第5話 まおう・ざ・ふぁいやー

 子供番組で流れる曲とは思えない曲がスタジオに鳴り響き我らはその曲にあわせて踊る。

 子供番組の曲は童謡だけと思っていたが、どうやら違っていたらしい。

 だが我にはどうしてもこの曲が子供達に人気があるとは思えない。

 そしてそんな曲を歌っているのはあの男。当然、センターもあの男だ。

 それもノリノリで歌って踊っている。

 さっきのオープニングの時とはえらい違いだ。


「さっきのもあってちょっと心配でしたけど、まおおにいさん意外とやりますねー」


 モニター越しから我らを見ている青柳達。


「ああ。このくらいやって貰わなきゃ困る」

「ちょっと新人に厳しくないですか〜、間宮さん」


「だったらお前のせいかもな」

「え〜〜」


「ま、確かに。さっき直前に見せた振り付け映像だけでこれだけ完璧に踊ってるんだから、さっきのやつくらいはチャラにしてやってもいいかもな」

「ああ見えて意外と器用だったんですね、まおおにいさんって」


 我の踊りを見て感心している様子が、我の目線からも確認できる。


「こんだけ器用なら、もうちょっとアドリブも上手くやって欲しいもんだがな…」


 間宮よ、一応聞こえておるからな。我の視力も聴力も舐めない方が身のためだぞ。


「ああーー、カーーット!!ちょっと止まれ!」


 踊る我らを止めたのは、ディレクターでもなく、プロデューサーでもなかった。

 さっきまでノリノリに歌って踊っていた神道だった。


「おいお前」


 神道はイラつきながら我を指さす。


「……」


 今日1日で奴の事が大体わかった。それを踏まえて、なんだか嫌な予感がしてならない。


「横でチラッと見えたんだけど、お前フリ間違えただろ」

「……」


 ほらな、我の思った通りだ。


「え、まおおにいさんなんか間違えてましたっけ」


 ずっと見ていた青柳は神道の指摘を疑問に思う。


「いや、俺も気づかなかった」


 どうやら間宮も同じ気持ちのようだ。

 それもその筈。我は1つもミスなどしていないからだ。

 我はこの収録直前。見させれた映像を瞬間的に記憶し、その映像に映っていた人物の動きをそのまま再現した。

 だから間違える筈がないのだ。


「我はミスなどしていない」

「お前は新人だし、ミスなんて誰にもあるもんだ。正直に言えば許してやるぞ?」


「我は何があっても嘘は吐かん。今までもこれからもな」

「この俺が気を遣ってやったっていうのによ……お前は俺に恥をかかせる気か!!」


 優しい態度とは一片しキレ散らかす神道。


「そんなつもりはない」

「サビにはいる直前。お前間違えただろ!!」



「だってよ、お前気づいてたか?」

「いや〜……」


 神道の指摘をされてもまだ納得出来ずにいる青柳達。


「最初の手の動き。手はパーじゃない。こうやって思いっきりピースだろうが!!」


「あそこそんなんだったけ?…」

「私は初めて見ました、あんな動き」

「だよなぁ」


「我は間違ってなどいない。あそこの動きはパーであっている筈だ」

「後輩が先輩に口答えするな。俺が間違ってると言ったら間違ってるんだよ!!」


 そんな無茶苦茶な言い分が許されるとでも思っているのかこの人間は。


「お前が間違ったせいでもう一度やり直しだぞ!……なんか言うことないのかよ」

「別に。我は間違ってなどないからな」


「まだ言うのか。ならこうしよう。ここにいるスタッフのみんなにどっちが間違ってたか聞いてみようじゃないか!」

「望むところだ」


 神道はほくそ笑む。

 そんな顔魔王の我でもした事がないぞ。気味が悪い。


「じゃあ聞くぞ。まおおにいさんの言い分が正しいと思う奴は手をあげてくれ」


 ところで奴は何を考えているんだ。明らかに間違っているのあの男の方だ。フリのミスなど映像を確認すればはっきりする事だし、何度も踊っているであろうこの踊りを見てきたスタッフならばどっちが正しいかなんて聞く必要は。


「なっ……」


 誰も手はあげずスタッフ全員が下を向いていた。


「フッ。なら、ミスをしたのはあっちで俺が正しいと思う奴は手をあげてくれ!!」


 意気揚々な神道。

 これは、嫌な予感しかしない。

 1人のスタッフが手をあげると、それに続くように次々と手をあげはじめた。


「これで分かっただろ。間違っているのはお前だ」


 どうやらあの男はこの番組で絶対的権力を持っているらしい。

 我を差し置いてそのような力を手に入れるなど、気に食わん。


「そんなに我が間違っていると言うのなら、映像を確認すればいいではないか!」

「ほお、まだ認めないのか。分かった、ならそうしよう」


 霧島はスタッフに指示を出し映像のデータが入ったパソコンを持って来させる。


「じゃあ、早速その映像を確認してみようか」


 霧島が映像を再生しようとパソコンに触ったた瞬間、突如画面が切り替わる。


「あっ、すまない。どうやらデータが消えてしまったようだ」

「なんだと!!」


「悪い悪い。わざとじゃないんだ。偶然押してはいけないボタンを押してしまっただけなんだ」


 そんな偶然あってたまるか!!コイツ……魔王の我よりタチが悪いぞ!よっぽど我より此奴のほうが魔王らしいじゃないか。


「でも、これはこれ。あれはあれだ。これでお前の言い分が正しいと証明する方法は無くなったわけだ」

「いいや、データのバックアップくらいあるだろ?それを確認すれば良いではないか!」

「……あるのか?」


 神道はスタッフを睨みながら問いかける。


「あ、ありません……」

「だそうだ。」


 嘘だろ。ここまでこの国の人間は腐っているのか!


