第30話 いつまでたっても因縁は終わらない

「なぁ、改めて言うことじゃないけどさ、俺ってお前のこと嫌いじゃん?」

「そうだな。一々改められなくても昔から知ってる」


「だろ?だからよ、実は今おまえを倒すために勇者を一から育ててんだ」

「ほぉ。だったらいいのか?そんなお前がこんな所にいたらいたらマズイだろ」


「なんで?」

「普通は嫌いな奴の家に上がり込んでこうやってコーヒー片手にお菓子つまみながらだべったりはしないんだよ。特に倒そうと思ってる相手とはな」


 我とアイツは昔からの旧知の仲で、こうやってちょくちょく魔王城に乗り込んできては我とお茶することも珍しくなかった。


「そういうもんか?」

「普通はな」


「でもさ俺の中では好き嫌いと仲のいい悪いは全く別々なんだよ。だからしょうがないだろ」

「ったくお前という奴は……同族から恨みを買っても我は知らんぞ」

「気にしなきゃいい。俺は俺がやりたいようにするだけだ」


 世間からの評価など奴は気にしない男だった。常に自己中心的な奴で世界は自分で回ってるって本気で思ってるような奴だ。

 その性格だからか昔は同じ人間からも距離を置かれ1人でいる事が多かったらしい。

 我と奴は似ている部分も多かった。

 全く正反対の性格で立場も真逆だったが、なんだかんだ口では言いながら我は奴のことを放っておけなかった。

 そしてある日。

 これから話すのは勇者のお前が1番知りたかったたった一つの真実だ。

 思っていたものとは違うだろうがなぁ。


 アイツはいつものように当然な顔していなきり我の城に極秘で乗り込んできた。


「おい、なんなのだ。その手に持っている、いや、持ちきれていない量の荷物の山は!?」

「ああ?俺が持ってるんだから俺の物に決まってるだろうが。お前なに当たり前のこと言ってんだよ」

「そうじゃない。我はなんでわざわざ荷物を持ってきているのかと理由を聞いておるのだ」


 アイツは我の言葉に耳を傾けながらも無心で荷物を解いていく。


「そっちな。その理由は簡単だ。俺、今日から暫くここに泊まるから」

「なに!?そんな話聞いておらんぞ!!」


「あのな、さっきから何当たり前の事ばっか言ってんだよ。今初めて言ったんだから聞いてないのは当たり前だろ」

「確かに当たり前かもしれないがお前がやってることは当たり前じゃないと思うぞ?」


「まあまあ、細かいことは気にすんな」


 どんどんと荷物を広げていくとあっという間に空いていた一室を自らの部屋にしてしまった。


「…大体お前は自分の立場が分かっているのか?お前は人間で我は魔族。敵同士なのだぞ。互いの立場でこんな事が許される筈がなかろう」

「そうかもな。だったらなんだよ」


「だから無理だと言っているんだ」

「別にいいだろ。お前がいいって言ってんだから」


「お前な……」


 出会った頃から変わらない奴の真っ直ぐ過ぎる姿勢。奴は目の前の事しか見る気がない。

 そのせいで周りがどうなろうがアイツにとっては些細なことでしかないのだろうな。


「それなのに誰が何言おうが知ったこっちゃないね。そうだろ?」

「気持ちは分かるが、そういう問題じゃなくてだな……」


「俺もうすぐ死ぬんだ」

「は、」


 突然、無茶苦茶、突表紙もないは奴の十八番だが流石にこれは笑えなかった。


「…冗談よせ」

「これが冗談言ってる奴の顔に見えるのか?」


「見える」

「嘘だろ!?…」


「だからこそ信じてやる。今日のお前はお前らしくない。そんな気がするからな……」

「フッ。良かったよ。お前とは本当に仲が良くて。嫌いだけど」


 そう言いながら奴は笑った。


「…なんで死ぬんだ」

「病気だよ。今の人間の医学じゃ治すことも病名すらも分からない。唯一分かっているのはもうすぐ死ぬって事実だけ。それならよっぽど知りたくなかったよ」


「やっぱり死にたくないのか」

「そりゃそうだろ。生きれるなら生きたいに決まってるっつーの…」


 初めてだった。こんな表情をする奴の顔を見たのは。

「ならば仕方あるまい。特別に我が一肌脱いでやろう。我と仲が良かった事感謝しろよ」

「…勘違いすんな」


「変なプライドは捨てたらどうだ。生きたいのだろ?それなら黙って我の力を借りろ」

「だから勘違いすんなって!!」


 奴は目の前の机を叩き割る。


「俺は運命に逆らって無理矢理生き延びてまで生きたいなんて思ってない。俺はただ、好き勝手に楽しく生きて、最後は嫌いなお前に思いっきり迷惑かけて死ねればそれで俺は満足なんだよ」


