68 幕が上がる前に
文化際当日。
あたし達のクラスは“ロミオとジュリエット”の演劇で、その開演準備に追われている。
「えっと、テーブルはあっちだよねっと……」
あたしは美術係なので、本番は主に背景や小道具のセットを担当する。
「ユズキ、ここに使うテーブル知らない?」
すると、ルナがあたしにセットの確認を尋ねてくる。
決まった場所に物がなかったのが気になったようだ。
「あ、今持ってく所だよ」
舞台監督さんは最後まで気にする事が多いようで大変そうだ。
「そうだったんだ、ごめん、急かすみたいになって」
「ううん、色々と気を配る事が多くてルナも大変でしょう」
あたしはやる事が決まっているし係の人数も多いので、困った時は誰かに相談すればすぐに解決する。
それに比べて全体を一人で統括しているルナは、やる事も多ければ悩む事も無限にあっただろう。
「そうだね……でも、ルナが出来るのはここまで。後は皆にお願いするしかないから」
最後まで無事に終えられるか、見届ける側はハラハラドキドキするものがあるだろう。
「よし、本番頑張ろうねルナ」
「うん、ユズキもセットお願いね」
そうして、ルナは次のチェックがあるのだろう。
この場を離れようとする彼女の後ろ姿を見て、なぜか言葉が漏れた。
「あのさ」
「ん、なに?」
振り返るルナを見て、一瞬戸惑ったけど。
それでも呼び止めてしまったのだから、あたしがこれ以上言葉を濁してどうする。
「舞台終わったらさ、ちょっと話してもいい?」
「え、いいけど……。今でもいいよ?」
それは何と言うかちょっと、気持ちの整理がついていないと言いますか。
やる事を終えてから、こういうのは伝えたいよね。
「いや、大事な話だから。終わった後の方がいいと思うんだよね」
「……そっか、分かったよ」
恐らく、あたしの意志は伝わったのだろう。
ルナはこくりと頷くと、深く追求する事はなく手を振った。
「それじゃ後でね、ユズキ」
ドクドクとあたしの心臓は高鳴っていた。
◇◇◇
「
今度は
彼女はこの舞台ではナレーションなので、その仕事道具がないようだ。
「ああ、ごめんっ。今持ってく」
というかあたしが準備を怠っていたせいだった。
すみません。
「いえ、あればいいのよ。それを確認したかっただけ」
「はいっ、今準備致します」
「だから別に急がなくてもいいのよっ」
どうやら千冬さんは急がせていると思われるのが嫌だったようで。
あたしとしてはルナに続いて不手際が続いているから、早急に対応しようと思っただけなんだけど。
「私は喋るだけなんだから後回しでも大丈夫よ」
「いえ、その美声の発声練習のためにも準備致します」
「マイクを通して練習はしないわよっ」
そうですよね、本番前にあたしは何を言っているんだろう。
無意識でテンパっているのかもしれない。
「……ふん、貴女って本当にそそっかしいわね」
しかし、どうしてだろう。
そういは言いつつ、挙動不審なのは千冬さんもなのだ。
手を忙しなく動かして何度も自身の髪を撫でたりしている。
これは……。
「さては千冬さん、ナレーションに緊張しているな?」
「してないわよっ」
で、ですよね……。
いえ、本当は分かってたんだけど。
万が一のために確認をしただけです。
あたしの勘違いだったら嫌だから。
「この前の話、ちゃんと返事するから。この舞台が終わったら話聞いてもらえる?」
そう確かめると、千冬さんの手はぴたりと止んで、今度は硬直したように肩に力が入り過ぎていた。
案外、千冬さんって分かりやすい人だよね。
「い、いいわ……私も気になっていたから……」
「うん、お願いね」
何だか本番前にソワソワさせるようで申し訳ないが、それはあたしもなのでどうか許して欲しい。
◇◇◇
あたしは舞台のセットの配置が正しい位置にあるのか確認するために、入口に立って俯瞰して確認していた。
