69 答えは此処に


 舞台の幕が上がり、演劇が始まる。


 ルナは、舞台袖から指示を出していて。

 千冬ちふゆさんは、ナレーションを務めていて。

 明璃あかりちゃんは、舞台の上で演じている。

 羽金はがね先輩は、客席から舞台を見守ってくれていた。


 あたし美術係として場面によって変わるセットを用意するのが役目。

 本来のあたしは、この役割で良かった。

 舞台の上で華やかに舞う彼女たちを、見守れたらそれで満足だった。


 それでも物語は動き出し、その中の登場人物にあたしはいた。

 だから、この舞台が終われば想いを伝えよう。

 どう受け取ってもらえるかは分からないけれど

 それでも言わなきゃ始まらない。

 あたしは彼女達と同じ舞台に立つ覚悟を決めたのだから。




        ◇◇◇




 舞台は大盛況で終わりを迎えた。

 各々が役割を徹した成果だろう。

 拍手喝采の中で、舞台の幕は閉じる。


「お、終わった……」


 へなへなと舞台袖で、ルナが腰を抜かしていた。

 滅多に見ない彼女の姿だが、それだけ思いを込めていたのだろう。

 努力が報われた瞬間だった。


「やったね、ルナ」


 あたしも一緒に床に腰を下ろすと、ルナは嬉しそうに笑みをこぼした。


「うん、最後まで諦めないで良かった。何より皆がちゃんとやってくれたから」


「でもそれは、ルナの真剣さが伝わったからだよ」


「ユズキを見て真似したからね」


 そんな手本になる要素はどこにもないと思うんだけど……。

 でも、そう思ってくれるのは嬉しいな。

 お互いに目が合って、あたしは我慢していた言葉を吐き出す。


「あのさ……あたしさ」


「うん」


 吸い込まれるようなアイスブルーの瞳。

 声に出そうとすると、喉の奥がぶるぶると震えている事に気付くけど。

 それでも、その瞳の前で嘘をつくわけにはいかなった。


「あたしはルナのこと、好きだよ」


「――!!」


 その瞳が揺れていた。


「わわっ」


 でも次の瞬間にはルナは動き出していて、あたしを抱き寄せていた。


「うんっ! ルナもユズキが大好きだよっ!」


 震える声に、あたしも胸を高鳴らせる。

 その柔らかい体を感じながらも、あたしはその温もりを感じるだけにはいかなかった。


「あ、あのね、ルナもう一つ言いたい事があって――」


 もう避けては通れない道を、あたしは歩もうとしている。




        ◇◇◇




「……はぁ、無事に終わって何よりね」


 講堂の隅では、ナレーションを務めていた千冬ちふゆさんが椅子に座ったまま一息をついていた。

 生徒会の激務にも追われていた為、疲労がどっと押し寄せているんだと思う。


「お疲れ様だね千冬さん」


ゆずりは……それはお互い様でしょ」


「千冬さんに比べればあたしの疲労なんてちっぽけだと思うけど」


「そんな事ないわ、誰だって与えられた役割を全うするのは疲れるものよ。そこに大小なんてない」


 それを当たり前のように言ってのけるから格好いいよなぁと思ってしまう。

 誰よりも努力をしているのに、それでいて誰かの事を気に掛けられる彼女の姿は眩しく映る。


「それを当たり前のように言える千冬さんが大物なんだよ」


「この程度で大物だなんて、私はまだまだこれからよ」


 それでも、彼女はずっと先を見つめ続ける。

 自身の存在を肯定するために。

 その迷いのない姿勢が、涼風千冬すずかぜちふゆという在り方だった。


「あたしはそんな真っすぐな千冬さんの事が、好きだよ」


「ふん、お世辞は結構よ。誰だって口では簡単に好きと言え……え? あれ、す、好き……?」


 自分で言っていて疑問に思ったのか、途端にその単語で調子を崩す千冬さん。

 ばっと顔を上げてあたしを見やると、その黒髪は大きくなびいた。


「うん、そういう好き」


「……え、貴女……こんなタイミングであっさり……!?」


 若干パニックになっている彼女だけど、それでももう少しだけ困ってもらう事になる。

 この返事には続きがあるから――




        ◇◇◇




「演劇、とても良かったよ」


 客席に向かうと一人残っていた羽金はがね先輩が拍手をしながらあたしを迎えてくれる。

 でも、その拍手はあたしだけに向けられるべきものじゃない。


「頑張ってくれた皆のおかげです」


 あたしはお手伝いをさせてもらったに過ぎない。


「それでも彼女達があそこまでの光を放ったのは、ゆずりは君のおかげだとと思うよ」


「いやいや、買い被り過ぎですって……」


 元々魅力のある人達なんだから、あたしがどうしなくても素晴らしいパフォーマンスは発揮していた事には変わりない。


「ふふ、君には分からなくとも私には分かるのさ」


「まぁ……そりゃ先輩に比べれば物事を見抜く力はないと思いますけど」


「そうじゃないよ。同じ志を持つ者同士だから、分かるのさ」


「……えっと?」


 羽金先輩が何を言いたいのか抽象的でよく分からなかった。