 その一言に我は何故か納得してしまった。


「確かに。それがお前らしい死に方かもな。こっちにとっては大迷惑だが……」

「だからいいんだろ」


「これ以上我にどんな迷惑をかけたら気が済むんだ」

「……俺からの最初で最後のお願いだ。俺が死んだら、俺はお前に殺されたってことにしておいてくれ。その方が俺の愛弟子の為になる。それが1番お前にとって迷惑だろ」


「分かった」


 魔王は即答する。

 付き合いの長い魔王にとって奴の考えを受け止める時間など必要なかった。


「ありゃ、思ったより物分かりがいいな。もうちょっと渋られるかと思ってたんだが」

「だと思ったからだ。お前の想像通りに行くのは癪に触る。我もお前の事が嫌いだからな」


「フッ。やっぱり俺達案外相性は悪くないよな」

「そうか?最悪だろ。……まぁせっかくだ。取り敢えずコーヒーでも飲むか?」


「…当然ケーキはあるんだろうな?」

「客のくせに贅沢言うな。今日はクッキーで我慢しておけ」


「いいね。やっぱり最悪だ」


 その翌日だ。

 アイツは宣言通り好き勝手生きて我に全てを押し付けこの世をあっさりと去った。

 こっちの気持ちなんか考えてもいないんだろうな。

 それなのに我はアイツとの約束を守った。ただそれだけの話。


「それがお前の知りたかった真実でたった一つの事実だ。……納得したか?」

「するわけないだろ。そんなデタラメを。作り話に決まってる」


「生まれてから今に至るまで我は一度も嘘などついたことないのだがな。まぁ、好きに信じろ。今更どう思われようが関係ないからな」

「だったらそうさせてもらう。俺は俺が信じた師匠を信じるだけだ」


「勝手にすればいい。お前の師匠がしてたように」


 勇者は飲みかけだったビールを一気に飲み干す。


「魔王。お前は必ず俺が倒す。世界が変わってもそれは変わらないし変える気はない。それが師匠の望みだ」と分かったから」

「…だから勝手にしろ。一々言葉にしなきゃ気が済まないのか。どっかの誰かに似て面倒な奴だ」


 魔王はちびちび焼き鳥とビールを交互に味わう。


「でもそれは今じゃない。今日は見逃してやる」

「当たり前だ。こんなところで剣を振り回されたら大惨事じゃ済まなくなる。それに、」


「それに?」


「こんなに美味い焼き鳥も2度と食べれなくなる。そうなって困るのは我だけじゃないだろ」

「……そうかもな」


 勇者は金をテーブルに置くと帰りの支度を済ませ立ち上がる。


「帰るのか?なら我はまだもう少し楽しませてもらうぞ」

「お好きにどうぞ。俺は明日も忙しいんだ。お前と違って売れっ子だからな」


「それはそれは、お疲れ様です」

「……これ以上一緒にて2人は仲がいいと世間に勘違いされたら営業妨害だ」


「それはこっちのセリフだ。……勇者よ。もしも何かがどうかなって元の世界に戻れたら墓の場所くらいは教えてやる」

「当たり前だ。……魔王」


 勇者去り際に一度だけ足を止める。


「お前は勝手に死ぬなよ…」

「死ぬか。お前の師匠と一緒にするな」

「フッ」


 勇者は魔王に悟られないようにコッソリ笑うとそのまま居酒屋を後にした。


「……流石はアイツの弟子だな」


 勇者の面影にアイツの姿を感じつつ、魔王は残りの焼き鳥とビールを食べ終えると、直ぐに魔王も立ち上がる。


「大将。ごちそうさま。おあいそってやつを頼めるか」

「あいよ」


 魔王は伝票に目を通す事なく勇者が置いていった金を大将に渡す。


「また来させてもらう。…最後の晩餐にな」

「あ、お客さん!」


 扉を開け、店を後にしようとした瞬間、大将がそれを止める。


「なんだ?」

「あのですねー……」


「釣りならいらんぞ。どうせ奴の金だ。我には必要ない。貰っておけ」

「いや、そうじゃなくて」


「?」

「足りません」


「なっ、なにーーー!!……勇者め。こんなところまでアイツに似る必要はないだろうが!!覚えておけーーーー」


 しかも足りない部分の差額は我が持っていたなけなしの現金ちょうどだったのが余計腹が立って仕方ない。

 やはり勇者と魔王は永遠に分かり合えない存在らしい。

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