49 大人の余裕には艶がある


 これは一体どういう事だ。


 ルナ・マリーローズとの開幕でのファーストネーム呼び。

 涼風千冬すずかぜちふゆとの生徒会演説。

 羽金麗はがねうららとのリアン。


 どれも本来、主人公である小日向明璃こひなたあかりとの間で起きるイベントのはずだった。

 しかし、そのことごとくを奪取した人物がいる。

 うん、楪柚稀あたしだねっ!

 完全に原作クラッシャーじゃん!

 

「……あの、あたしって主人公なんですかね?」


「ん? 急にどうしたのかな?」


 大きな窓を背に、重厚な机と椅子に座りながら、金糸のような髪を揺らしている羽金はがね先輩は困ったような笑みを浮かべていた。

 あたしは三人の猛追に耐えきれず、教室から逃げるように立ち去った。

 とにかく事の真相を突き止めなければと生徒会に足を運ぶと、ちょうど羽金先輩が一人だったので今に至る。


「すいません、あまりに自分中心に出来事が回っている気がして」


 調子に乗りました。

 テンパっているだけだと思いますけど。


「そうなんだね。でも人生って自分が主人公で当たり前じゃないかな?」


 いやぁ……でもこの物語に限っては明確に主人公がいらっしゃるんですけどねぇ。

 あたしは答えのない問いを繰り返し、悶々とする。


「……って、そうじゃないです! どういう事なんですか羽金先輩!」


 私は机に身を乗り出して羽金先輩に迫るが、彼女は涼しい表情で肩をすくめる。


「ん? 私はゆずりは君の要求に応えたつもりだよ」


「何言ってるんですか、あたしは明璃ちゃんとのリアンをお願いしましたよねっ!?」


「“楪柚稀の悪印象はまだ拭いきれていないから、小日向明璃とリアンになるべきではない”……というのが君の言い分だったよね?」


 楪柚稀の悪い噂は浄化されつつあるとは言え、完全に消え去ったというわけでもない。

 明璃ちゃんへの悪影響を考えた結果、リアンを断る……というのを表向きの理由として説明していた。


「それが理由なら、楪君と私がリアンになっても何の問題もないだろう?」


 確かに羽金先輩の案でも提示した問題はクリアされる。

 だがそれはあくまでフェイクであって、本当は純粋に主人公とヒロイン同士でのイベントにしたいだけなのだ。


「で、ですがそれだと羽金先輩のイメージが悪くなるかもしれませんよ……」


「いいや 、かつての悪女をリアンにした方が、私の改革の旗印としては有効に働くと思うよ。少なくとも小日向君よりもね」


 確かに“未知の存在”よりも“嫌われ者”の方が話題性は集まるのが人の性。

 そしてそれが羽金麗によるものだと分かれば、必ずそこに意図があると皆が考え沸くだろう。


「そして、私とリアンになれば君の印象は羽金麗という存在に引っ張られて相対的に良くなっていくはずさ。ほら、こちらの方がお互いにとってwin-winの関係じゃないかい?」


「……」


 どうしよう、返す言葉が見つからない。

 完全に羽金先輩の言っていることが正しい気がする。


「あ、でも羽金先輩はあたしと一緒に生活するのは嫌じゃありませんか? もっと素直でいい子の方が……」


 そもそも論、そんなに好きでもない人と一緒の時間を過ごすのは誰でも嫌なものだ。

 羽金先輩は後輩思いの人だからあたしの相談に気を遣いすぎているのかもしれない。


「ああ、それなら問題ないよ。私は楪君の事が気に入っているからね」


「……なんですと?」


 聞き間違いか?


