第11話

 茜の提案、と言うよりは強制的に三人は自転車で都内のプールに来ていた。

 バスを使えば良いのに炎天下、プールまでの長い道のりを自転車にする鬼ぶり。

 しかし、そんな鬼たちも水着に包まれば女神に生まれ変わる。

 誠は更衣室で着替えを終えて女子たちを待っている。

「待たせたな」

 出てきたのは堂々と大きな胸を張って歩く茜だった。白い肌と情熱的な真っ赤な水着によって谷間が強調されている。マシュマロみたいだなと誠は思った。

「清宮、暑いのだからくっつくな」

 茜に隠れるようにして出てきた自信なさげな晴香は自分の体を柔らかく抱いている。

「眼福だな」

 誠はマジマジと二人を見て言う。

 晴香は海を表すような水色の水着。よく似合っていると思ったが口にはしない誠。彼氏でもない奴にそんなこと言われても嬉しいはずがないと思ったからだ。

 晴香と茜は顔を赤くしてそれぞれ口を開く。

「……恥ずかしいのであまり見ないでください」

「沈めるぞ」

 表情は似ているのに両極端な反応を見せる二人に誠は苦笑する。

「毎日、二人が水着でいてくれるなら働こうかな」

「ふん、お前が毎日身を粉にして働くなら夏の一日くらいはこんな格好になってやっても良いぞ。その契約をすぐに書面で結ぼうか?」

「全く釣り合いが取れてないから却下だ!」

「……水着くらいなら」

 誠の話を間に受けて真剣に考えている晴香はぼそっと呟く。

 悪魔の提案に悩む晴香の頭を茜がチョップして正気に戻させる。

「茜さん、とても痛いです」

 頭を両手で押さえ晴香が涙目になりながら言う。

 鼻を鳴らして前を歩く茜が振り返って口を開く。

「クズニート相手に血迷っていたからな、感謝しろ」

 頭をチョップされて感謝する奴などマゾヒスト以外いないと思うが晴香を誠のセクハラから守ったことは事実だ。

 妹を悪い男から守る、姉のような茜を見て誠は舌打ちをする。

「余計なことを。せっかく、毎日が楽園になるところだったのに」

 茜は前髪を掻き上げて言う。

「すぐ地獄に落としてやっても良いんだぞ。文句を言っていないでさっさと泳ぐぞ、クズニート」

「周りに人がいる時にそう呼ぶな。俺が周りから惨めに思われるだろうが」

「ニートをニートと呼んで何が悪い。それにお前が惨めなのはお前のせいだ」

「プールで喧嘩しないでください。それと泳ぐ前に準備運動をしないと怪我をしてしまいますよ」

 晴香に促されて準備運動をすることに。熱を帯びたコンクリートの上で誠は脚を広げて身体を前に倒す。

「いてて」

 誠は全然倒れていないのにすぐにギブアップしてしまう。

 横で準備運動をしていた晴香がすぐに気づいて誠に声をかける。

「誠さん、ちゃんとやらないと本当に怪我をしてしまいますよ」

「やってるよ。これが限界だ」

 逆さまの晴香の顔を見上げて言う誠に晴香は溜息を漏らす。

「仕方がないですね。では、私が押しますから」

 そう言って晴香は誠の後ろに回り込み背中を遠慮なく押していく。

 晴香の小さな両手を誠は背中で感じ、少し恥ずかしくなっているとすぐに激痛がやってくる。

「おい、ちぎれるから。ギブ」

「安心してください。人間の身体は誠さんが思っているよりも頑丈です」

 晴香は誠に体重をかけ始める。そして、誠の背中に手より柔らかいものを感じる。

「今のって?」

 そう言って誠が振り返ると晴香の頬が朱色に染まっていた。

「……き、気にしないでください」

「そ、そうか」

 押し続ける晴香と押され続ける誠を見ていた茜が呟く。

「カップルかよ、死ね」と。


 準備運動を終えて三人はプールに入った。

 誠は準備運動だけで既に体力を消耗してしまっている。

「疲れた。夏だけどプールより温泉に入りたい」

 身体を冷やすのは良くない。温泉でゆっくりした方が身体には絶対良いと誠は思った。ついでに岩盤浴もしよう。

「まだ入っただけですよ。これからが本番です」

「泳ぐって、子供じゃないんだからさ。大人は日陰でのんびりと読書でもしていようぜ」

「駄目です。それに大人ならまず働いてください」

 ピシャリと晴香に言われ誠の提案は却下される。

「今更ですけど誠さんって泳げるのですか?」

「本当に今更だな。泳ぎくらいできる。昔、スイミングスクールに通わせられていたからな。子供だと親に反抗ができなかったので仕方がなく通っていた。何度かサボったことはあるが」

