第19話

 夜、誠と晴香の二人が家に戻ってきた。それを茜が迎える。茜の顔を見てすぐ晴香はペコリと頭を下げて謝る。

「茜さん、ご迷惑をかけました」

「迷惑をかけたのはあの万波とか言う女だろ。清宮さんが謝ることは何もない」

 晴香の横で誠がフォローをする。いつもはそんな紳士みたいなことをしない誠を茜は不審に思う。

「お前たち、何かあったのか?」

 そう茜に聞かれて二人は同時に頬が紅潮する。

「き、絆が深まったんだよ」

「そ、そうです」

「お前らに絆があったなんて初耳だな。まあ、良い。さっさと上がれ。飯にするぞ」

 誠は茜に溜息を吐く。

「茜、ここは俺の家だぞ」

「正式には誠さんのご両親の、ですけどね」

「細かいことなんて良いんだよ。どうせ相続するのは俺なんだから!」

「もう相続とか考えているのか。現実逃避はする癖に流石クズだな」

「誠さん、そういうこと考える前にご両親にもっと親孝行してあげてください」

「お前ら俺を罵る時だけは超仲良いよな!」

 再度、誠が溜息を吐いてから口を開く。

「今日はもう疲れたから部屋に戻る。飯ができたら呼んでくれ」

 そう言って誠は階段を上がった。



 部屋に戻った誠は溜息をついてベッドに座る。

「好きでもない奴にキスなんてしてんじゃねえよ」

 女という生き物は好きでもない男と手を繋ぎキスやそれ以上のことができてしまうのか。そう思うと少し悲しい気持ちになる。そういうことを誠は付き合ってからするものだと思っていたからだ。

 晴香がそんな軽薄な女だとは思わない。彼女は真面目で優しい。だから、誠にしてくれたその行為もただのお礼。そう考えれば問題はないのだがどうも誠にとっては理解ができない。

 控えめに部屋の扉がノックされる。

「誠さん、晴香です。入っても良いですか?」

 逡巡してから誠は返事をする。

 ガチャリと扉が開いて晴香が現れる。ボーダーの部屋着に着替えていた。部屋に入って扉を閉めてから彼女は口を開く。

「誠さん、今日は本当にありがとうございました」

「お礼はもう貰ったから良いよ。それより、もう仕事は終わりか?」

 晴香たちが松本家にやってきた理由、それは誠をニートから卒業させるためだ。その目的を果たせれば別れが来るのは当たり前のことだ。

 晴香は寂しそうに笑って頷く。

「はい、私が誠さんの為にできることはもうおしまいです」

「……そうか」

 彼女に対して寂しいという感情が生まれるなんて誠は思いもしなかった。自分に似合わないとわかっているはずなのにセンチメンタルな気持ちになってしまう。

 永遠なんて来ない。どんなに優秀な人間でもそれはクズ人間と同じ。出会えばいつか別れが来るのは必然でそれが自然の摂理。その切ない表裏一体を残念ながら人間は覆すことができない。だから人間は足掻くのだろう。みっともなくてカッコ悪くても手放したくないと思ってしまうから。

「もう、会えなくなりますね」

 ポツリと晴香が呟く。それに誠は努めて明るい口調で言う。

「まあ、地球は丸いし世界は広いようで狭いから生きていれば偶然バッタリと道で会うかもな」

「……そうですね」

 きっとそんな偶然は来ない。晴香の悲しそうな顔を見て誠はそう察した。

 誠と晴香は住む世界が違う。ニートとその担当者、その関係性がなければ交わることはなかっただろう。その関係性がなくなれば会うなど不可能なことだ。

「明日には出て行くのか?」

「そのつもりです。この家を出る準備はすぐ終わりますので」

「やっと俺の自由が戻ってくるんだな。……せいせいするわ」

 強がる誠を見て晴香は苦笑する。

「私がいないからって羽を伸ばしすぎないようにしてくださいね。毎日早起きしてちゃんと朝食をとってください。運動不足も気をつけてあとご両親に親孝行してあげてください」

「やること沢山だな。多すぎて約束守れないかもしれない」

 誠のごつごつとした手を晴香の小さく柔らかい両手が包む。誠が温もりを感じると優しい声音で晴香が言う。

「今の誠さんならできますよ」

 親にも言われたことない言葉だなと誠は思った。まさか年下の女子にこんなことを言われる日が来るとは思いもしなかった。

「信じていますよ」

「信頼が重いな。ニート相手に」

「私が信じているのはニートではなく、誠さんなので」

「そっか。じゃあ、少しは頑張らないとな」

「はい。明日の面接頑張ってくださいね」

「……ああ」

 誠は曖昧な返事をした。


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