35 採寸


 ルナに手を引かれ街の中心部を訪れると、お高そうなガラス張りのお店が現れた。

 扉の前には人が立っており、ドアマンと呼ばれる方がお客さんが来るたびにドアを開け閉めしてくれるそうだ。


「し、失礼しますっ」


「ユズキ、ここ学院じゃないからね?」


 思わず敬語で入店してしまう。

 さっそく不慣れを露見させて恥をかいた。


 お店の中はピカピカに磨かれており、内装は豪華絢爛、並んでいる商品も一つずつ空間を意識された配置になっていて、いわゆる大量生産商品の雑多な並びとは全然印象が違う。

 こんな高級な場所、場違い感が否めない。


「お待ちしておりましたマリーローズ様」


 するとスーツ姿の店員さんが訪れて、挨拶をして頂ける。

 その立ち姿は気品に満ち溢れていた。


「今日はどのような物をお探しに来られたのでしょうか?」


「今回はルナじゃなくて、この子の物を買いに来たの」


 ルナに紹介され、店員さんがあたしを見る。

 すいません、この場に似つかわしくない平凡な人間が来てしまってすみません。


「さようでしたか。それでは何をご希望ですか?」


「うん、この服と同じものをこの子に用意して欲しいの」


 ルナが自分の洋服を指差す。

 意図を察した店員さんは少し驚いたようにも見えたが、すぐに営業スマイルを張り付ける。

 あたしなんかがこんな清楚な服装、似合わないと思ってる?

 自覚はあるよっ。


「かしこまりました。ではどうぞこちらへ」


 案内されたのは個室の部屋。

 お高そうなインテリアがライティングされ、ソファが置かれている。

 

「今、担当の者をお呼びしますのでもう暫くお待ちください 」


 店員さんはお辞儀をして、部屋を後にする。

 残されたのはあたしとルナだけになった。

 VIP対応すぎるでしょ。


「ルナ……毎回買い物の度にここに通されるの?」


「そうだね、日本の支店に来るのは初めてだけど、だいたいこんな感じかな?」


「……ん、初めてなの?」


 なんか会話に違和感。


「うん、英国イギリスの本店には行ってたけたど、日本のは初めて」


「……はぁ……って、うん?」


 そうなるとちょっと疑問が。


「じゃあなんで店員さんはルナの事、知ってるの?」


「ここはママの会社の傘下、ココも連絡入れてくれたみたいだし。だからじゃないかな?」


「……ほーう」


 なんかよく分かんないけど、スケールの大きさだけは感じた。

 こんな島国にまで店舗を拡大しているブランドを手中に収めているママに、あたしの存在を知られているのか……。

 そりゃルナに粗相したら追放もされますわな。

 二度と悪女にはならないと誓おう。


「お待たせ致しました、私の方で採寸させて頂きますね」


 数分と待たずに、別の女性の店員さんが現れる。

 この待ち時間の短さにも特別待遇を感じる。


「失礼ですが、こちらに立って頂いてもよろしいですか?」


「あ、はい」


「それでは正確な数値を測りたいので、出来ればお召し物をお脱ぎになって頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」


「……え」


 それはつまり下着姿という事ですね?


「何か問題がありましたか?」


 あたしの戸惑いを店員さんが察してくれる。


「あ、そのですね……」


 ちらりとルナの方を見る。

 いや、店員さんは仕事なんですからいいんですけど。

 問題は向こうの人ですよ。


「大丈夫、ルナが見守ってるから」


 ふん、と鼻息を荒くするルナ。

 違うよ、君が問題なんだよっ。


「……いや、ちょっと見ないで欲しいというか」


「ルナは気にしてない」


「あたしが気にするんだよっ」


 なぜか自分目線で話すルナ。

 あたしの親近感ボディを、あんなお人形さんボディの持ち主に見られてたまるかっ。


「別室にご案内させて頂く事も可能ですが……?」


 店員さんのナイスアシストが入る。

 そうだね、あたしは別室で店員さんと二人きりにさせてもらおう。


「大丈夫、ここでいい」


「どうしてルナが返事するのかなっ!?」


 あたしは見られたくありませんのよっ。


「かしこまりました」


「店員さんっ!?」


 忖度だっ!

 親会社の令嬢に逆らわないように、あたしの意見が無視されているわよっ。

 ……まぁ、そりゃそうかっ。

 社会の非情さを垣間見たような気もしたが、冷静に考えたらこんな場所に好意で連れて来てもらって何言ってんだあたし、だよね。


「どうしても嫌でしたら、カーディガンだけ脱いで頂ければ後は服の上からでも可能ですので……」


 よかった!

 ゆずりは柚稀ゆずきの薄着がこんな時に役立つなんてっ!


「じゃあ、カーディガンだけ……」


「大丈夫、ユズキは下着姿になる」


「ルナっ!?」


 だから勝手に決めないでもらえるかなっ。


「かしこまりました」


「店員さんっ!?」


 どうしてするすると服を脱がしているのかなっ。

 しかもすっごい上手だねっ、これがハイレベルな接客かっ。







「はい、それでは次にバストを測りますね」


「……はい」


 いや、もう何も言うまい。

 あたしは下着姿になってしまったが、別にこれは必要な事をしているだけだ。

 あたしが恥ずかしいと思うから恥ずかしいのだ。

 服を仕立てる為に採寸する事に、何を恥じる事があるだろう。


「それでは失礼します」


 メジャーが胸の上に巻き付く。

 じーっと目盛りを見る店員さん、その後ろに目を細めて数値を見ようとする人がもう一人……っておい。


「ルナ、何見ようとしてんの」


「ん……えっと……そう、ちゃんと測れてるのか心配してね?」


「変な間があったぞ」


 あたしの胸のサイズは絶対に教えないぞ。


「……はっ、すみませんっ」


 手がぶるりと震えてメジャーを落としてしまう店員さん。

 彼女もプロだろうに、こんなミスをしてしまうのは大物令嬢が監視しているせいだ、絶対。

 “ちゃんと測れてるのか心配”って、店員さんからしたら絶対プレッシャーだろうし。

 本人も悪気はないから誰も悪くないのがこれまたややこしい。


「大丈夫、ルナは気にしない」


 そう言ってメジャーを拾い上げ、あたしの方を見るルナ。

 なんでこっちを見る?


「店員さんは休んでて、代わりにルナが……」


 メジャーを持ってあたしの胸に手を伸ばそうとするルナ。

 もちろん、あたしはその腕を掴んで阻止する。


「……なにユズキ」


「いいわけないよね?」


「大丈夫、ルナは慣れてる」


「そういう問題じゃないから、店員さんに返してっ」


 頑なに譲ろうとしないルナだが、この一線だけは守るからねっ。


「……ユズキの意地悪、ちょっとくらい教えてくれてもいいのに」


「それ逆の立場ならどうするのさ」


 聞く方は簡単でも、教える方はハードル高いんだぞ。


「ユズキはルナの体を知りたいの、いいよ? 店員さん、ルナのも改めて測って……」


「ああ、いい! ウソウソっ、大丈夫だから! 店員さん、それよりあたしの早く測って下さい!」


 くっそー。

 知られても気にならないくらい立派な人はいいですねっ。

 同じ土俵で考えていたあたしが間違えてましたっ。

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