Climate 2 特有気象現象で強面体育教師を懲らしめちゃえっ!

英晴の通う学校。八時半の、朝のSHR開始を告げるチャイムが鳴ってほどなく、

「皆さん、おはようございます。まだ六月下旬ですが、今日は朝から真夏のような暑さですね」 

クラス担任で英語科の雨森先生が半袖姿でやって来た。背丈は一五〇センチちょっと。面長ぱっちり瞳。ほんのり栗色なミディアムボブヘア。二九歳の実年齢よりも若く見え、女子大生っぽさもまだ感じられるそんな彼女はいつも通り出席を取り、諸連絡を伝えて一時限目の授業が組まれてあるクラスへ移動していった。

 このクラスの今日の一時限目は家庭科。一年生が今学習しているのは保育の分野だ。

「このページを捲ると可愛らしい厚紙工作が迫り出してくる飛び出す絵本、皆さんも幼い頃に楽しんだと思います。遊び心があって懐かしいでしょ?」

 小顔でぱっちり瞳、ほんのり茶色な髪をフリルボブにし、お淑やかそうな感じの四十代女性教科担任安曇先生はそれを教卓から、クラスメート達に向けて見せた。

あのぬいぐるみ、厚紙工作どころか、生身の人間になったんだけど……。

「西風君、どうかしましたか?」 

「……あっ、いえ、なんでも」

 英晴はロダンの『考える人』のような格好をしていたため、教科担任に心配されてしまった。英晴の席は教卓に近いため目立ちやすいのだ。

二時限目は体育。今日は男子はグラウンドでサッカーが行われることになっていた。

同じ頃。英晴のお部屋では、気候擬人化キャラ達が人間化してベッドの上に座り込んで、テレビを眺めていた。英晴の学校での様子を、モニター越しに観察していたのだ。

「それにしてもこのグッズはファンシーだね。上空からの映像だけじゃなく建物内部の映像まで見れるなんて」

 カナートはとある加工品に大いに感心する。

「これさえあれば、地球上の任意の地点のライブ映像を映し出すことが出来るよ。ストリートビューと、衛星カメラの合体版かな? これは智晴ちゃんの考えた架空アイテムよ」

 クスコは自慢げに語る。学習机の本立てに置かれていた地球儀と、テレビ端子とが一本の水色ケーブルで繋がれていたのだ。

「ド○えもんのひみつ道具みたーい。あたしにはそんな能力設定されてないよ。いいなぁ」

 テラロッサは羨ましがった。クスコは智晴の考えた空想アイテムを召喚出来る能力があるようなのだ。

「あっ、あのう、いいんでしょうか? 盗撮なんかして?」

 フィヨルドは困惑顔でクスコに問いかけてみる。

「……法律的に、良くないとはわたくしも思いますけど、その、英晴君の学校での様子が気になってしまって」

 クスコは少し俯き加減になり、バツの悪そうに言い訳した直後、

ドスドスドス。と廊下を歩く足音が五人の耳元に飛び込んで来た。

「ヒデハルくんのウンムが来るようだね。みんなぬいぐるみになるか隠れて!」

 カナートは注意を促し、テレビの電源も切った。彼女を先頭に他の四人も素早く対応する設定資料集に飛び込む。本来ぬいぐるみなこの五人は、二次元イラスト化することも出来るようなのだ。一番動作の遅かったフィヨルドが設定資料集内に引っ込んでから約二秒後に、扉がガチャリと開かれ、母が英晴のお部屋に足を踏み入れて来た。

