後日談
01 羽金麗
「本当に私の元から離れて行くのかい……?」
背中越しに、悲壮な声で語り掛けてくるのは
彼女は自身に募る感情を隠すことなく、あたしに伝えようとしている。
「はい、全て終わりましたから」
「……考え直す事は出来ないだろうか?」
「先輩とお互いに話し合って決めた事じゃないですか」
「そうかもしれない……だけど、往生際が悪いのは分かってる。それでも私は君を諦めきれないんだ」
あたしは後ろを振り返る事が出来ない。
きっとこのまま振り返ってしまったら、先輩はあたしを引き留めようとしてしまうだろう。
だから、どれだけ後ろ髪を引かれようとも、この決断を変える事は出来ない。
「もう何もかも遅いんです、羽金先輩」
そして、あたしはドアノブに手を掛けて――
「ま、待ってくれ!」
羽金先輩の声が跳ね上がる。
それと同時に背中に抱き着かれてしまって身動きがとれない。
感じられるのは先輩の体温だけだった。
「先輩、離してください」
「ダメだっ、やっぱりこんなの認められないっ。私は君を失いたくないんだっ」
更に強く腕に力が込められる。
先輩の想いが直接響いてくるようだった。
……まぁ、というのは置いといてだな。
「あの先輩、本当に離してください。消灯時間になりますので」
「このまま君と離れるくらいなら、私は全てを失ってでも君を止める覚悟があるよ」
「……あのですね」
いや、何と言うかあたしと羽金先輩との間でのテンションの差が激しいんですよね。
同じ事象を受け入れているはずなのに、どうして先輩だけ悲壮感をそんなに出しているのか。
「私と君はずっと一緒だと、あの時誓った永遠の愛は嘘だったのかい?」
「大袈裟ですよねっ!
「それを別れと言わずして何と言うんだい!?」
「“別れ”のニュアンスがおかしいんですよっ!」
あたしは晴れて四人の素敵な恋人たちと付き合う事になった。
そして問題として浮上したのが“あたしと羽金先輩のリアン”に関してだ。
やはり恋人で一人だけ一緒に生活するのは優劣をつけているみたいでよろしくないと、相談した上でリアンを解消する事になったのだ。
新しい部屋に荷物も運んでいる。
全て終わっているのだ。
その上で、あたしは自分の部屋に戻ると言っているだけなのに、ずっと羽金先輩がこの調子なのが今現在の話である。
「
「捨ててませんよねっ、一緒に相談しましたよねっ」
「恋人から別れ話を切り出されて、無様に追いすがるのをプライドが邪魔して出来なかっただけさ」
「だから言い方がおかしいんですよっ!」
ずっと先輩だけいわゆる“恋人としての別れ話”みたいになっているのだ。
本当は“ルームメイトを変えましょう”ってだけの話なんですけどねっ。
「こうして離れ行く君を見て、改めて分かったんだ。君との別れがこんなにも寂しく感じる事にね」
「……うっ、そ、そうでしたか」
いや、先輩も気持ちをダイレクトに言い過ぎですって。
その気持ちはすごい嬉しいから、あたしも反応に困ってしまう。
「楪君は寂しくないのかい? これは私だけの感情なのかな」
「いや……寂しくないと言ったら……嘘になりますが……」
そりゃ恋人である羽金先輩と別々に暮らす事に寂しさを感じないわけではない。
だけど、そうしないと悲しむ恋人もいるのもまた事実で。
あたしは皆が大事だから、こうして寂しさを我慢する選択をした。
「なら両想いじゃないか。そうだね、また一緒に暮らそう」
――ぎゅっ。
「その論法はずるいですって! あと力を強くしないで下さい!」
「想いが溢れている証拠さ」
「否定しづらくなる言い方しないで下さいっ!」
いや、怪しいんだよねこの人も。
勿論、寂しいと思ってくれているのが本当なのは痛いほど感じている。
それはとても嬉しい事だけど、その感情とは別に打算的な計算であたしを引き留めようとしているのではないかとも疑ってしまうのだ。
それくらいは平気で出来てしまうのが
「否定する必要はないよ、受け入れてくれればいいんだから」
「受け入れたらリアンのままじゃないですかっ」
そうなったらなったで皆に不満が生まれてしまう。
あたしは円満を望んでいるのですっ。