「それならば過去の映像を確認すればいいではないか。ここはテレビ局だ。それなら無いとは言わせんぞ!」

「生憎、10年続くこの番組の映像を全て確認する時間は無いんだよ。諦めろ」


「いや、全てではなくてもだな、」

「黙れ。無いと言ったら無いんだよ。お前の負けだ」


「ぐっ……」


 なんなのだこの男は!!無茶苦茶な奴だとは聞いていたがここまでとはな。


「そうと分かったらさっさっと謝れ」

「…………」


「今なら許してやるぞ」

「…………」


「土下座だ。土下座で許してやるよ」

「…………」


 仕事をクビになり続けた我に手を差し伸べてくれた霧島さんには悪いが、我も我慢できん。

 魔王としてのプライドだけは譲れんからな。


「さぁ、早く」

「黙るのは貴様の方だ!!」


「おまっ!……」

「誰が貴様のような奴に頭を下げるものか!!我を舐めるな、この時代遅れのナルシストが!!」


「なんだと……」


 もうどうなっても構わん。これでこの世界に馴染めなくなったとしても、他の仕事につけなくなったとしても、魔王である我がビビる事などあってなるものか!


「お前いいんだな?俺にそんな事言ったらどうなるか分かっていってるんだろうな!?」

「好きにしろ。貴様のよう奴の下で働くくらいなら勇者に殺された方がよっぽどマシだ!」


 後、この際だ。どうせクビになるのなら言いたいことは言わせてもらおう。


「ずっと気になってたんだがな、この曲は一体なんなのだ!!気色が悪い!」

「なにっ…」


「歌詞から曲調まで全く理解できんわ!」

「お前、なんて事を言うんだ!この曲はだな、某アイドルグループでお馴染みのあの方が俺の為だけに書き起こしてくれた大事な曲なんだぞ!」


「知るかそんな奴!」

「な、」


「大体な、この番組は子供番組であろう?なのになんでお前の為の曲を歌って踊らないとならんのだ!!」

「この番組は俺で成り立ってるからだよ!」


「だからってなんでもかんでも好き勝手にやっていいわけではなかろうがこのたわけ!!」

「た、たわけ!!……」


 口を開けて驚きショックを受けている。

 きっと奴はそんな事を一度も言われた事が無いのだろう。いい気味だ。


「この番組は子供達の為の番組である筈だ。ならば子供でも楽しめるような童謡など親しみのある曲を歌うのが普通なのではないのか!」

「作ってるのは大人だ。それだけじゃあ視聴率は取れないんだよ!!」


「そんな事知ったこと!やるべき事もやれないのならそんな番組無い方がよっぽどマシだ!!」

「…………」


 その様子ををスタジオとは離れた場所から見ていた霧島は拳を強く握りしめ、自らの足を殴っていた。

 まるで今までの自分を罰するかのように。


「我もこの国の曲事情は詳しい方では無いがな、貴様のふざけた曲なんかよりよっぽど、童謡の方がまだ聞き馴染みがあるわ!!」

「お前ぇ……」


 我に挑発された神道は今に飛びかかって来そうだ。


「来るなら来い。魔王である我が直々に相手をしてやる。貴様のようなバカを相手にするのは不服だがな」

「この野郎!!」


「待ちなさいアンタ達!!」


 神道が飛びかかって来ようとした瞬間、霧島の怒声がスタジオ中に響き渡る。


「私がちょっと現場から席外してる間に何してんのよ!」


 プロデューサーである霧島が来た事で落ち着きを取り戻し、再び態度を一変する神道。


「聞いてくださいよ、霧島さん!コイツがワガママ言って収録止めたんですよ〜。お陰で俺もスタッフ達も大迷惑なんです。そうだよな〜みんな!!」


 白々しいまねをしおって。


 笑顔でスタッフ達の顔を見つめる神道。

 スタッフ達は渋々頷き神道に賛同する。


「ほらね、悪いのは俺達じゃない。全部コイツのせいなんですよ!!」

「…………」


 何か言いたげな様子を見せる霧島だが、口籠ったまま動くことはなかった。


「やはりコイツはこの番組には相応しくない。今からでも遅くない、クビにするべきだ!」

「ちょっと待って……」


 ここまでだな。


「いや、プロデューサー。職を失い迷っていた我に声をかけてくれたことは感謝している。だが、どうやら我にはこの仕事はふさわしくないらしい」

「魔央……」


「これで失礼させてもらう」


 我は霧島にだけ頭を下げると颯爽とスタジオを後にした。

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