補習帰りに唯のところに寄ろうと思ったところ、佐久間くんと出くわした。とんがった髪は今日もガチガチだ。


「ちょっとー、露骨に顔しかめないでよ」

彼は悪い人じゃなさそうだけど、人を懐柔してきそうな感じがして少し苦手なのだ。唯がいれば普通に話せるし、いじることもできるのだけど、2人きりというのは気まずい。うまく取り繕えるか不安だ。


「葵ちゃん、今日は唯ちゃんのところに行くの」

彼はしれっと私のこともちゃん呼びし始めた。別にいいのだけど、そういうやたらフレンドリーな人が好きじゃない。でもここで嘘をついても、どうせ美術室で彼と会うことになるので正直に言う。すると、彼はそっかと相槌を打って、続けてこう言った。


「じゃあちょっと付き合ってよ」


 彼に連れられてやって来たのは自販機だった。


「唯ちゃんがアイス食べたいって、それで俺がパシられたの」

彼はへらへらと笑い顔で言う。

「パシられるのが嬉しいって、Mなんだ」

「違うってば。もう、葵ちゃんまでイジりだすんだから」

そう言いながらも彼は満更でもなさそうな顔をしている。

「でも、こういうの、嫌いじゃないんでしょ」

「まぁね」


彼は小銭を連続で投入する。硬貨の音が2人の間で響く。彼は迷いなくボタンを押した。ピッと音が鳴り、落ちてきたのはバニラアイス。

「佐久間くんっていっつもバニラじゃない?」

「俺、バニラ好きなんだよね」

「よく飽きないねー」

と感心していると、

「葵ちゃんも、好きなもの選んで」

と彼は小銭を入れて言った。いいよ、と断ったが、いいからいいから、と彼の圧に負けてボタンを押した。レモンシャーベット。彼がかがんでカップを取る。はい、と私に差し出したその手はやけにカラフルだった。カップにも色がついている。まあ文句は言わないけれど。


「唯ちゃんは、チョコアイス」

と彼はまた小銭を入れる。ボタンを押そうとするとき、彼がふと動作を止めて言った。


「気になってることあるんだけど、いいかな」

彼が言った。何のことだろう。検討がつかないまま、なーに、と問う。


「葵ちゃんさ、唯ちゃんと話してるとき、たまにすごい顔してる」

あまりに突拍子もない事で戸惑う。


「すごい顔って……どういう?」

「なんか、歪んでるの。いつもの葵ちゃんじゃない。怖い感じ」

「自分じゃ分かんないなーそういうの」

無意識のうちに、感情が顔に出てしまっていたのだろうか。それは気をつけないと。


「わざとじゃないなら、仕方ないけど」

ごめんね、突然失礼なこと言って、と彼は謝る。それからボタンを押した。ピッと音がなり、ごろりとカップが落ちる。


「教えてくれて、ありがとう」


いやいや、と彼は手をひらひらとはためかせた。

「唯ちゃん、最近悩んでるみたいだし、葵ちゃんと何かあったのかなって」

そんなわけないじゃん、と笑って返す。別に私達のこの関係は最近始まったことじゃないよ。それに、悩みなんて勝手に背負わせておけばいいじゃん。どうせ大したものじゃない。そんなものにも耐えられないなら、勝手に潰れて自滅しちゃえばいいんだよ。


「葵ちゃん、その顔だよ」

彼は言った。

「すっごく歪んでる」

 

 その日はアイスを食べながら3人でダベった。彼女は私といるとき、とびっきりの笑顔を見せてくれる。まるで花が咲くかのよう。可愛い。綺麗。一刻も早く、茎をへし折ってしまいたい。そんな衝動に駆られる。この花が愛おしくて、同時にとっても憎い。本当に、許せない。この笑顔は罪だと思う。そう考えていると、また顔が歪んでいないか、と急に心配になった。私は顔の動きを確かめながら慎重に彼女らと話をした。


 もしかして、唯も気づいているのだろうか。気づいていて見逃しているのだろうか。天才を羨むことしかできない哀れな人、天才に嫌味を言うことしかできない愚かな人、そうやって内心馬鹿にしているのだろうか。木のスプーンをシャーベットに突き立てながら考える。シャク、シャク、という小気味よい音がどこか遠くに聞こえた。


【続】



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