37 従者は見ていた


「孤独な人……」


 それを指しているのは悪女の楪柚希か、ルナ本人の事なのか。

 どちらにしても間違ってはいない。


「自分のせいなのは分かってるけど、ルナはクラスで独りだったから。それを自らの意志で変えていったユズキの事を尊敬しているの」


「そんな大したことしてないし、群れずにいれるルナの方があたしは格好いいと思うけど」


 あたしのような平凡な人間は誰かに頼らないと何も出来ない。

 ルナのように一人で完結出来てしまうのはそれだけの力があるからだ。

 その誰にも媚びる事の無い姿勢を、あたしは尊いと原作をプレイしている頃から常々思っていた。


「まぁ……ルナもそれでいっかな、って思ってたんだけどね」


 そこでじーっとルナはあたしに視線を注ぐ。

 何か言わんとしている視線だった。


「でも変わったの?」


「うん、誰かのおかげでね」


 ……それがあたしを指している事くらいは、さすがに分かる。

 でもその孤独を救う役目はあたしじゃないはずだったんだけどなぁ。


「そういうルナは今の自分を認めてあげられるようになったのか?」


「んー……どうかな。ルナはまだユズキみたいに理解してもらえてるわけではないし……」


「そっか」


 自分の事を認められないのはあたしも同じだけど。(まあ、悪女である楪柚希を認めるわけにはいかないんだけど)

 それでもルナのような人が自己嫌悪に陥るのは誰がどう見たっておかしい。

 少しでも早く、ルナ自身を認められるようになって欲しいと思う。


「変な話しになっちゃったね、ごめんね注文する所だったのに」


「あ、いや、それは全然いいんだけど……」


 タッチパネルを操作する指はとっくに離れて、いつの間にか話にのめり込んでしまった。


「それじゃルナは何頼むの?」


「ユズキと同じのでいいよ」


「……その心は?」


「ユズキが好きな物を食べてみたいから」


 その行動力があれば、全ては彼女の気持ち次第だと思うのだけど。







 店を出ると、外の空気はひんやりと涼しい風に変わっていた。


「美味しかった」


「よかったよ、ルナの口に合って……」


 ルナにも美味しいと思ってもらえるのか緊張していたけど、大丈夫みたいだった。

 ルナはどんな話にもニコニコと嬉しそうに聞いてくれるので、思わずあたしも喋りすぎてしまった。


「また来れるといいね」


 既に外出時間のタイムリミットは迫っている。

 これからあたし達はココリネさんの待ってくれている場所まで戻らなければならない。


「……そうだね」


 楽しい時間なのだから何の問題もない。

 ……ないはずなのに、どこか後ろめたく感じるのはあたしは悪女なのに主人公を差し置いて仲良くなっているからだろうか。







「お待ちしておりました、お嬢様方」


 ぺこりとお辞儀して待ってくれているのはココリネさんだ。

 朝会った時と変わらず綺麗な所作に、顔を上げた時の真っ直ぐな背筋から品を感じさせる。


「五分ほど遅刻でございます」


 ココリネさんは細いバンドの腕時計を見やりながら呟く。


「厳しいねココは」


「淑女たるもの時間は厳守して頂かないと」


 さすが従者、仕えている人でも指摘はちゃんとするようだ。

 それにルナもどこかむず痒いながらも、喜んでいるようにも見えた。

 学院生活では遠ざかってしまった二人のやり取りを懐かしんでいるのかもしれない。


「さあ、学院にお連れ致します。どうぞお車の中へ」


 ココリネさんに案内され、あたし達は車に乗り込む。







 帰り道、車に揺られながら無言の時間が続いた。

 今日一日話していたから、もう話題があまりなかった。

 だからと言って居心地の悪い空気も感じない。

 慣れ親しんだ空気を、お互いに感じていたんだと思う。


 ――コトン


「え、ルナ……?」


 肩に重みが加わったと思ったら、艶やかな銀髪が目の前にあった。

 ルナの頭があたしの肩に乗っていたのだ。


「……すぅ」


「え、嘘、寝てる?」


 規則正しい呼吸音と寄り掛かってくる体。

 彼女は眠りの中にいるのだとすぐに分かった。


「お疲れだったのでしょう、昨日はあまり眠れなかったそうですから」


 静かな声で運転席のココリネさんが語る。


「ルナ、寝不足だったんですか?」


「ええ、ゆずりは様と出掛けるのが楽しみで寝付けなかったとお嬢様から伺っています」


「そ、そんなにですか……」


 ルナの気分転換になるならと思っていたけど、まさか夜も眠れないほどのイベントになっているとは。

 それはそれで期待値の大きさに申し訳なさも感じる……。


「そんな事になるのではないかと思いましたので、今日は私が僭越ながらご同行させて頂きました」


「心配されていたんですね」


「お嬢様にご学友がいらっしゃらない事は主様も気に病んでおられましたから。この状態が続くようであれば帰国させる事も検討していたようですし」


「そ、そこまでの話になっていたんですか……」


 ルナママがそこまで考えていたのは原作の中でも語られていない事だった。

 明璃あかりちゃんとの関係性が原作通りに発展していればもっと早い段階で友人が出来ていたから、その影響もあったのかもしれない。


「ええ、そこで手を差し伸べて頂いたのが楪様でした。……ですが、主様はやはり少し不安にも思われていたようです」


「……それは、本当に申し訳ありません」


 愛娘が異国の地でようやく見つけた友人が悪女……。

 そりゃ誰でも嫌だよね。


「いえ、ですが全て杞憂であったと確信致しました」


「あ、そ、そうなんですか……?」


 確信早いですね。


「ええ、あんなに楽しそうなお嬢様を見たのは初めてです。そんな楪様を疑ってしまった私の何と浅はかな事か……如何なる罰も受ける所存です」


 重い重い重い……。

 そんなの求めてませんって。


「だ、大丈夫ですよ。それが普通の反応ですから気にしてません」


「なんと心の広い……そんな楪様だからこそ、ルナ様も心を許されたのでしょうね」


「逆だと思いますけどねぇ」


「逆、ですか?」


「はい、ルナの心が広いから、あたしなんかを認めてくれたんだと思います」


「……ああ、なるほど」


 あたしはココリネさんの後ろ姿しか見れないけれど、その肩が少し揺れていた気がする。


「やはり、そんな楪様だからこそお嬢様の琴線きんせんに触れたのでしょう。これからも末永くよろしくお願い致します」


 本来、末永いお付き合いをするのはあたしではないのだけど……。


「ルナが求めてくれるなら、それには応えようと思います」


「その言葉、しかと受け止めましたよ?」


「え、あ……はい」


「お嬢様に良い報せを伝える事が出来そうです」


「……なにがですか?」


 何やらココリネさんとあたしの間で食い違いが発生している気がするのだが。

 その差を埋める間もなく、車はヴェリテ女学院に着いてしまうのだった。

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