「私は分かりきっている事を繰り返すのがあまり好きじゃなくてね。次々とよく分からない行動を起こしている楪君を見ていると面白くて興味が沸くんだ」


「……」


 そう、この人は万能ゆえにだいたいの事がすぐに理解出来てしまう。

 だから未知なる体験を求め、刺激に飢えている。

 そして、その未知の生命体としてあたしがエントリーしていたらしい。

 覚えがない。


「羽金先輩、あたしはとっても分かりやすい人間です。買いかぶりすぎです」


 フルリスのために身を粉にする自己犠牲の塊。

 そのはずなのに原作を壊してしまった自覚が芽生えて、今はとても気分が悪い。

 お願いですから羽金先輩は大人しく明璃ちゃんとリアンになって下さい。


「あれほど悪い噂が途絶えたなかった君が、突然人が変わったように振る舞っている……そんな人物を誰に理解できる?」


 あたしが追放エンドを回避するための行動全てが羽金先輩には未知の生命体として映ってしまっている。

 全部が裏目に出てしまっているんだ。


「それとも君は……」


「うわっ」


 羽金先輩の細長い指が、机に乗り出していたあたしの顎先まで伸びる。

 下から仰ぎ見るようにこちらを覗いてくるその瞳は、異様に蠱惑的だ。


「私がお気に召さないのかい?」


「ぶふっ」


 お気に召しますともっ!

 ……じゃなくって。

 落ち着け、平常心を保て。


「自分で言うと高飛車のように思われるかもしれないけど、これでも結構色んな子に言い寄られたりしているんだよ? それでも独りを貫いてきた私が、君とのリアンを望んでいる……それがどういう意味か分かるかい?」


「ど、どどど、どういう意味なんですかっ……!」


 顎先に添えられていた指先は少しずつ移動して、今ではあたしの唇を捉えている。

 な、なんですか、このエッチな仕草……!?

 人差し指だけで、こんなに感情動かされるってどういう事……!?


「意外に野暮だね、全部言ってしまったら品が無くなっちゃうじゃないか。……まぁ、でも君になら変に着飾る必要もないのかな?」


 そして下唇を何度もなぞらえて、ふにふにと指で押しつぶされる。

 え、エロすぎる……。

 こ、これが上級生の艶かっ。

 羽金麗の魅力なのかっ。

 画面の向こうと、リアル体験では雲泥の差がある……!


「さあ、聞かせてくれるかな。私とこの続きをしたいと思うのなら……リアンを受け入れると」


「つ、つづっ、続き……!?」


 これ以上の続きって、もうある程度決まっているよねっ。

 絶対にピンクな展開だよねっ。

 で、でもフルリスって全年齢対象だから限界はあるよね……!?

 ああ、でもこれは画面の向こうじゃないんだから映せなかった事も出来るのかな?!

 ど、どこまで行っちゃうんだっ……!


「どうしても私が嫌だと言うのなら無理強いはしないさ。君の答えを私は尊重するよ」


「そ、そそ、そんな……」


 羽金先輩にここまでされて本当に我慢するべきなのか、あたし……。

 自分の欲求に素直になっても、い、いいんじゃない……?


「あ、あたしは……」


「うん」


 どうせ壊れてしまったシナリオだ。

 これだけ意識的に動いてダメだったのだから、もう揺れ動く感情に身を任せても大して変わらないんじゃ……。


 ――ダンッ!


 豪快に扉が開く音が鳴り響き、反射的にあたしは身をすくめるっ。


「やっぱりここにいたわね楪……って、何をしているのよっ!?」


 そこに現れたのは千冬さん。

 そしてあたし達を見て、非常に怪訝そうな表情を浮かべていたっ。

 理由は分かりますっ。


「何って、私はリアンを愛でていただけだよ?」


 え、もうリアン確定!?

 ていうか愛でられてたの!?

 じゃあ……やっぱりお部屋に行ったらとんでもない事にっ。


「不潔ですね」


 パンッと羽金先輩の手をはじく千冬さん。

 同時にあたしの唇は解放されたが、今度は二人の間に暗雲が立ち込める。


「不潔……? リアンや後輩としての楪君を愛する事に何の問題があるのかな?」


 あ、ああ、愛……!?


「この学院の心得である“博愛の心”を都合の良いように使ってもらっては困ります」


 あ、ああ……そ、そっちか……そ、そうだよね。


「それは表現の規制だよ」


「モラルに反していると言っているんです」


 ば、バチバチじゃないですか……。

 な、仲良くやりましょうよ……。


「ふむ、それで涼風君は私に何が言いたいのかな?」


「簡単です、今すぐ楪とのリアンを撤回して下さい」


 や、やめて、あたしで争わないで……!

 とか言ったら千冬さんに怒られそうで言えない……!

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