「英晴ったら、こんなに散らかしちゃって。変なコードまであるし……これ、英晴が気に入ってる智晴作のイラスト集ね。これも散らかしちゃって。もっと大事に扱わなきゃ」

 母はため息まじりながらもちょっぴり嬉しそうに告げながら、床に散らばっていた設定資料集を学習机の上に積み重ね、掃除機をかけて部屋から出ていった。

「ウンム、重ねたら出にくくなっちゃうよ。ラバースアリック?」

 一階へ降りていったことが確認出来ると、カナートは設定資料集内からぴょこっと飛び出し再び人間化する。そして他の気候の設定資料集をベッドの上に一冊ずつ並べてあげた。

 すると他の四人もすぐに飛び出し人間化した。

「なまら重たかったです。多少変身に時間がかかりますがぬいぐるみに戻るべきでしたね」 

 フィヨルドはホッとした表情で告げた。彼女が一番下になっていたのだ。

「いや、ぬいぐるみ化してたらさっきのは間に合わなかったと思うぜ。ヒデハルのイブ、よりによって一番重たそうなカナートを一番上にしていくとはね」

「ワッ、ワタシ、そんなに重たくないよ。太ってないよ」

 セルバに指摘され、カナートはむすぅっとなった。

「ラクダの瘤ん中みたいに脂肪いっぱいって設定になってるくせに」

「そんな設定ないもん!」

 カナートはそう主張して、セルバの髪の毛を引っ張る。

「いたたたたたっ、やったな、カナート」

 セルバはカナートのほっぺたをつねる。

「二人とも、興奮状態になるとより一層周囲の気温を上げちゃう設定になってるんだから、しょうもないことでケンカは止めましょうね」

 クスコは優しくなだめてあげた。

「だってセルバちゃんがぁー」

 カナートはつねられながら言い訳する。

「アタシ、カナートに気温では勝てねえけど湿度では圧勝出来るぜ」

 セルバは髪の毛を引っ張られながら対抗する。

「そんなの、ワタシの乾燥体質で相殺出来るよ」

 カナートは得意顔で主張する。

 この部屋の室温はますます上がり、四〇℃以上にまで達していた。

「なまら暑苦しいですぅ~」

 フィヨルドは純白ブラ&ショーツ姿で英晴のベッドにうつ伏せ状態でぐったりしていた。

「暑ぅ~い。真夏の昼間の重慶以上だよ。フィヨルドお姉ちゃん大丈夫?」

 テラロッサは美少女アニメキャライラストのうちわを二柄手に取ると右手で自分に、左手でフィヨルドに向けてパタパタ仰ぐ。

「二人とも、いい加減にしなさい。わたくし達、熱中症になっちゃうじゃない」

クスコは不愉快そうな表情を浮かべ、二人の頭を今しがた自分用の設定資料集から取り出したケーナと呼ばれる縦笛楽器でコツンッと叩いた。

「いたぁ~っい。分かったよ、やめるよクスコ」

「ワタシも大人気なかったな」

 すると二人はすぐにケンカをやめてくれた。クスコのことを恐れているようだ。

「涼しくなって来てよかったです」

 最高45℃まで上がった室温も一気に20℃近く下がり、フィヨルドはホッと一安心する。

「セルバお姉ちゃん、カナートお姉ちゃん。英晴お兄ちゃん見つけたよ」

 テラロッサの手によってまたテレビが付けられると、気候擬人化キャラ達は再びモニター画面に食い入る。

「こら西風。ぼけーっと突っ立っとらんとボール奪いにもっと積極的に動かんかいっ!」

 ちょうど英晴は鬼追先生に授業態度のことで説教されていた。

「ヒデハルくんはヒデハルくんなりに頑張ってるのに、あの先生はアル=シャイターンだね。お仕置きしちゃえっ!」

 カナートはにやけ顔でそう呟くと、モニター画面に向かって両手をかざす。

『あちちっ! 何やこの風? いたっ! 砂まで飛んで来よったぞ』

 鬼追先生はびくりと反応して後ろを振り向いた。

「いい気味だね。サハラ砂漠の熱風、ハムシン攻撃。リビアではギブリ、ヨーロッパ側ではシロッコと呼ばれてる季節風だよ」

 カナートは得意げにほくそ笑む。

「次あたしがやるぅ。くらえっ! 梅雨のしとしと長雨♪」

「アタシのスコール攻撃ならもっとでかいダメージ与えられるぜ」

 画面に向かってテラロッサは右手をかざし、セルバはフゥゥゥーッと息を吹きかけた。

『なんでわしんとこだけ雨が?』

 鬼追先生はずぶ濡れに。

『なんかちょっと息苦しなって来たわ~』

 ほどなく鬼追先生の周囲一メートル以内だけ気圧が急低下した。クスコが手をかざして攻撃を加えたのだ。

「標高四千メートル級の気圧に平然と耐えてるなんて、体育教師だけにタフね。フィヨルドちゃん、ブリザード攻撃でとどめ差しちゃって。得意技でしょ?」

「あの、クスコさん、かわいそうなので、わたしには、出来ないです」

「あらら。心優しいわね」

「フィヨルドちゃん体温はすごく低いけど心は温かだね」

「あたしが台風攻撃でとどめ差すよ。セルバお姉ちゃん、台風ちょうだい♪」

「Baik.」

セルバは快く右手のひらを天井に向け、自然界では定義的にも起こり得ない超ミニ台風を発生させる。雲量はどんどん増え、十秒ほどで直径約五〇センチ、中心付近の最大瞬間風速八〇メートル以上にまで発達させた。

