28 当選結果
「
当選結果が掲示されている張り紙を見に、あたしと千冬さんは一緒に足を運んでいた。
掲示板にはしっかりと“副会長 涼風千冬”と書かれているのを見てあたしは喜びて飛び跳ねた。
「え、ええ……」
そして当の本人は喜びよりも安堵が勝ったのか、呆然と張り紙を見つめ続けている。
「よ、良かった……本当に良かったっ!」
「むしろ貴女の方が喜んでいるわね……」
もしかしたら千冬さんの尊厳を踏みにじってしまう恐れがあったのだ。
涼風千冬の物語を根幹から覆してしまうような出来事だったのだから、それを回避できた喜びは大きい。
「あはは、良かったね二人とも」
そこに寛容な笑い声で話しかけてくる人がいる。
「
千冬さんがぽつりと呟くと、腕を組んで微笑んでいるのは
「おっと
「……はあ、そうですか」
むすっとする千冬さんだったが、それも仕方ない。
羽金先輩は見事に生徒会長に当選していた。
晴れてここに生徒会長と副会長のヒロインが誕生したのだ。
「言っておきますが、この当選は私と
ああ……千冬さん。
そこであたしの名前を出してくれるのはすごく嬉しいけど、きゅんとしちゃったけど。
でも、羽金先輩の力添えは大きかったよ。
あのままじゃ厳しかったと思うのは、あの場にいた全員が肌で感じ取っていたはずだ。
「ふふ、勿論さ。君たちに力がなければ当選するはずもないからね」
しかし、嫌な顔せず朗らかに認める羽金先輩。
大人すぎる。
「君には期待しているよ、一年生のルーキーがこの学院の代表になるのは大変だと思うけど、努力する価値は十分にあるはずだ」
「言われなくてもそのつもりです」
「はは、余計なお世話だったかな」
刺々しい千冬さんに対して、大らかな羽金先輩。
対象的な二人だが、この二人によってヴェリテ女学院歴代最高と謳われる生徒会執行部が発足された日になるんだよなぁ。
うーん。しみじみ。
「その節はどうもお世話になりました」
千冬さんが一切の感謝を述べないので、あたしがお礼を言葉にしとく。
これで生徒会と絡むのは最後になるだろうから潤滑油くらいにはなっておこう。
「ん……? あはは、驚いた。やはり噂というのはアテにならないものだね。君がすぐに感謝を述べる人物だとは思わなかったよ」
「改心したんです」
なんせ中身が違いますから。
生徒会長に嫌われるリスクなんて取りたくないし。
「うん、やっぱり君は面白いね」
「ど、どうも……」
羽金先輩、なんていうか人として出来上がりすぎて若干怖いな。
王者のオーラが溢れすぎてあたしには眩しすぎる。
「それで、羽金会長。リアンの事ですが……」
そこに割って入るように千冬さんが問いかける。
リアンとは言わゆるルームメイト。
彼女がその事を尋ねるのには当然、理由がある。
「ああ、うん、リアンがどうかしたかな?」
「早速ですが、私とリアンになる手続きを進めてよろしいでしょうか?」
ヴェリテ女学院では代々、会長と副会長がリアンを組むのは伝統となっていた。
学院の代表である二人が日常生活を共にし絆を深めるのは、学院にも良い影響をもたらすと考えられているからだ。
生徒会役員の初仕事は、このリアンの承認だと言われている。
「うん、その手続きは必要ないよ」
「……はい? えっと、それはどういう意味でしょうか?」
「言葉のままだよ。私は君とリアンを組むつもりは無いと言う事さ」
「……は?」
千冬さんの表情が凍る。
怒ってる、めっちゃ怒ってるやつだ……!
