67 それぞれの舞台で②
ルナは
気になるから様子を見に行こうかな。
場所は恐らく生徒会室だろう、あたしはそのまま向かう事にした。
――コンコン
「どうぞ」
生徒会室の扉を叩くと、
やはり、ここで間違いないようだった。
「失礼します」
「……って
思わぬ来訪者だったのか、長テーブルの前に座っていた千冬さんが顔を上げてこちらを見る。
他の生徒会メンバーは見当たらず、恐らく各々クラスの仕事に専念しているのだろう。
「さっきルナに会って、何やら話が上手くまとまらなかったと聞いて……」
そこから険悪なムードになっているのではないかと心配したのだ。
ルナも最初はイライラしている様子だったし。
「ああ……その事。だって衣装を新調したいなんて非現実的な提案をするのだから当然でしょ? 学院としては必要以上の資金を出すわけにはいかない、かと言って多額の支援をされても、他の生徒や家族から問題行動として扱われても困るのよ」
「……まぁ、そうだよね」
その理屈は非常に分かりますが。
だがヴェリテ女学院というお嬢様学校の特別な環境ではそういった事も起こりえるのだなと改めて生徒会の大変さを感じた。
「簡単にパワーバランスが崩れるような関係性を持ち込んだら、健全な学院生活を送る事が出来なくなるでしょ」
「千冬さんの言う事もすごい分かるけどね」
「何よ、その含みのある言い方。まるでルナ・マリーローズ側にも一考の余地があるみたいじゃない」
千冬さんとしては全面的に自分の主張が正しいと思っているからだろう。
あたしの中立的な物言いにやや不満があるようだった。
「えっと、学院側としては千冬さんの意見を採用するのが正しいと思う。でも個人的な観点だと、ルナがクラスの出し物にそこまで力を入れてくれるのかと思うと、応援したいなって思っちゃうようね」
今までクラスに馴染めなかったルナが変わろうとしているのだから、その背中は押してあげたくなる。
そして元々これは千冬さんの配慮によって生み出されたものだ。
だから、そのルナの変化を千冬さんが感じていないわけもないのだけど。
「……ふん、熱量って言うのは使い所なのよ。何でもかんでも
しかし、そうとは分かってもそれを良しとは出来ないのが千冬さんの“生徒会副会長”としての立場だ。
クラスの“学級委員長”としては応援しているのだから、板挟みになっちゃったなぁ。
なんて勝手ながらその心中を察してしまう。
「とにかくその事は終わった話なのだから、もういいのよ」
「……そうだよね」
とは言え、二人ともお互いの事を考えているようではあったので一安心。
「それではお忙しい所すいません、あたしはこれで……」
思ったよりもギスギスはしてないと分かったあたしは生徒会室を後にする。
「ちょっと待ちなさい」
「はい?」
ドアノブに手を掛けようとして、止める。
振り返ると、千冬さんが迫って来ていた。
「……その、貴女は嫌じゃなかった?」
「……はい?」
突然の問いに、あたしは何の事か分からず首を傾げてしまう。
しかし、千冬さんは視線を泳がせながら、いつもより小声で話を続ける。
「ほら、この前の……早朝の教室での……き、ききっ……」
「あ、ああっ、アレねっ!」
どうやら千冬さんは、キスの話をしているらしいっ。
確かにあれ以降二人きりになるのは初めてで、改めて考えると段々と恥ずかしさが込み上げてきた。
「あ、あの時は勢いで私もしてしまって……後々、冷静に考えると踏む込み過ぎたと反省しているの。もしかして、貴女もその場では何も言えなくて思う所があったんじゃないかって……」
「……ほ、ほほうっ!」
そうだよねっ、あたしも返事を濁したままだし。
千冬さんが気になってしまうのも仕方ない事だった。
「だ、大丈夫っ、全然嫌じゃないからねっ! ……ほんとにっ、気にしないでねっ!」
あたしもあたしで千冬さんを待たせてしまっているから、不安にさせてしまうのだ。
答えをきっと求めているに違いない。
――コンコン
しかし、タイミングが良いのか悪いのか、ノックの音が響く。
「申し訳ありませーん、予算の事でご相談したかったのですがー」