「温くてなまら不快な風ですね」

その端よりも離れた場所にいる他のみんなにも強風が届いた。黙読中だった智晴所有の青年コミックのページがバサバサ捲られ、髪も大きくなびいたフィヨルドはなまら迷惑がる。

「完成させたよ。テラロッサ、手を出して」

「ありがとうセルバお姉ちゃん」

セルバが手渡した瞬間に一気に衰え直径三〇センチ程度に。

 テラロッサはそれを画面内の鬼追先生に向かって投げつけた。

『突風まで吹いてきよった』

 鬼追先生にピンポイントで雨風がより一層強くなる。

「このおじちゃん、最大瞬間風速五〇メートル以上の風にも吹き飛ばされずに耐えれてるぅ。すごぉーい!」

「温帯のテラロッサは最盛期レベルはやっぱ維持出来ねえか」

「うん、これくらいが限界だよ」

「あいつ頑丈だし、アタシの本気、最大瞬間風速百メートル以上の台風攻撃最盛期のまま食らわそうかな」

「セルバちゃん、ワタシも本気出せば極々狭い範囲だけどその風速に匹敵する竜巻を発生させられるよ」

「カナート、さすがだな」

「セルバさん、カナートさん、さすがにその規模の気象現象はあの頑丈なお方に対してでも危険過ぎると思いますし、周りにいる子達や建物にも甚大な影響が及ぶかもなので絶対やめるべきです」

 フィヨルドは困惑顔で注意する。

「それもそうだな。じゃあやめておこっと」

 セルバはてへっと笑った。

「フィヨルドちゃんの言う通りだね。テラロッサちゃんの台風攻撃でもあの先生けっこうダメージ受けてるっぽいよ。もうこの辺で許してあげよう。もう一回ハムシン食らわせて服乾かしてあげなきゃね。それっ♪」

『あちちちっ! さっきからいったい何やねん?』

ともあれ英晴はあれ以降は、散々な目に遭わされた鬼追先生から注意されること無く体育の授業を終えたのだった。

         *

 放課後、

夕方六時ちょっと過ぎ。

「ただいまー」

「おかえり英晴、お部屋はもっときれいにしなさいね」

「分かってるって母さん」

 英晴は帰宅後、手洗い、うがいを済ませて二階に上がり、

人間化して、ないよな? 今朝はぬいぐるみのままだったし。

恐る恐る自室の扉を開くと、

「マルハバ! ヒデハルくん」

「Selamat datang kembali.ヒデハル」

「Moi! С приездом! 英晴さん」

「おかえり、英晴お兄ちゃん」

「Hola! 英晴君」 

 気候擬人化キャラ達が爽やかな表情で出迎えてくれた。

「……夢じゃ、無かったのか。昨日の出来事は……」

 英晴は顔を強張らせる。

「だから現実だって。ヒデハル、もう認めちゃいなよ。アタシ達はキャラデザのチハルの空想と現実の二面性を持っているのだ」

 セルバが肩をポンポンッと叩いてくる。

「わっ、分かった。認めるよ、もう」

 英晴はついに観念してしまった。その方が精神的にずっと楽だと感じたからだ。

「ヒデハルくん、体育の先生懲らしめてあげたよ」

「俺の学校にこっそり侵入してたのか」

 英晴はやや呆れ顔。

「違うよ。これでヒデハルくんの学校生活を覗いてたんだよ」

 カナートはテレビ画面を指し示す。英晴の通う学校校舎の映像が映し出されていた。

「何これ?」

 英晴はケーブルの方にも目を向けた。

「このケーブルは、地球上のどの地点からでもライブ映像を映し出すことが出来る智晴ちゃんの空想アイテムよ」

 クスコはどや顔で得意げに説明する。

「智晴の空想アイテムまで物質化出来るって、どういう原理で、こんなことが?」

 英晴はかなり驚いている様子だ。

「それが、わたくしにもよく分からないの。智晴ちゃんの強い空想力と妄想力が成しえた奇跡としか言いようがないわ」

 クスコは照れ笑いする。

「それより、盗撮は良くないと思う」

「ペルドン英晴君、わたくし達、世界の人々の暮らしと環境について好奇心旺盛な設定になってるもので。これからは必要最低限の生活面だけを観測するようにするね」

 英晴に困惑顔で注意され、クスコはスペイン語も交えて申し訳なさそうに謝る。

「いやぁ、全く見なくていいんだけど」

 英晴は対応に困ってしまう。

「ヒデハルくんのお部屋の環境、もっと知りたい欲求に負けて勝手に調べさせてもらったよ。面白いコミックやラノベ、けっこう持ってるね。ワタシもコミックやラノベ大好きだよ」