「君に惚れた者同士だから、その恋によって磨かれているのが分かるのさ」


「……」


 どうしてこの人はそんな歯が浮きそうな事を平然と言ってのけるのか。

 言われるあたしの方が恥ずかしがるって何なんだ。


「そ、それで言うとあたしも同じって言うか……!」


「ん……?」


 今度は羽金先輩の方が首を傾げる番だった。


「あたしも恋で磨かれてるかもしれませんねっ、自己判断ですけどっ」


「……えっと、それは、つまり……?」


 表現が下手くそで申し訳ない。

 でも先輩の方から変な事を言い出すから、こんなおかしな事になってしまうのだ。


「羽金先輩が好きって事です!」


 だから結局、こんな丸裸な表現しか出来ないわけだけど。


「あ、ああ……そ、そういう……」


 そして本当に珍しく、先輩の方が言葉を失ってしまう。

 あたしはそれに畳みかけるように言葉を重ねる。


「だからそういう人同士でリアンって言うのは色々と健全じゃないと思ったんですよね。先輩も立場がありますからっ、クリーンなイメージは大事ですからっ」


「な、なるほどね。そういう意味なら、理解できるかな……」


 あの脳の回転が早い羽金先輩ですら、こうして目を回しているのだから相当な混乱をしているのだろう。

 でも、もうちょっとだけ混乱は続いてしまうかもしれない。


「それと、リアンを解消したい理由はもう一つあって――」




        ◇◇◇




「や……やりきりましたっ! 柚稀ゆずきちゃんっ!」


 ロミオを演じ切り、衣装を脱いだ明璃あかりちゃんは制服姿に戻っていた。

 これで、本当の意味で小日向明璃こひなたあかりという人物に相対する事となった。


「お疲れ様、ロミオの演技すごく良かったよ」


 これはお世辞でも何でもなく、明璃ちゃんはやると決めた事を愚直にやり続ける事が出来る。

 決して多才では無いけれど、地道に積み上げる事の出来る人なのだ。

 そんな彼女だからこそ、色々な悩みや葛藤を抱くロミオの真に迫る事が出来たのかもしれない。


「え、えへへ……褒められるのは照れますが嬉しいですねぇ」


 はにかみながら体を揺らす明璃ちゃんは可愛いらしい。


「でも、想いが通じているのに叶わない恋なんてツラくてしょうがないでしょうから。想像でしかないですけど、その苦しみの欠片くらいは分かった気はしてます」


 そうして明璃ちゃんはあたしに視線を向ける。

 叶わない恋……その想像をした相手があたしであろう事を感じ取る。


「そして、今のわたしはロミオじゃなくて明璃ですよ? 柚稀ちゃん」


 “次会う時は明璃ちゃんと話したい”とあたしが言ったから。

 だから彼女も小日向明璃として相対してくれているのだ。


「叶わない恋にはさせたく……ないよね」


 そうあたしが確認すると明璃ちゃんはこくりと頷いた。


「ええ、そんなの悲しいですから」


「うん、だからこの恋は結ばれてエンディングを迎えたいなって思うんだ」


「……それって」


 言葉の真意を明璃ちゃんは確かめる。

 あたしも、もうあやふやにして逃げたりしない。


「好きだよ、明璃ちゃん」


「……ほ、本当なんですね」


 自身の両手を重ね合わせて、瞳の奥に涙を浮かべる明璃ちゃん。

 でも、これはまだあたしの一方通行。

 本当に両思いになれるかは、これから先の決断によって決まるんだ。


「あ、あのね――」




        ◇◇◇




 暗闇に染まった教室で、あたしは一人佇んでいた。

 普段なら学院は閉じられていて、皆が寄宿舎に戻る時間なのだけれど、今日だけは特別だ。

 後夜祭として学院の生徒は校舎に残り、打ち上がる花火を見ながら今日という日を振り返るのだ。

 本当なら校庭にいるべきなのだが、あたしは恋人を待つ為にここに残っている。


 あたしは告白をした。

 その想いに嘘は無い。


 けれど、あたしの恋は一つじゃなかった。


 誰かを選ぶ事なんて出来ないから、ずっとこうしてズルズルと引きっていた。

 でも、それすらもう我慢出来なくなって、あたしはこの想いを正直に打ち明けることにした。


『――皆の事が好きなの。だから、あたしの想いはルナ・千冬さん・羽金先輩・明璃ちゃん全員と結びたい』


 と、そう伝えた。

 ワガママで傲慢な願いなのは分かっている。

 でも、我慢し続けて結局誰の想いに答えないのも、また違うと思ってしまったのだ。


『――こんな馬鹿なあたしでも付き合ってくれるなら、後夜祭で教室に来て欲しい』


 と、お願いした。

 もし全員に断られるなら、それも仕方ないと思う。

 こんな身勝手な願いを持ってしまった当然の報いなのだと、受け入れる覚悟はしていた。


 時計の針が、約束の時間を指す。


 チクタクと秒針の音だけが教室に響く。

 約束の時間を過ぎても教室に訪れる人は、いなかった。


「……まあ、そりゃそうだよね」


 誰も来ない方が当然なのだ。

 こんな常識外れの選択を誰が好き好んで選ぶだろう。

