第2話

 翌日。天体望遠鏡のケースを背負った悠はまた浜辺に来ていた。昨日セナが座っていたテトラポッドの近くに行ってみるが、セナの姿はなかった。


「……はぁ……」


 思わずため息がこぼれる。と、その時。


「――……♪」


 背後から歌声が聞こえた。振り返ると、セナが波打ち際を歌いながら歩いてくる。悠を見つけると、優しく微笑む。


「ユウ、今日も来てたんだ。今日もキレイに晴れてるもんね」


 昨日とは違うデザインの白いワンピースを海風になびかせながらセナが空を見上げた。


「あ、えっと、今日来たのは……」


 まさか、君に会いに来た、なんて言えない。悠が困っていると、セナは口を開いた。


「ねえ、ユウ。私にも星、見せてくれない?」


「え?」


 驚いた悠が素っ頓狂な声を上げる。


「私天体観測とかしたことないから。どんな感じなのかなって思って」


「う、うん」


 慌てて頷いた悠は天体望遠鏡のバッグを降ろし、組み立て始めた。ものの数分で完成させると、ピントを合わせようとレンズを覗き込む。


「えっと……あ、見えたよ」


 悠が避けると、セナはワクワクしたような顔で望遠鏡を覗き込んだ。その途端、表情がさらに明るくなる。


「わあ、キレイ……! これ、なんて星?」


「ベガだよ。夏の大三角の星で、七夕伝説の織姫に値する星なんだ」


「あ、夏の大三角は聞いたことある! すごい、こんなに白いんだ……!」


「うん、夏の空だと一番明るい星なんだ」


 子供のようにはしゃぐセナを見て、悠は自然に微笑んでいた。


「ねえ、ユウ。月見れる?」


 ふと、セナが顔を上げた。


「月? うーん、昨日新月だったから、今日はすごく細いよ」


「それでもいいの。お願い!」


 セナが両手をパンッと合わせる。


「……まあ、いいけど……」


 悠は再び望遠鏡を覗き込んだ。


 細い三日月にピントを合わせ、セナを見て頷く。


 望遠鏡を覗き込んだセナは、今度はしばらく黙っていた。


「……セナさん?」


「……なんでか分からないけどね、私、三日月が好きなんだ」


 顔を上げたセナは悠を振り返った。その表情からは感情は読み取れない。しかし、瞳の奥には光が揺れていた。


「昔から、満月より三日月が好きなの。周りからは変だって言われたこともあったんだけど……でも、そうだよね。普通、満月が好きだよね」


 悠は何も言えなくなった。夜風に揺れる長い髪が、セナの表情を隠す。


「……変じゃないよ」


「え?」


 セナが目を見開く。


「絶対変じゃない。満月が好きな人がいるなら、三日月が好きな人だっているから」


 悠ははっきりと言い切った。


 何が好きでもいいはずだ。そんなこと言う方がおかしい。


「誰かが変だって言っても、僕が認める」


「…………」


 驚いたように悠を見つめていたセナの口元が、ほころぶ。


「……ありがとう、ユウ」


 その笑顔は、悠が今まで見てきたものよりはるかに美しかった。


 悠は気づかない間に、頬を染めていた。

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