「ヒデハルって、リアルな女の子の裸が載ってるエッチな本は一冊も持ってないんだな」

「ヒデハルくんはチハルちゃんと同じく健全だね。いい子いい子」

 セルバとカナートは機嫌良さそうに話しかけてくる。

「あのう、あんまり俺の部屋、荒らさないでね」

 英晴は苦笑いで優しく注意しておき、夕飯を食べにリビングキッチンへ。

「このゲーム、女の子達がワタシ達以上にかわいくてちょっと嫉妬しちゃうな」

 するとカナートは英晴のスマホを手に取り、ソシャゲを立ち上げたのだった。

「カナートさん、勝手に利用するのはダメですよ」

「アイムソーリーフィヨルドちゃん、ラスベガス気質でガチャを回さずにいられなくて……」

 カナートはそう言うも、ガチャを無断で回そうとする。

「悪いことなので、やめなさい!」

 フィヨルドは眉をへの字に曲げて、少し強めに言った。

 すると次の瞬間、

「ごっ、ごめんなさぁ~いフィヨルドお姉ちゃん」

「ひいいいいいいい、ミンタマーフ、フィヨルド」

「ロシエント!」

「アッ、アナアーシファ。ベバフシード」

 他の四人は皆びくびく震えながら慌てて謝った。セルバはとっさにテレビの電源を消す。テラロッサは泣き出してしまった。フィヨルドの顔が今しがた、トロールの顔に急変化したのだ。フィヨルドの顔はそれから瞬く間に何事も無かったかのように元の可愛らしいお顔へと戻った。

