ここがどんな村なのか、とても興味があります」

女性は智也を村はずれの自分の家に招き入れ、話を始めた。

「この村はね、昔から山の神様の加護を受けて栄えてきたんだよ。でも最近は...」

彼女は言葉を濁し、遠くを見つめた。

一方、美咲は年配の女性たちと仲良くなっていた。彼女の明るい性格と好奇心旺盛な態度が、村の女性たちの心を開いたようだ。

美咲は興味深そうに尋ねた。

「普段はどんな生活をしているんですか?楽しいことはありますか?」

一人の女性が答えた。

「毎日同じことの繰り返しよ。畑仕事をして、織物を作って...」

彼女は周りを見回してから、小声で続けた。

「正直、この村には不満もあるの。外の世界のことを知りたいけど、村から出ることは許されていないの」

美咲は驚いて聞き返した。

「え?村から出られないんですか?どうして?」

女性は悲しそうな表情で答えた。

「山の神様が原因でね…」

一方、颯は村はずれで古い祠を発見した。苔むした石造りの祠の周囲には、奇妙な紋様が刻まれた石が並んでいる。さらに、動物の骨のようなものが散らばっていた。

颯は興奮気味に呟いた。

「これは...何かの儀式に使われたものかな。この紋様、見たことがないような不思議な模様だ」

彼はスケッチブックを取り出し、紋様のスケッチを始めた。「きっと、この村の秘密を解く鍵になるはず」

香織は村の集会所で古い文書を見つけ、解読を始めた。埃まみれの巻物や、虫食いの目立つ古書が、棚にうず高く積まれている。

香織は真剣な表情で言った。

「この文書、村の秘密が隠されているかもしれない。でも、文字が古すぎて読むのが難しい...」

彼女は眉間にしわを寄せながら、一文字一文字丁寧に解読していった。

太郎は村の生活様式を観察していた。彼は特に、村の水路システムに興味を示した。

太郎は感心したように言った。

「へえ、この水路や農具、独特の技術を使ってるな。これ、俺が知ってる現代の技術よりも効率的かもしれない」

彼は水路の構造をメモし、スケッチを描き始めた。「これは絶対、普通の村人が作れるようなものじゃない。この村には、何か特別な知恵が受け継がれているんだ」

そう呟いた瞬間、太郎は不意に寒気を感じた。空が急に暗くなり、周囲の空気が変わったのを感じ取る。

「おかしいな...」

太郎が周りを見回すと、村の中央広場に向かって人々が集まっていくのが見えた。彼は急いでスケッチブックを閉じ、広場へと向かった。

広場に着くと、そこにはすでに智也、美咲、颯、香織の姿があった。5人は顔を見合わせ、状況を確認し合う。

智也が小声で言った。

「みんな、何か異常に気づいたか?」

美咲が震える声で答えた。

「うん、急に寒くなって...それに村人たちの様子がおかしいの」

颯が周囲を警戒しながら言った。

「俺も感じたよ。なんか...霊的な雰囲気が急に強くなった気がする」

香織は古文書を胸に抱きながら言った。

「私も気づいたわ。村人たちが皆、同じ方向を向いて...」

太郎が彼らの会話に割って入った。

「俺も今、水路を調べてたら急に寒くなって。それで皆のところに来たんだ」


夕暮れ時、突然村全体が青白い霧に包まれ始めた。空気が急に冷え込み、不気味な静けさが村を覆った。そして、各家から村人たちが無言で出てきて、一斉に山の奥にある大きな祠に向かって歩き始めた。

美咲は不安そうに言った。

「みんな、どうしたの?なんだか怖いよ...」

智也は決意を込めて言った。

「後をつけよう。何か重要なことが起きそうだ。でも、気をつけて。見つからないように」

5人も好奇心から後をつけた。村人たちの列は、まるで葬列のように静かに、しかし厳かに山道を登っていく。月明かりだけが、彼らの道を照らしていた。

ようやく大きな祠に到着したとき、村人たちは円陣を組んで祠を取り囲んだ。5人は近くの茂みに隠れ、息を潜めて様子を窺った。

突如、村長らしき老人が祠の前に立ち、両手を空に向けて挙げた。

「おお、山の神よ。我らの罪をお赦しください。子らの成長を祝う祭りを、再び行わせてください」

その瞬間、5人は祠の前で制止されてしまった。

がっしりとした体格の村人が厳しい口調で言った。

「ここから先は立ち入り禁止だ。よそ者が神聖な儀式を穢すことは許されん」

5人は仕方なく村に引き返し戻ると、以前親切にしてくれた年配の女性が彼らに声をかけた。

「あら、まだ村にいたの?もう遅いわ。今夜は私の家に泊まりなさい」

5人は感謝しながらその申し出を受け入れた。女性の家は小さいながらも清潔で、暖かな雰囲気に包まれていた。

夜が更けても、5人は眠れずにいた。智也が小さな声で言った。

「みんな、起きてる?」

他の4人もそれぞれ「うん」と答えた。

美咲が囁くように言った。

「村の秘密、そして儀式の意味...どうしても知りたいよ」

颯が続けた。

「あの祠で何が行われているんだろう。霊的なエネルギーがすごく強かったんだ」

香織も加わった。

「古文書にもまだ解読できていない部分がたくさんあるわ。きっとそこに答えがあるはず」

太郎は天井を見つめながら言った。

「村の技術と、あの儀式には何か関係があるんじゃないかな。もっと調べる必要がありそうだ」

智也が最後にまとめた。

「そうだね。村の秘密を解き明かすには、もっと多くの情報が必要だ。明日からさらに詳しく調査しよう」

その夜は誰も眠れなかった。村の秘密、そして儀式の意味。それらを解き明かすためには、もっと多くの情報が必要だった。

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