Ⅶ
あれから、一週間が経った。
唯は今も意識不明の重体。回復の目処は立ってないと聞いた。チューブに繋がれた唯。咲くことのない、花。唯の利き手は折れていたという。私の手を握った手とは反対の方だ。だから、仮に目覚めたとしても、今年の夏、唯は咲かない。それだけは確かだった。彼女は絵を描けないのだ。いや、もう二度と咲くことが叶わないかもしれない。彼女が目覚める保証は、どこにもないのだから――。私のせいだ。私が酷いことを言ったから。私があの子を追い詰めた。こんな筈じゃなかった。でもこうなってしまっても、おかしくなかった。総て、私のせいだ。私があの子を、枯らしてしまったのだ。
今日も、美術室は無人だ。佐久間くんもあれから学校に来ていないらしい。部屋の鍵を借りて、そっと美術室の扉を開ける。油絵の匂いが鼻を擽った。私の好きな匂いだった。
唯がいつも座っていた椅子に、腰掛けた。唯が見ていた、世界。ここで彼女は絵を描いていた。もう美しく咲くことのない、萎れた花の絵を――。彼女が最後に描いた絵はあのときのまま、イーゼルに立てかけられていた。カンヴァスの花は死んでいた。何度も塗り重ねられ、重みを増した花。絵の具で盛り上がっている筈なのに、花はその絵の奥深くに沈んでしまっていた。どんなに手を伸ばしても届かないところまで行ってしまったみたいだった。唯は、もう戻らない。そんなことを暗示しているみたいで、これ以上考えないためにカンヴァスに布を被せた。
深い息をつく。彼女はなぜ、飛び降りたのだろう。転落する直前に、手を振っていた唯。そのすぐ後、彼女は落ちた。これは私への当てつけなのだろうか。おまえのせいで、私は死を選んだのだと、その死に様を見せつけるためなのだろうか。そうだとしても、何も言えない。私は、それだけのことをしてしまったのだ。
唯を死に追いやったのは、私なのだ――。
私が、殺した。その言葉が重くのしかかる。逃しはしまいと私自身に追い打ちをかけるようリフレインする。そうだ。私のせいなんだ。私が、私が――。
――じゃあ、あの悲鳴は、何?
――彼女はどうして叫んだの?
――本当に彼女は、自分の意志で、飛び降りたの?
おかしな想像が不意に脳裏を過る。
いや、そんなはずは……。そんなの、都合の良い責任転嫁だ。私だ、私が総て悪いのだ。そう納得しようとする、言い聞かせようとするけれど、それを拒むかのように、出来の悪い妄想が膨らんでいく。こんなの、全部私の妄想。そう簡単に切り捨てられないくらい膨張した疑いを、もう誤魔化すことなどできなかった。そんな馬鹿な。じゃあ、彼女は。そんなはずは――。でも、認めざるをえなかった。釈然としないことを説明するには、それしかなかった。魚の小骨みたいに、喉に引っかかったままの、違和感。
一体、どうして――?
【続】
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