 むしろ、ちゃんと話を聞いてくれただけでもありがたいくらいだ。

 こんな身勝手な想いに付き合わせてしまった事を悪く思いながらも、この選択に後悔はなかった……と思いたい。


 ――ガラガラ


「え?」


 諦めたその瞬間に扉は開かれた。


「やぁ、楪君。遅刻……しちゃったかな、ごめんね」


「それは会長がいつまでも話しを続けるからでは?」


「ルナはどっちでもいいから早く行こうと言った。議論を長引かせたのはハガネとスズカゼ」


「皆さん仲良くしましょうよ、せっかくこうして集まったんですから!」


 羽金先輩、千冬さん、ルナ、明璃ちゃんが揃って教室に訪れてくれていた。

 こ、これって……そういう事でいいのかな?


「あ、あの皆……どういう事か分かってくれてるんだよね?」


 あたしの問いに、四人それぞれが顔を見合わせてすぐに頷く。


「勿論、楪君の恋人になる事を私は望んでいるからね。他にも恋人がいるからって、断る理由にはならないさ」


「私は正直、四人一緒にとか倫理的にどうなのかと思ったわ。……でも構わず突き進もうとしている人がいるのに私だけが退くなんて、その方が有り得ないと悟ったわ」


「ルナはどんな恋の形があってもいいと思う。例えそれが複数人でも、そこに気持ちがあるのなら当人達の問題だから」


「わたしと柚稀ちゃんとの縁が切っても切れないのは既に証明済みですからねっ。これからも一緒に過ごしていくんですからっ!」


 皆……。

 本当にいいのだろうか。

 あたしのワガママを全員が許してくれるなんて。


「だから楪君が提案していたリアン解消の件も納得したよ」


 そう、もしこの関係が成立するのなら、あたしは羽金先輩とのリアンは続けられないと考えたのだ。

 もし皆と付き合える事が出来たとして、その中で一人だけ共同生活を送るのは不公平だと思うから。


「なるほど。会長がリアンを取り下げるのなら、私が代わりになってあげてもいいけれど」


 ……ん? 千冬さん?


「そうだね、ユズキが一人は可哀想だからルナがなってあげる。大丈夫、ルナは今のリアンにすごい遠慮されてるから、むしろ代わってあげた方が彼女も楽になると思う」


 ……んん? ルナ?


「待って下さい! それを言うならわたしが一番適任じゃないですか! 未だにリアンがいないのはわたしだけなんですよ!?」


 ……え、あのー、明璃ちゃん……と言うか、皆さん?

 あたしの話しを聞いてなかったんでしょうか?


「なるほど、君たちの主張はよく分かった。そんな事を聞いてしまうと私もおいそれと楪君とのリアンを取り消す訳にはいかなくなったかな?」


 どうして先輩まで即前言撤回してるんですか?


「さぁ、これも答えだよ楪君。皆が君の恋人になる事を望んでいる。でもね、恋人が複数人いることは認められても、“自分こそが君にとっての一番だ”という願望を捨て去る事は出来ないのさ」


 そう言いながら先輩はするりと、あたしの左腕を組んでくる。

 え、ちょ、ええ……?


「言ったでしょ、私は誰にも負ける訳にはいかないの。だからライバルがいればその争いに勝つだけよ」


 負けじと千冬さんが、あたしの右腕に組んでくる。

 あれ……なんか、左右に引っ張られてる気が……。


「ルナが一番ユズキを大切に想ってるんだから、ユズキもルナが一番になるのは必然。そこに疑いの余地はない」


 そしてルナがあたしの体を前方から抱き寄せる。

 お、おやおおや……?

 前と左右に引っ張られる力が働いているよ……?


「それを言うならわたしですよっ。柚稀ちゃんとは幼い頃からの縁なんですから、もはやこれって運命ですよね! こんなに強い絆なんてないんですから、わたしが一番に決まっています!」


 最後は明璃ちゃんが後ろから抱きついてくる。

 あれれ……?

 すっごい微笑ましい絵になっているはずなのに。

 なぜだろう、前後左右に引き裂かれるような力が働いているんですが……?


「恋人になった上で聞こう。一番は私だよね……楪君?」


「愚問ね。選ぶのは私よ、そうでしょ楪?」


「ルナに決まってる、ねぇユズキ?」


「わたしですよねっ、わたしなんですよねっ、柚稀ちゃんっ!?」


 ああ、ええっとぉ……。


 そうか、恋人になってからがゴールじゃなくて。

 これからがスタートなんだもんね。


 皆と過ごしていくには、まだまだ波乱が巻き起こりそうだけれど。

 きっとそれも乗り越えて楽しんで行けるだろう。

 だって、これはあたしが始めた物語なんだから。


「みんな大好きに一票!」


 これからは、あたし達だけの物語を描いて行こう。




~Fin~




 これにて最終回となります。

 最後までお読み頂き、ありがとうございました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。 白藍まこと @oyamoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画