第44話 ピーチヒーロー

「ねぇ、どこに行くつもり?」

「さあ、どこだろうな。我も分からん」


 街を駆けるには明らかに場違いな格好をしている私達に周囲の視線が集中している。


「は!?もしかして何も考えてないの……?」

「ああ」


「ウソでしょ……」

「つべこべ言わずにまずは走れ。このまま行けばいつかは何処かに着くだろう」


 楽観的な答えしか返ってこない魔王の返答に自分の選択が正しかったのか不安になる奈緒美。


「それに追っ手も来てるようだしな」

「え、」


 そう言われて後ろを振り返ると、鬼のような形相で私達を追いかけるILSOKの社員達の姿が。


「何コレ!?」


 更に上を向くとヘリコプターで追いかけてくる新郎の姿が見える。


「テメェ、待ちやがれ!!人の女取っていてタダで済むと思うなよーー!!」


 上空から聞こえる新郎になる筈だった男の怒鳴り声。


「随分怒ってるようだな、お前の元婚約者は」

「あんな人だったんだ。全然違うじゃん!!知らなかった……」


 明らかになった新郎の本性に唖然とする。


「どうする?我の手を掴んだこと後悔してるなら戻ったらどうだ。きっとコレが最後のチャンスだぞ」

「は?するわけないでしょ。なんであんなヤクザみたいな社員を抱えたパワハラ野郎の元に戻んなきゃならないのよ。それならね魔王に攫われだ方がよっぽどマシだっつーの!!」


「フッ。言ったな?」

「言ったわよ!!」


 魔王の手を握る奈緒美の手に力が入る。 


「なら我も少し本気を出さなければな。その選択間違ったとは言わせん。……手、離すなよ」

「うん!」


 すると魔王は軽々と奈緒美を持ち上げるとお姫様抱っこの体勢で抱き抱える。


「え!?……」

「少しスピードを出す。振り落とされるなよ」

「ちょっと、いくらなんでもこれは流石に……」


 街ゆく人々達の視線が強烈に突き刺さる。中には私立ちが芸能人と知ってか、カメラを回す人も見受けられる。

 どんどんと顔が赤くなる私は魔王の体に顔を埋めた。

 すると、


「そこまでだ!!」


 魔王が走り出そうとした瞬間、先回りしていたILSOKの社員達が行手を阻む。

 上空からパラシュートを使って器用にここまで降りてくる元新郎。


「もう逃さねえぞ、観念しやがれ!!」

「ほぉー。まるで漫画だな。もっとマシで有意義な金の使い方をしたらどうなんだ?」


「黙れ!俺達上流階級の人間に口答えをするな。子供番組に出演してる三流タレント風情が俺達大企業を敵に回した事後悔させてやる!」


 立場的にはあっちが攫われた姫を救う勇者ポジションの筈なんだが、これじゃどっちが魔王か分かったもんじゃない。

 それに今のアイツの一言は少々頭にきた。こうなったらどっちが本物の魔王がハッキリさせてやる。


 魔王がこれ見よがしに魔法を発動させようとした瞬間、


「ふざけんな!子供番組バカにすんじゃねぇ!!!」 


 女性の声とは思えない程ドスの聞いた声でキレる奈緒美。


「こっちは好きでやってんの!番組に関わる人間全員、番組のためにってプライドかけて最高の番組作ってんだ!なんも知らねえ奴が好き勝手言ってんじゃないわよ!!」


 それに驚いた元新郎も思わずさっきまでの威勢を失ってしまう。


「な、奈緒美さん……?」

「後、この際だから言わせてもらうけどアンタ私のタイプじゃないのよ。一昨日来やがれ、このクソ野郎!!」


「なっ!!……」


 この一言が男にとってよっぽど想定外だったらしく口をあんぐりとあけたまま唖然としている。


「ふっ。お姫様抱っこされてる女のセリフとは思えんな」

「言ってやったわよ」


「ああ聞いた」

「…ねぇこれで何か変わった?今の私ならヒロインになれる?」


「愚問だな。お前はあの男じゃなく魔王を選んだんだ。その時点で既にお前は我のヒロインだ」


 我の柄にもないキザすぎるセリフに自分で自分の顔を赤くする。


「カッコつけるならつけるでもっと堂々とやりなさいよ」


 そういう奈緒美も頬を赤く染める。


「す、スマン……こんなセリフ生まれてこのかた一度も言った事がないもんでな」

「胸張ってよ。アンタは私のヒーローなんだから」

「おっふ……」


 茹でタコのように頬を赤く染めているのが鏡を見ずとも分かる。

 彼女も同様に頬を真っ赤にしているからな。


「お前らぁ!!さっきから人前でイチャイチャしてんじゃねぇ!!」


 なんとか威勢を取り戻した元新郎は部下達に戦闘体勢を取らせる。


「うわ、まだ怒ってる」

「嫉妬だろ(少し前の我も複数の女を連れて我を倒しに来た勇者に嫉妬したものだ)」


「こっからどうする?完全に囲まれて逃げ道なんかなさそうだけど」

「なら突破すればいいだけだ。捕まってろ」


 奈緒美は我の体をギュッと掴む。こんなに異性と近づいたのは初めてだ。少し気を抜けば動揺と緊張で倒れてしまうやもしれん。

 せっかく一世一代の勇気と覚悟を持ってカッコつけたのだ。

 こんなところでつまづくわけにはいかん!


 我も奈緒美を抱える手に力が入る。


「……(だがどうするか。我1人ならこの程度の雑魚恐れるに足らんが今はそうじゃない。ここで転移魔法を使えば1発なのだが……せっかくの雰囲気だ。なんかそれじゃつまらないよな。ん?)」


 魔王が周囲を威圧しながら頭をフル回転させていると、強力な気配が高速で近づいてくるのを感じる。


「この気配まさか……!」

「ん、どうしたの?」


「っ!!伏せろ」

「きゃっ!」


 次の瞬間、上空から目にも止まらぬスピードで男が飛び降りてくる。

 地面は衝撃でひび割れ土煙が立ち込める。


「な、なんだ!!何が起こってる!!」


 突然の出来事に周囲は騒然としている。


「近くに来て確信した。この気配やはり…」


 我はかつてこの気配の男と嫌になるほど戦ってきた。ついこの間だって新たな因縁を作ったばかり。

 だから間違えるわけがない。

 アイツは……こういう奴だ。


 立ち込めていた土煙が徐々に晴れていき男の姿が目視できるようになる。

 見えたたのは、高級そうなスーツの上下に一本の剣を持ち、デフォルトされた桃太郎のお面を被って堂々と立ち誇る異様な男の姿だった。


「なんなんだお前は!?……」

「俺か?…俺は勇者モモタロウ!全ての女性と恋する者の味方だ!!」

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