「やはりサボっていたのですね。それにしても、誠さんがスポーツしていたのは意外ですね」

「なんか知らないけど親は子供に運動させたがるんだよ。自分がダイエットできないからって子供に八つ当たりしないで欲しかった」

「その考えをする時点でスポーツマンではありませんね」

 晴香はこめかみに手を当てて溜息を吐く。

「スポーツ選手だって金の為に動いているだけだからロクな奴らじゃないだろ」

「全てのスポーツ選手を敵に回すような発言はやめてください」

 スポーツが上手いだけで大金が手に入る人生は心底楽しいだろうなと誠は思った。彼らの苦労を誠に理解できる訳がないので晴香はそれ以上何も言わない。

「話は終わったか?」

 側で話を聞いていた茜がイラついた様子で二人に声を掛ける。それと同タイミングで聞いたことのある声が天気雨のように上の方から降ってくる。

「あ、お兄さんたちもプール来ていたんですか! 奇遇ですね!」

 三人は視線を上げて声の主に注目する。

 そこにはオレンジ色の水着を着た野村夏菜子がいた。

 強い日差しが当たって金髪が反射している。

「奇遇? 現実でそんなことがあるのか?」

「そりゃあ、ありますよ。現在地がわかるアプリとかもありますし」

「奇遇じゃねえじゃん!」

 誠がツッコむと夏菜子はクスッと笑う。

「両手に花でお兄さん元気ですね〜」

 夏菜子は誠の下半身を見てから言う。

「元気じゃないしこいつらは花じゃない。こんな暑い中、ここのプールまで自転車で走らせた挙句、泳げと言う鬼たちだ」

 げんなりしている誠を見てケラケラと笑う夏菜子。小馬鹿にした態度で彼女は言う。

「働かないでハーレム状態なんてお兄さんは相変わらず人生舐めてるね〜」

「これをそう見えているならプールの前に眼科に行った方がいいぞ」

「酷いなぁ。あ、晴香の水着可愛いね〜。超似合ってる!」

 唐突に晴香に話題を振る夏菜子を見て誠は自由人だなという感想を持つ。

「夏菜子、今日は何も頼んでいないのになぜいるのですか?」

「友達がいたのに全く歓迎してないなー。まあ、晴香らしいけどさ」

 苦笑しながら夏菜子は大人しくしていた茜に声を掛ける。

 誠と晴香は噛みつかれないか心配して見守る。

「お姉さん、すっごい巨乳だね〜。柔らかそう〜。揉んでいい?」

 夏菜子が他人に対して失礼なことは分かっていたがここまでとは思わなかった二人は頭を抱える。それと同時に絶対殴られると二人は思った。

「良い訳ないだろ。これからそこの男を泳がせるのだから邪魔をするな」

 思ったより優しい口調だったので拍子抜けする。

「はーい。私も協力してあげるから頑張ってね、お兄さん!」

「協力なんていらないから帰ってくれ。それか俺を帰らせてくれ」

 そんな誠の言葉を無視して夏菜子は誠の腕を取って胸を寄せてくる。

「えー、一緒に遊ぼうよ〜。お兄さんの泳ぎ、見せてよ〜」

 キャバクラの接客のような対応をする夏菜子に誠はたじたじである。

 こういう男がキャバ嬢に貢ぐのかと側で見ていた晴香と茜は学ぶ。

「わかったから離れてくれ!」

 耐えきれなくなった誠は声をあげる。からかって満足できたのか夏菜子は言われた通りに離れる。

「泳げば良いんだろ」

 誠はそう言ってから勢いよく泳ぎ始めた。久しぶりのクロールは意外と綺麗なフォームだった。

「あー、疲れた」

「お疲れ〜」

 夏菜子が声をかけ、泳ぎ終えた誠に晴香がジト目を向ける。

「なんだよ、清宮さん」

「仮に誠さんが働いてお金を稼いでもそういうお店には行かないことを強くお勧めします」

「なんで俺がそんな心配されないといけないんだよ。余計なお世話だ。自分の稼いだ金くらい自分の好きなように使わせてもらう」

「そうですか。……誠さんもそういうお店に興味があるのですね、覚えておきます」

「覚えなくて良い!」

「お兄さん、エッチ〜」

「うるさいな、お喋りはおしまいだ。君らも見てないで泳ぐぞ」

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