66 それぞれの舞台で①
「えっと……ああ、やってるやってる」
文化祭準備が着々と進められていく中、あたしは美術担当の
演劇練習の様子を見に来たのだ。
舞台の上ではロミオとして練習に励んでいる
しばらく、その様子を眺めていると一度休憩を取る事になったようで、ぱらぱらと思い思いに談笑しながら姿勢を崩し始めていた。
明璃ちゃんも笑いながらクラスメイトを話している姿を見ると、すっかり輪の中に溶け込んだなぁと思う。
原作では良くも悪くもヒロイン同士との会話しかないため、こうしてクラスメイトと打ち解けている様子は新鮮であり、何かほっとするようなものがある。
違うルートを辿ってもいい事があるのかなと、勝手ながら考えてしまった。
「……あっ」
すると明璃ちゃんがあたしの姿を見つけたのか、弾かれるように顔を上げるとこちらに駆け寄って来てくれた。
「
ぱたぱたと、手を振りながら来てくれてる姿は微笑ましい。
「明璃ちゃんの練習の様子が気になってね」
「見に来てくれたんですかっ、ああ、でも恥ずかしいですね。もうちょっと上手になってから見て欲しかったです」
「あたしは上手だと思ったけど?」
あたしは演劇の知識など皆無なので、特に人を評価出来る立場ではないのだけど。
それでも明璃ちゃんの演技はサマになっていたと思う。
「それはマリーローズさんの演技指導のおかげですねっ、的確にビシバシ言ってくれるので助かってます」
「ルナもちゃんと監督やれてるんだ?」
「はい、やはり知識が豊富なので色々アドバイスをすると止まらないみたいです」
「そのルナは……今いないんだね?」
周囲を見渡してもルナの姿はなかった。
「あ、はい。検討したい事があったらしくて生徒会と話し合いをしてるんだとか」
ああ……だからルナも
でも、これはこれで明璃ちゃんと話すタイミングとしてはちょうど良かったかな。
「でもこの調子なら無事に出来そうだね」
「うーん、わたしはそう楽観視は出来ませんが」
明璃ちゃんはプレッシャーを感じているのか、演劇の話になると声のトーンが少し落ち着く。
「このままでも何も問題ないと思ったけどね?」
あくまで素人の感想でしかありませんが。
「ロミオとジュリエットは悲しい結末を迎えてしまいますから、その物語をちゃんと伝えられるかと思うと不安です」
追放されたロミオに対する気持ちを忘れる事が出来なかったジュリエット。
彼女は仮死状態となり別の男性との婚約を破棄し、ロミオを追いかけるはずだった。
しかし、事の真相を知らないロミオはジュリエットを失った悲しみでこの世を自ら去ってしまう。
目を覚ましたジュリエットはロミオに先立たれた事を知り、その後を追ってしまう。
「ロミオは自分から毒を飲んでしまい、目覚めたジュリエットはロミオを失った絶望から短剣で胸を突き刺してしまう……そこに愛はあったのに、すれ違ってしまうんです」
常に二人の間には障害があり、それを乗り越えようと足掻いた先にある悲運な結末。
「悲しいですよね、気持ちが通じ合っていたのに結ばれないなんて」
「……そうだね」
それはなぜかあたしに向けても言われるような気がしていて。
あたしには家の争いも、運命の障壁もないのに、ずっと一人でうろうろとしているばかり。
お互いが求め合っても結ばれない想いもあるのに。
「ですからっ、わたしは思うんですっ」
「え、はいっ」
「わたしは最後まで足掻いて諦めませんっ、だからどうか見ていて下さいねっ」
その言葉は演劇の事を指しているのか、それともまた別の事を言っているのか。
「はい、それじゃ続き始めますよーっ」
確認する間もないまま、練習の再会が呼びかけられる。
「それじゃ行ってきます!」
「うん、頑張ってね」
そうして手を振り合い、あたしは講堂を後にした。
◇◇◇
「……はあ、生徒会は頭が固い」
廊下を歩いているとルナが口をへの字にしながら講堂に戻ろうとしている所だった。
生徒会と相談していると言っていたけど、結果は良くなさそうだった。
「ルナ、今から演劇に戻るとこ?」
「あ、ユズキ……そうだよ。生徒会に衣装の事で相談したんだけど、ダメだったから戻って来た」
なるほど、やはり意見が通らなくてご機嫌斜めのようだった。
「ルナでも上手くいかない事あるんだね?」
ルナだけが否定されて終わる事はほとんどない。
「学院にある衣装じゃ見栄えが良くないから、配役それぞれに合わせた衣装を個別に用意したいとお願いしに行ったら即却下された」
「……なるほど」
やはり、このお嬢様方は文化祭でも相談のスケールが壮大だ。
そもそも学院に衣装が用意されているだけでも凄いと思うのだが、その衣装を個別に用意しろと不満を持つ生徒もいるのだから世界は広い。
「でも衣装ってなると値段も相当高いだろうから、さすがに学院のお金でそれは用意出来ないんじゃない?」
ルナの求める衣装と言ったらクオリティも高いだろうし、文化祭の為だけに費やす金額は遥かに超えてしまうだろう。
「そこはママにお願いすれば全部負担するって言ってたから問題ないんだけどね、それでもダメって言うんだから生徒会は思考停止している」
「……そ、そうなんだぁ」
そうかぁ。
そのお金問題もルナママだったら簡単に解決しちゃうのかぁ。
すごいなぁヴェリテ女学院も、その生徒の家族も。
「でも意外、そこまでやる気を出してるんだねルナ」
アレだけ嫌がっていたのに、身銭を切ってまで(ルナママだけど)成し遂げようとしているなんて。
その熱の入れ方は明らかに最初とは別人だった。
「……あ、うん。ルナの話を皆が一生懸命に聞いてくれるから、それに応えようとしているだけ」
そっかぁ。
明璃ちゃんの協力もあって、すぐに打ち解けられたのかな。
ルナも不安が減って、演劇に集中出来るようになったのだろう。
「でも、
「……スズカゼ?」
「うん、ルナが舞台監督になればクラスメイトの皆と打ち解ける機会になるって言ってくれてたじゃん」
「……ああ、それは、そうかも」
ルナの為を思ってくれた千冬さんの配慮が良い方向に働いたのだろう。
こうして彼女も認めているのがその証拠だ。
「千冬さんに感謝だね」
「それはない」
即否定だった。
何でだ、照れ隠しかな?
「スズカゼはルナの衣装のアイディアを却下した、ルナを舞台監督に決めたのは彼女なのだから最後まで責任は負うべき」
どうやら生徒会としての千冬さんに、ルナの不満を買ってしまったようだ。
どちらの気持ちも分かるから、あたしも何とも言い難い。
「でも、やれる事はやるよ。ルナも変わる、ユズキが変わったようにね」
そう言ってルナは微笑むと、講堂へと歩き出した。
きっかけは何であれ、ルナは自分の意志で変わり始めようとしていた。
それにあたしも関われる事は嬉しいけれど。
「……あたしも変わらないと、だね」
あたしの変化は
つまり、あたし自身は何も変わっていないのだ。
ルナの背中を見送りながら、成長を止めない彼女達の歩みを静かに感じていた。
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