扉越しから生徒の声が伝わってくる。
生徒会に用のある人が来たようだ。
「……私は仕事があるから、申し訳ないけれど退室してもらってもいいかしら?」
「あ、うん。頑張ってね」
「ええ、ありがとう」
なんだか、中途半端で終わってしまったけれど。
この話の続きは、いずれ出来るだろう。
いや、あたしからするんだ。
◇◇◇
そんなこんなで文化祭の準備は進んで行く。
日程が近づくにつれ、最初の緩んだ空気は段々と緊張感も入り混じり始める。
皆が完成度を上げようと必死になってくるためだ。
「今日も頑張ったなぁ」
連日の疲労も合わさって、部屋に戻るとぐったりとソファに横になる
純粋な文化祭の準備もそうだけど、こういった普段と違うイベントは人間関係にも変化が生じる。
少しずつ変わり始めた皆を見ていて、あたしも何だか浮足立つの感じていた。
「……た、ただいま」
しばらくして、
最近は生徒会が忙しいのか、連日夜遅くになってから戻って来る。
帰ってきたらシャワーを浴びてバタンキューがほとんどだ。
「おかえりなさい」
先輩はふらふらとダイニングテーブルの椅子にどかっと腰を下ろす。
いつもの洗練された仕草はそこになく、その疲労が空気だけでも分かるほどだった。
あたしはグラスに水を注ぎ、先輩の前に置く。
「……ああ、ごめん。いや、ありがとう」
「いえいえ、お疲れですか?」
先輩はグラスを持つと、そのまま勢いよく水を飲み干す。
はぁ、と長い息を吐いてから、あたしを見やる。
「この時期は仕方ないんだ。クラスの出し物と並行して、文化祭の運営も行うからね。単純に仕事量が多いのさ」
「学生なのに、そんなにやる事が多いんですね……?」
「なに、運動部の子たちのように毎日汗水垂らしている訳じゃないんだし。私達の存在意義が試されているのだから、たまに忙しい時くらい邁進するさ」
「……と言う割には、疲労が勝ってるようにも見えますが」
「あはは、それには返す言葉がないね」
ちょっと皮肉めいた発言だったけど先輩は嬉しそうに笑う。
「生意気ですいません」
「いいや、皆は私に遠慮してくれるからね。ありのままを言ってくれる楪君の言葉は新鮮だよ」
「単純に疲れてるのすぐに分かりますからね」
こうしてリアンとして生活していると、不思議なものでその日の浮き沈みがすぐに分かる。
先輩も完璧に見えて、人間なんだなとより感じるようになった。
「ふふ、そうして私の事を感じてくれるだけでも嬉しいよ」
「あたしじゃなくても、一緒にいたら誰だって分かりますよ」
それが仮に千冬さんであったとしても、いや、あの人の方こそより理解してくれる事だろう。
「いや、私がこうして隙を見せてしまうのは楪君だからさ。他の人がリアンだったらこの部屋に戻って来ても私は“羽金麗”を演じきれるとと思うよ」
そんな事を恥ずかしげもなく真っすぐあたしの瞳を見て言ってくるのだから。
好意が明け透けで困ってしまう。
「……じゃあ、もっと普段から楽になりましょうよ。別に先輩が多少だらしなくても皆好いてくれると思いますよ?」
貴女が疲れるのはそれが原因なんだと常々思っていた。
「……なるほど。その発想はなかったね」
彼女は他人の期待に応えるのが当たり前になりすぎて、本来の自分との乖離に苦しむ事になる。
そんな自分をねじ伏せて、“羽金麗”が崩壊しないのが彼女の強さでもあるのだけど。
それは弱さの裏返しでもある。
「皆が求めてるのは羽金先輩であって、完璧人間じゃないですから。もっと肩の力抜いてもいいと思いますよ」
「……」
「ま、こんなだらしないあたしが言っても説得力ないのは百も承知ですが」
先輩は何度かぱちくりと瞬きをして、その言葉の意味を咀嚼しているような気がした。
「……うん、やっぱり君は私にない物を教えてくれるね。そういう所が素敵で好きだよ」
「……あ、あはは、ありがとうございます」
そうして緩んだように微笑む彼女を、あたしは照れ笑いで返すしかなかった。
答えは、もうすぐ出しますから。
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