「私はね、今は誰ともリアンを組む気は無いんだ。それじゃまた生徒会室で会おう涼風君」
「あ、ちょっと……!」
手を伸ばす千冬さんだったが、その手は届かない。
羽金先輩は風を切るように歩き去っていったからだ。
「……羽金……麗……!!」
千冬さん、怖いから呼び捨てやめて。
◇◇◇
「許せない、許せない、許せない、許せない……」
隣で呪文のように唱えるのは千冬さんです。
ガリガリと爪をかじっている姿は負のオーラが充満していて、怖いです。
「ち、千冬さん……そんな怒らないで」
かと言って無視するわけにもいかず、あたしは当たり障りのない言葉を口にする。
「怒ってないわよっ!」
「怒ってる人の態度なんですけどぉぉ……」
言われて自分でもハッとしたのか、バツが悪そうに千冬さんは目を伏せる。
「ごめんなさい、完全に八つ当たりだったわ……」
「あ、いや、いいんだけどさ。そんなに羽金先輩とリアンになりたかったの?」
「個人的にはなりたくないわよ、あの人とは合わなさそうだもの」
まあ、でしょうね。
見ているだけのあたしでもそう思うもん。
「でも問題は私個人の感情じゃないの。歴代、会長と副会長はリアンになってきたのよ? それを今、覆されたら生徒はどう考えると思う?」
「うーん、仲悪いのかなぁって思うかも」
「ええ、それもあるでしょう。でも私にとって問題なのは、“会長に実力不足で認められていない”なんて、レッテルを張られる事なのよ」
実はこの展開、知っております。
羽金先輩が千冬さんとのリアンを拒むのは原作準拠の流れなので、あたし個人としては驚きはなかった。
千冬さんの懸念も最もなのだが、この二人はそんな前例など結果で覆すので杞憂で終わるんだけどね……。
とは言え、今の千冬さんにとっては重要な問題である事には変わりない。
なにせ彼女には一年生というハンディキャップに生徒会も未経験。
そこに前例のないレッテルをプラスされるのは、リスクに感じて当然だ。
「大丈夫だよ、きっと千冬さんの事を知ってくれたら問題は解決するはずだよ」
その頃にはリアンがどうのこうの関係ないくらい二人の改革が絶賛されるからね。
あまり思い悩むでない。
「……ありがとう、いつも貴女には支えられているわね」
落ち着きを取り戻したのか、しゅんとなりながらも千冬さんは冷静な声で語り掛けてくる。
「いいってことさ、元責任者だからね」
「選挙が終わってまでその役職の名残を残しているのは貴女くらいね」
なんてふざけ合って、からからと笑い合う。
「あ、いましたー。探してたんですよ!」
すると、どこからともなく陽気な声が響く。
「涼風さん当選おめでとうございます! 楪さんも責任者お疲れさまでした!」
相変わらず素直な子だね。
「ありがとう、お陰で当選できたわ」
「はい! 素晴らしかった涼風さんに投票しましたからねっ!」
うんうん、責任者はあたしがやってしまったけれど。
これから先はヒロインの千冬さんとも仲良くやってね明璃ちゃん。
あたしも仕事をやり終えて、ようやく一息つけそうだ。
「それにしても生徒会長の羽金麗さん、立派な演説でしたねぇ」
「……ん?」
その明璃ちゃんの発言でふと、あたしは気付いてしまった事がある。
「……あれ、そういえば
「いえ? ありませんよ?」
「……だよね」
あ、まずい。
あたしが責任者に専念しすぎて忘れていた。
さっきのイベントが、本来であれば小日向明璃と羽金麗の出会うシーンだったのだ。
だが実際に、その場にいたのは誰でしょうか?
……そう、あたしだねっ!
「よし、今すぐ羽金先輩と話しに行こう」
ガシッと明璃ちゃんの腕を掴む。
「え、な、なんでですかっ!?」
抵抗する明璃ちゃん。
「会って話してみたいでしょ? あたしはそうするべきだと思う」
「い、いえ……! 恐れ多いですっ! 困りますっ」
「あたしの方が困るのよっ」
「楪さんっ、言ってる事が滅茶苦茶ですよっ!?」
ヒロインとの出会いをスキップする主人公なんて許されないのよっ!
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