第52話 涙と本性
「遅いぞ。10分遅刻だ」
「悪いな……」
我が勇者と会う頃には既に雨は止んでいた。
「どういうつもりだ。……って、泣いてるのか?」
魔王の瞳はウルウルと滲んでいて頬にもそれらしき水粒が伝っていた。
「違う!コレは……雨だ!雨に濡れたんだ。気にするな!」
「……何があった」
明らかに魔王らしくない様子に疑いの目を向ける。
「だから気にするな。少し考え事をしていただけだ……」
「まあいい。理由がなんだろうとやるべき事は変わらない。そうだよな?」
勇者は剣を向ける。
「そうだな。そうあるべきだ……」
魔王として。いや、魔王である前に1人の男として今やるべき事を!!
「だったら構えろよ。互いに本気を出さなきゃ元の世界には帰れない」
「悪いな…」
「なに?」
「本気を出すのは今じゃない。我が今やるべき事は他にある!!」
「はぁ!?…おいどういうつもりだ!!」
頭に血が上った勇者は我の首元に剣を突きつける。
「まさか怖気ついたわけじゃないよな…?」
「当たり前だ。なわけあるか」
「だったら何故戦わない!俺との決着をつけたくないのか!!」
「つけたいさ。つけたいに決まってる。どれだけ我がこの時を待っていたか」
「じゃあ……」
「だがな」
魔王は首元に突きつけられた剣を素手で掴む。
「お前!……」
「そんな因縁今はどうでもいい!!」
血を流しながらも魔王は勇者の剣を豪快にへし折ってみせる。
「!!」
「気づいたのだ……。今の我はただの魔王ではないと。人間を嫌い人間が嫌う悪の魔王ディアボロス・サタンじゃない。我は、みんなのまおうまおおにいさんだ!!」
「は?……」
「元の世界には帰らない。帰れなくていい。お前との決着はまたどこかでつけてやる。だからお前もこの世界を楽しめ。どの世界でも魔王と勇者は運命共同体。共に道連れだ」
「なん、だと……」
元の世界に帰れなかったのが余程ショックだったのか膝から崩れ落ちる勇者。
「愛しのエレンに会えなくて残念だったなぁ、勇者」
「おまえ……」
満面の笑みで笑ってみせる魔王。
「だが流石は国民的俳優だ。本当は笑って喜んでもいいのにそれを少しも顔に見せないとは流石だな。やっぱり演技に定評があるだけはある。少々オーバーすぎる気もするが」
「……」
「さらばだ勇者。笑顔をする時は我のように笑えばいい。あ、次会うまでに干されるでないぞー」
何かを分かっているような様子を見せた後駆け足で魔王は去っていく。
「アイツ……」
勇者は魔王が見えなくなるのを確認すると、直ぐにスマホを取り出し複数の人物に同じようなメッセージを一斉に送ると、誰かに電話をかける。
「あ、真凜ちゃん!?俺だけどさーこの前言ってたこと忘れてくれるかな〜。やっぱり俺は君と一緒にいたいんだよ!ね、いいでしょ?」
お目当ての返事が聞こえたのか勇者は笑って喜ぶ。
「良かった〜。ありがとう。じゃいつものホテルで待ってるから!」
勇者の満面の笑みは魔王と違って不埒で悪質で気色が悪かった。
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