第13話
小鳥の囀りが聞こえてくる。
誠は目を覚ましてベッドから体を起こす。
「あのまま眠れたのか、俺」
朝に眠っていた時より頭がスッキリとしている。昔は当たり前にできていたことが久しぶりにできると人って戸惑うようだ。
時間を確認するためにベッドから出て机に置いてあるスマホの電源を入れる。表示された時刻を見て誠は驚く。午前六時、誠は晴香たちに起こされることなく自然と目覚められた。
カーテンを開けてまだほんのりと暗さの残っている街を見下ろす。
人のいない街で車が悠々と走っている。その車が走り去るのを眺めてから誠は部屋を出る。
台所で水を飲んでから洗面所で顔を洗う。蛇口から出てくる水がいつもより冷たい気がした。
顔を上げると鏡に少し眠たそうな晴香が映る。
「誠さん、眠れなかったのですか?」
早起きなんてできないと思われているので勝手に徹夜扱いされる。
「逆だよ。夜からぐっすり眠れて、自然と目が覚めた」
誠がそう言うと晴香は弱々しく笑う。
「それは良かったです。プールで沢山泳ぎましたからね、疲れが良い具合に作用したのでしょう。茜さんのおかげですね」
少し悲しそうに言う晴香に誠は微笑む。
「もしかしたら清宮さんの落ち着いた色の水着を見たからかもしれないぞ」
「それはそれで私に魅力がないみたいでなんか嫌ですね」
「そんなことはない、と思うぞ」
男なら晴香を見れば皆、魅力的だと思うはずだ。彼女が気にしている部分だって好きな人は好きだし落ち込むことはない。それにまだ希望はあるはずだ。
「清宮さんって毎日朝六時に起きているのか、大変だな」
「そんなことないですよ。慣れていますので。誠さんも早起きできて偉いです」
幼稚園児ではないのだからこんなことで褒められて恥ずかしいと誠は思った。でも、それができていなかったのも事実なので何も言えない。
「明日からも継続しましょう。朝食はお母様が会社に行かれてから作りますので少し待っていてください」
「了解」
既に晴香に餌付けされている誠はそう言って洗面所を後にする。
廊下に出るとガラガラと玄関の引き戸が開けられる。
どうやら茜がやって来たようだ。今考えると彼女も晴香と同じかもっと早く起きてここに来ているのだ。いくら仕事だと言ってもどうしてそこまでやるのか誠にはわからない。
茜が誠の姿を確認してから口を開く。
「珍しく今日は起きているのか。お前の顔に水をかけられないのは残念だが少しの進歩だな」
これを進歩と言うなら、誠はどのくらい止まっていたのだろうか。
褒められたというのに捻くれている誠は褒め言葉を素直に受け取れない。
「お前は起こすとか関係なくただ俺に水をかけたいだけだろ」
「水をかけられ窒息死するという恐怖心を植えつけて早起きを身体に覚え込ませる。そして私のストレス発散にもなる。これほど合理的な方法もないだろう?」
「やっぱり私情も入ってんじゃねえか!」
「当たり前だ。ニートに関わるということは相当なストレスがかかる。特にお前のようなどうしようもないクズはな。清宮だって私と同じはずだ」
他人と関わることはストレスがかかる。そんなことは誠が一番よくわかっている。それも相手がニートなら尚更だ。それでも彼女たちが誠に関わり続ける理由は『仕事』以外の何物でもない。
「そうか、そうだよな」
茜の言葉に納得して頷いた誠はそのまま階段を上がって自室に戻ろうとする。
「清宮を手伝ったりはしないのか?」
「俺は清宮さんに朝食ができるまで待っていろって言われたんだ」
「つくづくクズだな。さっさとこんなクズのいる仕事場を離れたいものだ」
茜の愚痴を誠は背中に受ける。
それなら一刻も早く晴香たちに働かせるのを諦めて貰うしかないなと誠は思った。
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