Ⅸ
佐久間くんは淡々と語り始めた。
「たとえ才能を持っていたとしても、常に俺達は比べられる。優劣をつけられる。まったく別物なのに、大衆のただの好みで、価値を決められる。俺の作風と唯ちゃんの作風は全く違う。そもそも戦う土俵が違うというのに。俺は、唯ちゃんがいる限り、一番になれなかった。コンクールで彼女は金賞なら俺は銀。彼女が大賞でも俺は佳作。学校の中でも絵が上手い人で真っ先に挙がるのは唯ちゃんだ。俺はその次。俺は二番。もしくはそれ以下。唯ちゃんがいる限り、彼女は王座の枠を譲ってくれない」
俺は一番になれない――、彼はもう一度強く言った。彼の瞳にはどす黒い憎悪が宿っている。
「俺が受けたかった大学は、推薦は各校1人までなんだ。でも彼女もその大学を志望している。受験できるのはどちらか?ああそうさ、唯ちゃんだよ」
彼はふぅと息を吐いて、あの日のことを話し出した。
「あの日も――屋上で唯ちゃんと交渉したんだ。俺に推薦の枠を譲ってほしいって。美術室だったら先生に聞かれるかもしれないから、わざわざ屋上まで行った。彼女ほどの実績があればもっといい大学の推薦をもらえるだろう。俺は唯ちゃんのせいで、いい賞を穫れなかったからこの大学で妥協しようとしてるのに、どうして君がランクを下げてくるんだって。どうしてその枠を頑なに譲ってくれないんだって。真剣に説得した。それなのに彼女はのらりくらりと交わすばかりでろくに取り合おうともしなかった。呑気な声で、どうしてもそこに行きたいのよって。彼女のそういう態度に、そのときは無性に腹が立った。それから、君を見つけて手を振り出したんだ。その余裕そうな態度が癇に障った。こいつのせいで、俺の才能は評価されない。俺は一番になれない。こいつさえいなければって。なら、殺しちゃえばいいんじゃないかって、そう思ったんだ。それからは君の想像通りさ」
俺が、唯ちゃんを屋上から落とした――彼は静かにそう告げた。
「今にしてみれば随分短絡的だと思うけどね。その時は最適解だと思った。彼女が死んでしまえば推薦は俺のものだ。一番も俺のもの――そう考えるともうコウフンしちゃってさぁ。怒りとか憎しみとかいろんな感情が昂って、一気に俺を突き動かしたんだ。でも、衝動というとちょっと違う気がする。柵が高いから一旦持ち上げて落とすか、とか、足掴んで放り投げたら楽かな、とか、唯ちゃんを殺すことを割と冷静に考える時間があった。その後いけそうって思った時に行動に移した。うーん、でもやっぱり衝動かも。屋上行くまでそんなこと考えてもなかったし……。まぁまさか自分がそんな大胆なことをすると思わなかったからさ。やっちゃった後、ほんと焦ったよ。死んじゃったかは確認できないけど、とりあえず疑われないようにしないとって。3階に降りて、美術室から顔を出した。髪が崩れていたのは想定外だったよ。彼女の手が当たった気はしたけど、ガッチガチに固めてたから気にしてなかった。そんなことで見破られるとはね」
お見事だよ、そう言って彼は手を叩く。
「ふざけないでよ」
美術室に静寂が戻る。ニヤついた彼の顔が真顔に戻っていく。
「あんたは、自分が天才だって、本気でそう思ってるんだ」
ほんとに笑える。思いっきり嘲ってやる。
「自惚れるのもいい加減にしたら?自画自賛も甚だしい。自称天才とか、自己愛強すぎでしょ。そもそも、一番になりたいとか、そんな欲求丸出しの時点であんたは芸術に向いてない。他人からどう見られようと貫き通したいものを表現することが、芸術なのよ。あんたなんか天才でもなんでもない。私と同類、ただの天才が憎い、凡人よ」
「黙れよ」
彼が苛立ちを隠しきれない声で言った。でもたった一言。上手い弁明も思いつかないのだろう。反撃もできないのかしら。でも私は続ける。まだまだ、ぬるい。
「何が、君には分からない、だ。私だってずっとあの子を憎んでた。憎んで、憎んで、それでも愛してた。あんたと決定的に違うのはそこ。私はあの子のことが好きだった。愛と憎しみで、心の均衡を保っていた。あんたはただ、自分のことが可愛いだけ。唯のことが憎いだけ。凡人の中でも、いっちばんたちが悪い。あ、よかったじゃん、あんたが人を殺してまで欲しかった一番だよ」
「おい、黙れっつーの」
「いーや、黙らないよ。これは復讐だから。あんたがいかに馬鹿で間抜けなやつかってのを思い知らせてあげる。あんたはただ自分を愛したいがために人を殺した超絶愚か者。自分の能力を過大評価しすぎ、その上何でもかんでも他責思考モンスター。天才ぶりたいだけの出来損ない。あんたごときが天才を騙らないで!」
言い終わるやいなや佐久間くんが立ち上がった。血走った眼をこちらに向けている。
「黙れっつってんだろぉぉぉぉぉぉおおお!!」
パレットナイフを掴んで、突進してくる。
あのナイフ、そんなに固くなかったよなぁなんて思いながら、私は傍にあった椅子の脚を掴んで一気に持ち上げた。やられるから、やるんじゃない。許せないからやる。でも側から見ればこれはただの正当防衛だ。だから思いっきりやっちゃっていい。手加減はしない。ありったけの憎悪を込めて、勢いよく、椅子を彼の頭上に振り下ろした。
【続】
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