36 同じだからこそ
「はい、それでは以上になります」
採寸とは、こんなにも体力と精神力を摩耗するものだったろうか……。
とにかく服を着てようやく恥部を晒さずに済むと、ルナはなぜか残念そうに息を吐いていた。
「ありがとう、完成したら学院の寄宿舎宛てに送ってもらう事は出来る?」
「かしこまりました、手配させて頂きます」
とか思っている間にルナがさらさらと手続きを進める。
「よし終わったよ、次はどうするユズキ?」
「え、あ、その前にお金は……?」
まさかこんなブランドの洋服が無料なわけもなく、後払いって事でもないよね?
「あ、大丈夫だよ。ママがプレゼントしてくれるって」
「……ん?」
英国の大物があたしにプレゼント?
どうしてか背中にぞわりと緊張が走る。
「いや、それは申し訳ないよ。あたしが払うよ」
「……でも値段は、生徒が払うには高いと思うよ?」
「大丈夫、頑張って払うから」
「ママがプレゼントしてくれるって言ってたんだよ?」
それが怖い。
ただでさえ大物なのに、そこでプレゼントなんてもらったら絶対服従の関係性が出来上がってしまう気がする。
それにマリーローズ家と比べてしまえばちっぽけな存在ではあるけど、こちらもヴェリテ女学院に通う令嬢である。
多少の蓄えくらいはあるはず……。
「お値段、教えてもらえる?」
「こちらになります」
タブレットに表示されている数値を見させてもらう。
「……?」
思わず硬直。
あたしは洋服を買いに来たのであって、決して自動車を買いに来たわけではない……。
それくらいの価格帯という事を察して欲しい。
「ね、だから無理しないで」
「いや、逆にこの値段を買ってもらうってどうなの……」
「ママ本人が“ルナの友達には是非プレゼントさせて頂きたいわ”って言ってたから。大丈夫だよ?」
そうだよねぇー。
アンナ様のプレゼントだもんなぁー。
それは断れないなぁー。
でも同時に怖いなぁー。
「ね、いいよね? ね?」
「……これは貸してもらうだけ、出世払いで必ず返すからっ」
こんな所で思わぬ負債を抱え込んでしまったけど、必ず返して見せるっ。
益々、追放ルートなんていう将来の目を摘む行為は絶対出来ないと心に誓った。
「思ったよりも時間経った、ご飯にする?」
「あ、そうだね」
お店を出るとお日様が煌々と輝いている。
お昼時だった。
「何か食べたい物ある?」
「食べたい物……」
うん、何でも食べたいな。
「じゃあルナの行きつけを……」
「いや、それは別の機会にしよう」
「え?」
ルナに任せると超高級レストランにフルコースの料理が並びそうだ。
そんな礼儀作法を習得していないあたしにとっては羞恥の場になってしまう。
「次はあたしが案内するよっ」
「……そう?」
「うん、ルナばっかりに頼るのも申し訳ないしさ」
「ユズキがそう言うなら、お願いしようかな」
「でもルナが行くようなお店よりは庶民的になるかもしれないけど……」
その不安はある。
しかし、ルナはふるふると頭を振った。
「ユズキが連れて行ってくれる所なら、どこだって気に入るよ」
「……」
「ユズキ?」
何だこの子はっ。
性格よすぎないかっ。
「……じゃあここにしよう」
結局フルリスのお店事情を知らないあたしは無難にファミレスと思われるお店に入ることにした。
これならある程度どこ行ってもマニュアル化されているし、困ることは無いだろう。
「いらっしゃいませー……何名様……ですか?」
店員さんが一瞬口ごもったのは後ろにいる英国令嬢の神々しさに驚いたからだろう。
気持ちは分かる。
でも、ルナの前に立ってるあたしの事も見てくれ。
「2人です」
「かしこまりました。ご案内しますね」
窓際のソファ席にルナと対面になって腰を据える。
「メニューお決まりになりましたら、そちらのタッチパネルで注文して下さい」
そう案内されて、店員さんが去っていく。
「ふっふっふ……」
「どうしたのユズキ、怖い笑い方してる」
ここからはあたしのテリトリー。
今日はずっとルナのペースに持って行かれたけど、ようやくあたしのペースで落ち着けそうだ。
「いや、何でもない。ルナは食べたい物ある?」
「ユズキはどういう物が好きなの?」
「え、あたし? あたしかぁ……」
タッチパネルをスライドさせてメニューに目を通す。
「ハンバーグランチにしようかな」
「ハンバーグが好きなの?」
「あ、うん、そうだね」
基本何でも好きだけどね。
特にお肉系は好きかも。
「そうなんだ」
ルナは嬉しそうに微笑む。
「……何でそんな笑ってるの?」
特に面白い事を言った覚えはないのだけど。
「ユズキの事をまた一つ知れたから」
「……そ、そうなんだ」
いつもだけど、ルナは真っすぐに思った事を伝えてくるからたまにどんな反応をしていいか分からなくなる。
あたしに対する知識が増えたって、何もいい事はないはずなのに。
「あたしの事知っても役に立たないよ?」
「そんな事ない、ユズキの事を知るのはルナにとっていいこと」
「いやいや、もっと知って意味がある人が他にいるでしょう」
あなたの後ろの席の主人公とか……さ。
「ううん、ルナにとってはユズキを知る事に意味あるよ」
アイスブルーの瞳は真っすぐにあたしの瞳を捉える。
「あたしみたいな半端者じゃ、説得力に欠けるよ」
悪女にもなりきれず、モブにもなりきれない半端者。
それが今のあたしだ。
何者にも成れないあたしを見る事に何の意味があるのだろう。
「ユズキは半端者なんかじゃないよ」
「いやいや……誰がどう見てもそうでしょ」
「それを言うなら、ルナの方が中途半端。この
「……えっと」
自嘲するような笑みを口元に浮かべて、ルナが目を伏せる。
顔は笑いながらも、心が笑っていないと直感した。
「ルナが周りから特別視されてるのは知ってる、でもルナはそれを言い訳に馴染めないのを他人のせいにしてるんだと思う。そうすれば、一人でいるのはルナのせいじゃなくて他の誰かのせいに出来るから」
「……誰だって、あの状況ならそうなるよ」
異国の地で一人、遠ざけられるのだ。
むしろその中でも学院に居続けて、自分の力を証明しているルナの方がよっぽどすごいと思う。
「でも、ユズキはそんな言い訳しないでしょ?」
「……あたしは別に言い訳するような事もないし」
「他人から遠ざけられても、自分から行動して周囲の評価を覆した。だから今、ユズキの周りには人が集まってるんだと思う」
「身から出た
あたしの孤独は楪柚稀の過去の悪行によるものだ。
自業自得だし、その評価を覆したから偉いなんてのはマッチポンプでしかない。
何の落ち度もないのに遠ざけられたルナと、楪柚稀では似て非なるものだ。
「一人で動き出す事がどれだけの不安に襲われるのか、人の視線がいかに冷たい無機質なものに変わるのか……ルナには分かるよ」
それはルナ・マリーローズが、ヴェリテ女学院で感じてきた素直な思いだろう。
一人孤独に浸った銀髪の少女は、孤独に飽き、触れ合いを求めていたのだから。
「……あたしは馬鹿だから、そういうの分かんないだけ」
「相変わらずジョークが下手だね、ユズキは」
ふふっと笑いながら、伏せていたルナの双眸がこちらを向く。
「孤独を知らない人が、孤独な人を助ける事は出来ないんだよ?」
さっきまでの冷たい空気は鳴りを潜め、柔らかな眼差しが向けられていた。
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