「わたし、怒りがある程度上昇すると、こんな風になっちゃう設定になってるんです。英晴さんには絶対こんな醜い姿見られたくないです」

 フィヨルドはとても照れくさそうに、顔を真っ赤に火照らせながら呟いた。

「「「「…………」」」」

 フィヨルドの恐ろしい風貌を見てしまった四人は、すっかり恐れてしまったようである。

それからしばらくのち、夕食を取り、風呂にも入り終えた英晴が戻って来た。

「英晴お兄ちゃん、いっしょにテレビゲームしよう」

「ごめんね、これから宿題もあるし、俺の通ってる高校、進学校だから予習復習しっかりしないとすぐについていけなくなっちゃうから」

「そんなぁ」

 テラロッサは不満そうに呟く。

「テラロッサさん、学生の本分は勉学に励むことって妹さんの智晴さんも言っていることですし、勉強中は邪魔しないようにしてあげましょうね」

「はーい」

「ごめんね、みんな。平日は特に勉強忙しいから」

 英晴は申し訳なさそうに伝えた直後、

「英晴お兄さん、マンガ返しに来たよ」

 智晴にノックもなしに入り込まれてしまった。

「智晴、勉強の邪魔だからそれ置いたら早く出て行って」

「分かったわ」

 気候擬人化キャラ達は目にも留まらぬ速さでぬいぐるみに戻り、間一髪、人間化した姿は見られずに済んだ。

 智晴がこの部屋から出て行ってから三十秒ほどして、みんな一斉に人間化してくる。

「智晴ちゃんのお部屋って、一般人には耐えられない雰囲気ね」

「チハルちゃんのお部屋は妹だけど姉クメーネだね。人間が定住出来ないアネクメーネになぞらえて」

「チハルの部屋の気候区分は変帯だな」

「智晴それ自虐気味に言ってたよ」

 思わず笑ってしまった英晴は、勉強を開始。

「ワタシ、英語得意だから困ったら質問してね♪」

カナート達が気を遣って各自、英晴の所有するマンガや雑誌、携帯型ゲームなどで楽しんで静かに過ごしてくれると、

 なんかいつも以上に勉強が捗る。頭が冴えてる気がする。室温が快適な環境になってるからだな。

 英晴は普段よりも集中して勉強に励むことが出来た。

     ☆

まもなく日付が変わる頃、

「英晴お兄ちゃん、あたし、もう眠いから、寝るね」

「わたしも眠いので寝ます。仮に白夜であっても深夜まで起きているのは辛いです。スパコイナイノーチ。ヒュヴァーウオタ。グナット」

「アタシも眠くなって来たぜ。メガネザルみたいに夜行性じゃないからな。ヒデハル、あとは頑張ってね。スラマッティドゥール」

 睡魔に負けたフィヨルドはぬいぐるみ化し、テラロッサとセルバは対応の設定資料集内にイラスト化して就寝。

「二次元化も出来るなんて、智晴ますます凄いな」

 まだ勉強を頑張っている英晴は感心気味に見送る。

「英晴君、夏にぴったりの夜食よ。元気が出るわよ」

 クスコは英晴のために学習机の上に、あるメニューを置いてくれた。メキシコ料理の代表、タコスだった。

「ありがとうクスコちゃん。俺これ好きだよ。これも地図帳から取り出したんだね」

「その通りよ。食べ物だって取り出せるの。ちなみにメキシコシティは高山気候の代表的な都市の一つよ」

「ヒデハルくん、これ食べて一息つこう!」

「じゃあ、いただきます」 

 英語の復習中だった英晴は一旦シャーペンを置き、トルティーヤを手で掴んで挟まれた牛肉のサイコロステーキ、玉葱、トマト、コリアンダーなどの具といっしょに口に運び入れた。

「本物みたいだな。サルサもたっぷりかかっててめっちゃ美味い♪」

 そして満足げに一気に平らげていく。

「ヒデハルくん、お口直しのナツメヤシだよ」

 カナートは重量にして約十キロ、千個ほどの果実が詰まった一房丸ごと机の上に置いた。

「ありがたいけど、そのままじゃ食べられないよ」

 英晴はちょっぴり困ってしまう。

「アナアーシファ」

 カナートはてへっと笑った。

「カナートちゃんも物を取り出せる能力持ってたんだね」

「取り出したんじゃなくて召喚したんだよ。気候に関するアイテムを召喚出来る能力はみんな持ってるよ」

「わたくしも、アルパカとかを召喚出来るわ。こんな風に」

「うわっ!」

 クスコが手をグーの形から広げると、英晴のお部屋に一頭のアルパカが現れた。

「これ、本物だよな?」

 英晴は恐る恐るアルパカの背中に手を触れると、アルパカはくるっと体の向きを変えて英晴の方を振り向いた。

 フェェェェェ~♪ と鳴き声も上げる。

「本物みたいだな。獣臭さも漂ってるし」

 英晴は驚き顔を浮かべつつ、ハハッと笑う。

「本物よ。唾吐かれないうちに片づけておくわね」

クスコは微笑み顔で言い、アルパカの頭にそっと手を触れるとアルパカの姿は一瞬で消滅した。

「智晴、こんな設定も作ってたのか」

英晴は強く感心する。

「ヒデハルくん、これもどうぞ。エジプトのお茶だよ」

 カナートはナツメヤシの実を消したあと、グラスに注がれたカルカデと呼ばれるエジプト風ハイビスカスティーを召喚した。

「ありがとう。おう、初めて体験した味だけど、けっこう美味いな」

英晴はルビー色のそれを飲み干して一息つくと再びシャーペンを手に取り、英文読解の演習問題を解いていく。五人全員人間化していたさっきと比べて暑くてちょっと息苦しくなり、集中力が削がれたためか、その後は十分程度で家庭学習をやめた。

英晴が歯磨きとトイレを済ませて来て時刻は午前0時半過ぎ。

「ティスバフアラヘール! ヒデハルくん」

「英晴君、Buenas noches.Allin tuta.無理し過ぎないようにね。今日は二次元化して寝るわ」 

カナートとクスコが設定資料集内に飛び込んでイラスト化するのを見送って、

「おやすみー」

英晴は楽しげな気分でお布団に潜り込む。

あの子達、顔もしぐさも声もすごくかわいいな。智晴凄過ぎだろ。

 英晴はより一層妹への尊敬度が増したようだ。彼が眠り付いてから数分のち、

「英晴さんの寝顔、なまらめんこいです」

 眼鏡を外したフィヨルドは人間化して、英晴の寝顔を覗き込むとまたぬいぐるみへ戻っていったのだった。


 気候擬人化キャラ達によって自室の環境が大変動した英晴。ともあれ、この子達と過ごす癒しのひとときはこれからも続きそうだ。

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きみとのウェザーでクライメイトな癒しのひととき 明石竜  @Akashiryu

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