うん、問題は特になさそうかな。
「もう準備も大詰めかな?」
突然、耳元に声が掛かる。
「わ、先輩どうしてここに?」
背後に立っていたのは
「私のリアンがいる演劇を見に来るのは当然だよ?」
肩をすくめて当たり前のように彼女は笑う。
「それで言うなら千冬さんも副会長なので見る理由になると思うんですが……」
大事な生徒会のパートナーでしょうに。
「それでも君を見たい衝動の方が勝るんだ」
「……あ、あたしは美術係なので舞台には立ちませんよっ」
先輩はあたしが舞台に立つのかと勘違いしているでしょうか。
「ふふ、こうして会えたんだから。それでいいんだよ」
「………」
そうやって真顔で試すような事を言うんだから心臓に悪い。
もうちょっとお手柔らかにしてもらいたいのだけど。
「あの……あたし考えたんですけど、やっぱり羽金先輩とのリアンは良くないと思うんですよね」
その言葉で、冗談めかしていた羽金先輩の表情がすっと変わる。
「……それが君の答えなのかい?」
それはきっと拒絶の証として受け取ったのだろうけど。
もっと別の意味がある。
「えっと、ちゃんと理由があるので舞台が終わったら聞いてくれますか?」
すると羽金先輩はやれやれと言わんばかり頭を振った後に、大きく息を吐いた。
「私をこんなにも手のひらで転がすのは、きっと君くらいだろうね」
人聞きが悪い。
悪いが、否定しきれない部分もあるので受け入れる他ない。
「すいません……でも、ちゃんと話しますから」
「分かった。まずは舞台だね、応援しているよ」
羽金先輩はいつもの余裕の笑みを浮かべて、客席の中へと紛れて行った。
◇◇◇
開演時間が迫り、講堂を開場した事で生徒やお客さんが続々と席に座り始めていた。
緊張感が同時に漂い始める。
「いよいよ始まりますねー」
そうしていると衣装に着替えた
振り返ると、そこにいつもとは違う姿の彼女が立っていた。
「おおっ、ロミオの衣装似合ってるね」
青いシャツに同色のパンツとマントを合わせ、黒のロングブーツに腰元は剣を携えていた。
「え、えへへ、そうですかね。嬉しいですが、ちょっと照れてしまいますね」
明璃ちゃんはまんざらでもなさそうに笑顔をこぼしながら、自身の頭を擦る。
「うんうん、誰がどう見てもジュリエットに恋するロミオだね」
あたしの言葉に何か思う所があったのか、返事まで数拍の間が空いた。
「それならどうでしょう、わたしのジュリエットになりませんか?」
なんて冗談めかしながら明璃ちゃんは、その手を伸ばす。
でも、きっとそこには本当の想いも込められていて、あたしがその手を取るのを待っているんだと思う。
でも、あたしは……。
「ロミオの手は取れないよ」
その答えに明璃ちゃんはほんの少し伏し目がちになるけれど。
「……な、なんてねっ。分かってますよ、冗談ですから冗談っ」
彼女らしくお茶目に言い繕うのだ。
でも、あたしは否定だけをしたかったわけでもない。
「あたしはジュリエットじゃないからね。それに物語としては美しいかもしれなけど、あたしは結ばれるなら最後まで一緒にいたいし」
だから、誰かに作られた物語の登場人物として隠れるのではなく。
あたしはあたしの物語を作っていきたい。
「あ、えっと……そうですね、確かにそうだと思います」
「最後にはちゃんと答えるから」
「……えっと
半信半疑、意味を咀嚼出来ないまま明璃ちゃんは首を傾げる。
「だから、最後までロミオをやりきってよね。次会う時は明璃ちゃんと話したいからさ」
「……あ、は、はいっ!」
それでも、あたしの覚悟だけは伝わったのか明璃ちゃんは大きく頷く。
開演の幕が上がろうとしていた。
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