「大丈夫、皆には私から説明しておこう」
「……念の為に聞いておきますけど、どう説明するつもりですか?」
「ありのままさ。“楪君は私と寝食を共にする事を選んだ”ってね」
「火に油!」
ちなみにだが、恋人である皆の関係性は今かなり臨戦態勢なのである。
ちょ、ちょっと自意識過剰で申し訳ないけれど……その、あたしの一番を争って我先にとリードしようとしているからだ。
あたしは皆に平等な関係を望んでいるのだけど、皆はそれを望んでいないのだ。
こればっかりは無理なお願いを聞いてもらったあたしからは強くは言えないというか、原因もあたしなので困ってはいる所なのだが……。
とにかくそんな状況で、あたしが一方的な関係を作るわけにはいかない。
「や、やっぱりダメですっ、あたしは部屋に戻りますうううっ」
意を決して歩き出そうとするが、体が全く前進しない。
羽金先輩に後ろから羽交い絞めにされて身動きが全く取れない。
力で全く勝てないらしい。
「ぐぬぬぬっ、先輩離してください……!」
「私が君を離す? 仮に命を落としたって私は君を離したりしないよ」
きゅ、きゅんとする事言わないで下さい……!!
付き合ってからというもの、羽金先輩のこの手の発言が止まらないのだ。
嬉しいのだが、反応には困っている。
あと状況と発言内容が若干ミスマッチなのだ。
「あたしは行くと決めたら行くんですよぉ……!」
こうなったら力比べだ。
あたしは全速力で駆け出そうと足に力を伝える。
「ふふ、無駄だよ」
「え、うわわっ」
だがあっさりと羽金先輩はあたしを後ろから抱きかかえて持ち上げてしまう。
足が浮いてしまって駆け出す足場を失ってしまう。
「羽のように軽い君が、私を力で負かそうなんて到底無理さ」
ちなみにあたしはそんなに軽くない。
いや、正確には
なぜか転生してからというもの標準体重よりちょっと重めになっているのである。
うーん、なんでだろう。
二つの魂は重いのかもしれない。
きっとそういう事だ。
他に考えようがない。
そうったらそうなのだ。
「先輩も子供じゃないんだから約束を守って下さいよ……!」
「大人は自分の都合の良いように約束を改変する生き物だよ」
だ、ダメだ……!
口でも敵わないんだった。
ていうか、あたしが羽金先輩に勝てる所なんてないよねっ。
か、かくなる上は……!
「で、では! 交換条件ですっ!」
「うん? 何かな?」
「とりあえず一回下ろしてください、じゃないと出来ませんっ」
「……分かったよ」
足が優しく地面に触れる。
意を決して、あたしは振り返って先輩に一歩近づいた。
「それで、交換条件とは何かな?」
「はい、ではちょっとあちらを見てください」
あたしは右隣を指す。
そこには壁しかないのだけれど。
「ん……?」
それでも羽金先輩は釣られたように視線を横に向ける。
その鼻筋の通った顔立ちに、白くきめの細かい素肌。
あたしはその虚を狙って、彼女と唇を重ねる。
先輩の唇は弾力があって瑞々しい張りを感じた。
数拍を置いて、唇を離す。
「あ……え、えっと……そ、そうか、そういう事もあるんだね」
先輩は驚きつつも戸惑ったように頬をさする。
あたしからそういうスキンシップを試みるのは初めての事だった。
「はい、あたしからの始めてのキスですっ。これ以上言う事聞いてくれないとあたしも、こういう事しませんからっ」
これが交換条件。
いや、果たして交換条件になっているかは怪しいけれど。
とにかく、これで手を打とうと言うアプローチだ。
「こういう恋人らしい事をなしにされるのは、その、困るね」
「ですよねっ、だから今日はこれで手を打ちましょう!」
「……君には敵わないな」
そうして二人とも顔を赤らめながら、リアンを最後にするのだった。
【お知らせ】
ご希望がありましたので後日談を書く事にしました。
各ヒロインにスポットを当てて書こうと思っています。
不定期更新で話数も短くなると思いますが、週一くらいの頻度で上げていきたいと思っております。
よろしかったらお願い致します。
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