58 思い出は薄れても


 放課後に明璃あかりちゃんと遊ぶことになった。

 とは言っても、この学院で出来る事は限られている。

 申請が通らなければ外出が出来ないのだから、自ずとやれる事は少ない。

 誘われたのは良しとして、何をするのかなぁなんて漠然と思ってはいたのだけれど。


「はい、わたしのお部屋で遊びましょう」


 笑顔で明璃ちゃんへのお部屋へと招待される。


「誰もいないから問題ないですよね?リアンがいませんので、リアンが」


 同じ単語を二回言われた事に関しては、あたしの罪として受け入れるとして……。

 この二人だけで他に誰もいない状況に、不安を覚えるようになっているのはなぜだろう。

 ……。

 うん、羽金はがね先輩も千冬ちふゆさんとも二人きりの時に色々とあったからだね。

 こんな短時間に起きるものだから、あたしの警戒心も自然と強まってしまっているらしい。


「ホールとかでもいいんじゃない?」


 お部屋で何かすると言ってもゲーム等の持ち込みは禁止され、スマホの使用も制限されているため学院の敷地内で出来ることは談笑くらい。

 なのでホールで和気あいあいと話している生徒も少なくない。


「え? なんで羽金さんや涼風すずかぜさんとは二人になってるのに、わたしとは大勢いる場所なんですか?」


「……え、あ、いや」


 恐ろしい程の間髪入れない返事の速さに、あたしは返す言葉を失ってしまう。


「リアンになるはずだった柚稀ゆずきちゃんがわたしの部屋を嫌がる理由はないですよね? リアンになるはずだったのですから」


 ……なぜリアンを連呼しているのかは、もはやは聞くまい。

 本来は身構える必要もないお誘いのはずなのに、その明璃ちゃんのリアンアピールも相まって変に勘ぐってしまう。


「そ、そうだねぇ……行くヨ」


「ですよね、良かったです! それではさっそく行きましょう」


 手を握られる。

 しっかりと指を絡めていて、その握力も強かった。

 な……なんだろ、こういうのにも意味を見出そうとしてしまうのは百合の見すぎだろうか?

 いや、ここは百合ゲーの世界なのだから百合が標準とも言える。

 脳がバグりそうです。


「あ、明璃ちゃん? 寄宿舎はあたしも分かるんだから手を繋がなくてもいいんだよ?」


 暗がりでも、道を知らないわけでもないのに、手を繋ぐ理由は特にないと思う。


「繋いではいけない理由もありませんよね?」


 ぎゅっと更に強く手を握られる。

 目を細めて口元も微笑んでいるのに、なぜか怖い。

 笑顔のはずなのに、真顔にも見えるという矛盾。

 雰囲気が笑っていないのだ。


「……ダメって言う理由はないけどさ」


「じゃあ繋いでもいいですねっ」


 そう言って明璃ちゃんはずんずんと寄宿舎に向かって歩いていく。

 最初に会った時から、こうして強制的に連れ出されていたのを思い出す。

 彼女はいつも全力で真っ直ぐだった。


「……こうでもしないと、柚稀ちゃんが飛んで行っちゃいそうですから」


 あたしに対する信用があまりないのが原因らしい。

 因果応報、という事か。




        ◇◇◇




「どうぞ、召し上がって下さい」


 お部屋に上がると明璃ちゃんがお湯を沸かして、ココアを入れてくれた。

 フルリスのヒロインは紅茶やコーヒーが多い中、珍しい選択肢だなんて思う。


「ありがとう」


「柚希ちゃんは昔はココアが好きでしたよねっ」


 あれ、そうだったのだろうか?

 飲食物の好みはゆずりは柚稀ゆずきではなく、あたし本人がベースになっている。

 過去の記憶を思い返そうとしても作中に描かれていない事は曖昧になってる事も多く、特に飲食の好みはその傾向が強かった。


「もしかして、今は好きじゃなかったですか?」


 過去の記憶を思い返そうとしているあたしを見て、明璃ちゃんが不安そうな表情を浮かべていた。


「あ、いや、あたしは好きだよココア、うん」


 楪柚希の好みは分からないが、あたしは好きだ。

 だから素直にそう答えておく。


「そうですか、良かったです」


 ほっとしたように息をつく明璃ちゃん。

 楪柚希の好みでこれだけ一喜一憂するのだから、何と言うか……まあ、そういう事なのかなぁ。

 そうとは限らないけど、最近は好意を伝えてくれる人がたくさんいて感覚がおかしくなっているかもしれない。


「この学院に来て、柚稀ちゃんとまたこうして会えて嬉しいです」


 明璃ちゃんもマグカップに注いだココアに口をつけると、過去を懐かしんでいるようだった。


「そうだね、あたしも会えてよかったと思ってるよ」


 小日向明璃こひなたあかりと楪柚希の過去。

 歪んで語られなかったその物語が、こうして繋がった事は良かったと素直に思える。

 

「実は幼い頃に転校した後も、柚稀ちゃんの事はずっと気になっていたんです」


「……あ、そうなの?」


「はい、わたしとの別れをあんなに悲しがってくれたのは柚稀ちゃんだけでしたから」


 そうだったんだ。

 楪柚稀も、ずっと小日向明璃に憧れを抱いて彼女に見合う女になろうと努力をしてきた過去がある。

 それを数年ぶりの再会で裏切られたと勘違いし、しかも他のヒロインになびこうとするものだから悪女ムーブをしてしまうという……ある意味で可哀想な子ではある。

 だからと言って、彼女の悪行が許されるとは思わないが。

 その根底にある気持ちだけは、同情の余地があるとあたしは思っている。


あたし楪柚稀も、そうだったよ」


「……え?」


「明璃ちゃんのようにはなれなくても、せめて隣に立っても恥ずかしくない人になろうと思って努力してきたんだ。ある意味、人に嫌われて平気だったのもその目標があったからなんだろうね」


 楪柚稀には小日向明璃しか見えていなかった。

 だから他人の評価など気にならなかった。

 そうして彼女を突き動かしてきたものが崩れてしまったから、暴挙に出てしまったのだろうけど。


「……それを聞いてしまうと、わたしは恥ずかしいですね」


「ん、なんで?」


「ええ、だってわたしはこの学院に来るまで何の努力もしていません。ただ周りに馴染むように、邪魔にならないように、空気のように過ごしてきただけなんです。努力をして見違えた柚稀ちゃんとは違います」


 確かに楪柚稀はヒロインのような可憐さはないが、悪女としての華がある。

 それは小日向明璃に対する執着が生み出したもの。

 だが、それを明璃ちゃんが引け目を感じる必要はない。


「いや、それは違うよ明璃ちゃん」


「はい?」


「明璃ちゃんはそのままでいいんだよ」


 彼女は自己否定はするが、他全てのものを肯定する。

 その在り方がヒロインの琴線に触れるのだから。

 むしろ、それが最も大事な長所なのだ。


「……柚稀ちゃんは素敵ですね」


「へ?」


「そんな素敵な女の子になったのに、わたしの事も認めてくれるなんて懐が大きすぎますっ」


 あたしは楪柚稀とフルリスヒロインとしての観点で、小日向明璃という人物を評したに過ぎないのだけど……。

 ん、あれ、まずいな。

 これってあたしが明璃ちゃんをベタ褒めしてるってことだよね?


「やっぱり、わたしには柚稀ちゃんしかいませんっ。羽金さんからリアンを奪い返す覚悟が決まりましたっ!」


 ……ああ、主人公がヒロイン打倒の覚悟を決めちゃいましたねぇ。

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