第29話 アイツが知らないアイツの秘密
「それにしても魔王が子供番組のおにいさんとはな。笑えない冗談だ」
「そういうお前こそ勇者が国民的俳優とは、演技なんて器用な事がお前にできるのか?」
「出来るさ。器用じゃなきゃ勇者はやってられない。そう師匠に教わったからな」
「師匠ね……それにしてもここの焼き鳥美味いな」
「当たり前だ、俺の行きつけなんだからな」
カウンターに座りビールと焼き鳥を交互に楽しむ魔王。それを見ながらハイボールをロックで嗜む勇者。
「勇者、いや今は光之正義という名前だったか?変な名前だな」
「お前にだけは言われたくないね。魔界の魔王で摩戒魔央なんてそのまんまで安直過ぎるダサい名前の人には」
「仕方なかろう。それくらいしか咄嗟に丁度いい名前が思いつかなかったのだから」
「それは俺も一緒だよ…俺だって、お前のせいで文化も常識も違う異世界に飛ばされて、この世界に馴染み今の地位を手にするまで結構苦労した」
「我のせいにするではないわ。…それにしても美味いなこれ。大将、ももを塩でもう一本頂こうか」
「はいよ!!」
勇者を憎んでいるはずの魔王も今は酒と肉に夢中なようだった。
「事実はどうであれお前のせいにしなきゃやってけなかったんだよ……ってか当たり前のように追加で肉を頼むな」
「いいだろ。見たところ、なんだかんだあったって今はこの世界で幸せそうに暮らしてそうじゃないか」
我でも知ってるほどの高級ブランドのマークが入った衣服や明らかに何百万はくだらなそうな高級腕時身につけている。
それなのに焼き鳥一本でゴネるとはやっぱりあの男の弟子だな。
「それなのにこの程度でケチな事を言うな。これだから勇者は……」
「今肩書きは関係ないだろ」
「そうだったな。おっ、」
魔王が頼んだ焼き鳥が運ばれてくる。
それを魔王が受け取ろうとした瞬間勇者がそれを横取りする。
「おい、」
「言っとくが勘違いするなよ。俺は別にお前と馴れ合いたい訳じゃない。お前とこうして会うのもこれが最後だ」
「当たり前だ。我だって自分の命を狙う奴などとしょっちゅう会いたいと思うわけがなかろう。だがこれとそれは別の話だ」
魔王は食べ終わった焼き鳥の串を勇者に向ける。
「…それを返してもらおうか?」
「返すも何も元々これは俺の金で頼んだ焼き鳥だ。つまり食べるのは俺でも間違ってない」
嫌味な笑顔で焼き鳥を頬張る勇者。
「貴様っ、よくも我の焼き鳥を……」
「悔しかったらもっとうたのおにいさんとして売れるんだな!ま、無理だろうけど。ハハハハハ!!」
「ぐぅ……」
此奴と会うのが久々過ぎて忘れていたが、コイツは相当面倒くさい奴だった。
勇者といえど所詮はただの人。普段は猫を被っているだけ。世間からの目がなければ所詮はこんなもんだ。
どうりであの男が気にいるわけだ。
此奴の師匠も、お世辞にも性格が良いとはいえなかったからな。
「本当そっくりだな、お前の師匠と。きっとアイツがこの様子を見てたらひっくり返るほど笑い転げてるだろう」
「殺したお前が師匠を語るな…!」
今度は勇者が食べ終えた串を魔王に向ける。
勇者とは思えないほどの怒りに満ち溢れた殺気が一瞬で魔王を襲う。
「悪いがアイツの事に関しては我の方が詳しいと思うぞ?」
魔王は自身の持っていた串を勇者の串にぶつけてみせる。
その様子はまるで剣を持った男同士の鍔迫り合いだった。
「本当なら黙っておくつもりだったんだが、仕方ない。魔王である我が性格の悪さで負けるわけにもいかないからな。これが奴への我なりの仕返しとしよう」
「何が言いたい……」
「お前がいう師匠と我はお前があの男と出会う前より知り合いだった」
「なんだとっ…」
「アイツとは良くも悪くも昔からの腐れ縁ってやつでな」
先程まで互角だった串での鍔迫り合いは動揺が通じたからか魔王が一気に押し込み優勢になる。
「…冗談言うな。魔王であるお前がなんで人間の師匠と関係を持ってるんだ」
「縁ってのは不思議なものなのさ。そこに理由を求めてたら埒があかないぞ」
「でも、師匠は俺にそんな事一言も言ってなかったぞ」
「アイツは案外秘密主義なんだ。だから性格が悪い」
「デタラメ言うな!師匠がそんな奴のわけがないだろ!」
「お前が思ってるよりアイツはそんな奴だってことだ。言ってることはいつもあべこべでとにかく面倒くさい、そういう奴だった」
口の割に魔王の顔は明るかった。
「お前、これ以上師匠のことを侮辱するなら」
「だったら教えてやる。アイツがなんで死んだのかを」
「!!……」
「だから落ち着け。そしてその前にだ、大将。ももとかわ、どっちも塩で一本ずつ」
「いや2本ずつだ。あとビールとハイボールも追加で」
「ハイよ!!喜んで!!」
「…だったら全部話してもらうぞ。それまでは帰らせない」
「フッ。いいだろう。…これはまだお前が勇者として駆け出しの頃の話だ」
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