57 あたしは悪女のままだったのか?


「じー」


「……えっと」


 何だろう、隣から凄い視線を感じる。

 しかも自分で“じー”と発音している事から考えても、特に隠す気はないらしい。

 しかし、あたしは注目を浴びるのは苦手な人間なので、見つめられ続けるのも好ましくはない。


「……じぃ〜」


 声に抑揚がついた。

 これはあたしから声を掛けろ、という合図なのだろうか……?


「……明璃あかりちゃん?」


「はい、なんでしょうか柚希ゆずきちゃん」


 あれだけ声に出してあたしを見つめておきながら、何事も無かったような反応をするのか……。

 彼女の考えている事がよく分からない。


「えっと、さっきからあたしの事見つめて、どうかしたの?」


「どうしてだと思います?」


 ……め、めんどくさい。


 こういう事を思っちゃうのは人としていけないとは分かっている。

 この反応を引き起こしたのもあたしが原因なのだから、そんな事を思う権利がない事も分かっている。

 とは言え、この明璃ちゃんの構ってちゃん的なムーブに面倒を感じてしまうのもまた人間ではないだろうか。


「……千冬ちふゆさんの事だよね?」


「柚希ちゃんがそう思うくらいなのですから、きっとそうなのでしょうねぇ」


 何故かまだ素知らぬ演技を続けている明璃ちゃんだが、どう考えても原因は千冬さんだった。

 朝のあたしと千冬さんの雰囲気を見てからずっとこの調子なのだ。


「えっと……何もないからね?」


 まさか“教室でキスしてました”、なんて。

 思い出すだけでも恥ずかしい……。

 これは主人公やヒロインなど関係なく、単純に人に言うべき内容ではないだろう。

 あたしと千冬さんの秘密として、心の中にしまっておくのだ。


「……じぃー」


「な、なにかな?」


 それでも声に出して見つめてくる。

 明璃ちゃんの真っ直ぐな瞳が、こちらを覗いて微動だにしない。


「嘘ですね。柚希ちゃんはわたしに何か隠し事をしています」


「……どうしてそう思うのさ」


「幼馴染の直感、ってやつですね」


 それが当たっているのだから困る。


「勘だからね、当たってるかは怪しいよねぇ?」


「では推理させて頂きます。どうして柚希ちゃんはいつもより朝早く涼風すずかぜさんと二人でいたんですか?」


「朝に千冬さんと一緒にいたのは偶然。あたしが早くに学校に来てたから、たまたま居合わせただけだよ?」


 事実なので、これ以上の説明のしようがない。

 明璃ちゃんも“んー”、と考え込んでいるので少なくとも幼馴染の直感はこれが事実だと感じているのだろう。


「では、どうして柚希ちゃんがあんなに朝早く起きてたんですか?」


 ……おっと。

 千冬さんの地雷を処理出来たと思ったら、今度は 羽金はがね先輩の地雷が埋まっていそうな地帯に移動してしまう。

 羽金先輩の件も、伝え方を間違えると誤解を与えかねない。

 なぜ一日の出来事を話すだけなのに、四苦八苦しているのだろう。


「慣れない空間で安眠出来なかったんだよね」


「ですよね、羽金さんとリアンになりましたもんね。わたしとじゃなくて」


 ――グサッ


 ま、まずい……。

 千冬さんの話題を回避しようとした結果、もっと深い傷を抉る事になってしまった……。


「羽金先輩との共同生活はどうでしたか? ちなみにわたしは昨日も一人でしたけどね、リアンになってくれるはずの子がいなくなったので」


 ――グサグサッ


 ご、ごめんなさいとは思ってるけど……。

 あたしだって不測の事態で、悪意はなかったんだよ。

 罪悪感が心を締め付ける。


「でもさ、や、やっぱり一人の方が落ち着くよ? あたしなんて結果こうやって眠れなくなってるんだしっ」


 だから“一人でもいい事あるよ?” というアピールをしたつもりだった。


「わたしは一人で寂しい方が眠れませんけどね」


「……そう、でしたか」


 逆効果だった。

 何を言っても裏目に出てしまう。


「それに、どうして羽金先輩と一緒にいたら眠れなかったんですか? 好かれている先輩と一緒にいるんですからイジワルもされないですよね?」


「今まで一人だったのにいきなり先輩と一緒とか緊張するじゃん」


「それって緊張するくらい羽金さんを意識してるって事ですか?」


「……えっと、いや、そうじゃなくて」


 何でだろう。

 純粋な質問と言うより、チクチクと責められているような気がするのは。

 被害者意識が強すぎるだろうか?


「夜は生徒会長と二人でいて、朝は副会長と二人でいる……柚稀ちゃん、何か隠し事してませんか?」


「してないしてないっ、た、たまたまだって!」


 確かに文章にすると何してるのか気になるムーブではあるけどもっ。

 しかも、同時にちょっとアレな展開もあった二人だから冷や汗も止まらないっ。


「さっきから視線が泳ぎ過ぎていますよ柚稀ちゃん、嘘がバレバレです」


「いやいや、変な誤解に焦ってるだけで」


「あと幼馴染の嘘センサーが、柚稀ちゃんの発言に引っかかってるんですよね」


 随分と都合の良いセンサーをお持ちでっ。

 と返したい所だが、合っているだけにそのセンサーを否定しきれないのだから恐ろしい。

 未だかつて明璃ちゃんにここまで心理的にジワジワと迫られる事があっただろうか。


「それでも何もやましい事はないと言いきれますか?」


「……言い切れる、ヨ」


 やばい、語尾が上擦った。


「……相変わらず嘘が下手ですね、柚稀ちゃんは」


 やれやれと言わんばかりに明璃ちゃんが溜め息を吐く。

 何だか見透かされている感が半端ない。


「えっと、な、何の事だか……」


「とにかくっ、わたしは許せませんっ。何でリアンを望んだわたしが一人でいるのに、柚稀ちゃんは色んな人と一緒にいるんですかっ」


「ぐはっ」


 た、確かにその通りだ……。

 主人公そっちのけでヒロインと会っているあたしは、彼女からヒロインを奪ってしまっている。

 あれ、それってフルリス視点で見るともう立派な悪女なのでは……?

 追放エンドを回避したあたしがヒロインまで奪うって、もはや完全犯罪に近いのでは……?


「あ、あたしって究極のゆずりは柚稀ゆずきだったのかな……?」


「何言ってるんですか?」


 ……まあ、そうだよね。そうなるよね。

 とにかくあたしの罪悪感が膨らんでいるのは確かだった。


「とにかくっ、ずるいですよっ。せめてもうちょっとわたしと一緒にいてくれてもいいですよねっ!?」


「……あ、う、うん」


「うんと言いましたね!? では、放課後はわたしと一緒に遊びましょうっ」


 これをノーと突き返せるほど、あたしは悪女ではない。

 悪女ではないと自分を信じたい。

 ヒロインを奪ってしまっているのに、彼女はあたしを望んでくれているのだ。

 せめてそれくらいは応えないと。


「あ、遊ぶゾー」


「もうちょっと楽しそうにして下さいよっ!?」


 いや、申し訳なさが勝っちゃってね。

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