第3話

「もしかして、ユウ、家にいるの嫌なの?」


 そんなことを言われたのは、次の日、曇りにもかかわらず、浜辺を訪れた時だった。


「……へ?」


 悠は思わず素っ頓狂な声を上げた。だって――その通りだったから。


「昨日、僕が認めるって言ってくれたでしょ? 気迫っていうのかな、そういうのがちょっと普通の人とは違う気がして……もしかしたら、誰にも認めて貰えてなかったのかなって思って。今日星見えないし、望遠鏡持ってきてないし」


「……すごいね、セナさん」


 悠は哀愁漂う笑みを浮かべ、その場に座り込んだ。セナもそれにならって座る。


「セナでいいよ。……それで、何があったの? あ、話したくないならいいんだけど」


 セナは慌てたように付け足したが、悠はそんなセナを見て微笑んだ。


 誰にも話せなかったことだが、何故かセナになら話せそうな気がしている。


「……僕、父親がいないんだ。僕が中二の時に事故で死んだから。それで母親に引き取られたんだけど、母親は男遊びばかりで、僕のことなんて構ってくれなかった」


「…………」


 セナは頷きもせずに悠の話を聞いていた。風になびく黒髪を抑えもせず、悠の横顔を見ている。


「実は僕、高校に通ってないんだよね。お金無くて。今はバイトしてお金貯めてるところ。貯まったら家を出るつもりなんだ。ここに来たのも、なるべく家から離れたかったから。……それに、僕、友達がいないんだ。僕を認めてくれてたのも、受け入れてくれてたのも父さんだけだった」


(……どうしてこんなに、話せるんだろう)


 どうして、会って三日のセナに、こんなに思いを吐露できているのか。お互い、まだ名前しか知らないのに。だが、セナの顔を見ていると、言葉が滑らかに出てくる。


「……その望遠鏡は?」


「これは僕がまだ小学生の頃に、父さんが誕生日に買ってくれたんだ。父さんは、僕のこと可愛がってくれてたから。……さっき、父さんは事故で死んだって言ったけど、それ、離婚調停中だったんだよね。僕は父さんに引き取られる予定だったんだけど、離婚する前に死んだから、仕方なく母さんのところにいるんだ」


 本当に不思議だ。


(僕、子どもみたいだな)


 セナに甘えているのだろうか。全て話したら、胸のつかえが取れた気がした。


「……あれ?」


 突然、視界が歪んだ。頬を温かいものが伝う。


「僕、泣いて……?」


 どうしてか分からない。それなのに、涙は溢れて止まらない。


「ユウ……?」


「ご、ごめん。分からないけど、止まらなくて……」


 全く悲しくない。むしろ心地良ささえ感じている。


 夜空に瞬く星がいつもより輝いて見え、波の音もいつもより大きく聞こえる。


「……ねえ」


 しばらくの沈黙の後、セナが口を開いた。


「それ、わたしじゃダメかな?」


「え?」


 驚いた悠がまだ濡れている目でセナを見ると、頬に張り付いた黒髪を抑えたセナは優しい微笑みを浮かべていた。


「ユウを受け入れるの、わたしじゃ、ダメ?」


「え、そ、それって……」


 しどろもどろになった悠の顔が真っ赤に染まる。


 微笑んだセナは悠の手を取り、胸の前で両手で握った。


「わたし、好きなの。辛くても、頑張って前向こうとしてる人が」


「前を向いてる……? 僕が?」


 悠は頬を染めながらも首を傾げた。


「だって、星を見てるじゃない」


 セナはさらに優しく微笑んだ。


「下を見ずに上を見てる。少なくとも、俯いてなんかない。そういう人が、好きなの」


 悠は耳まで赤くなった。


「……ありがとう。――セナ」


 頷いたセナは、悠の瞳からこぼれ落ちた涙を指で優しく拭った。


「……――♪」


 セナは悠の手を離し、海に向かって歌い出した。


 優しい、柔らかい歌声。それは、凍った悠の心にそっと染み込んで行った。

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