27 生徒会選挙
壇上へ上がり、演台の前に立つ。
マイク越しに全校生徒の視線が注がれ、空気が静まり返っている事に息を呑む。
こんな状況で数々の立候補者が演説をしていたのかと思うと頭が下がる。
あたしはマイクの位置を調整し、一呼吸おいてから話し始める。
「初めまして
当然だが、あたしが話す声以外に講堂に響く音はない。
自分一人で話し続け、この言葉が皆に届いているのかという不安がよぎる。
この日の為に準備してきた文面を淀みなく言う事は出来ている。
「――以上です。是非、涼風千冬に清き一票をよろしくお願い致します」
頭を下げ、演説は終わりを迎える。
「……え」
静寂が支配していた。
本来であれば起こるであろう拍手は、あまりにまばらで耳を澄まさなければ聞こえない程だった。
誰がどう聞いてもあたしの時が最も反応が薄かった。
この学院の生徒が、公然と非難や野次を入れる事はない。
その代わりにあるのが、この無反応。
反応しない事による、存在否定。
暗に、楪柚稀はこの場にふさわしくないと言う全体の共通認識を叩きつけられた。
「……っ」
手足が冷たくなったような感覚。
呼吸もどこかままならないまま、息苦しさだけを覚えて壇上を下りる。
分かっていた。
こうなる可能性がある事は、想定していた。
それでも、甘く考えすぎていたのかもしれない。
あたしの事をよく見ていてくれる人達の中にいすぎて、見失っていたのかもしれない。
過去の出来事は覆せないように、楪柚希の行為もまた簡単に消し去る事は出来ないんだ。
「
流石の千冬さんもここまでの反応は想像していなかったのか、あたしに対して掛ける言葉を失っているようだった。
「ごめん、千冬さん。あたし足引っ張った……」
やはり、変なプライドなんて出さずに
そうすれば今より悪い状況には有り得なかったはずだ。
あたしの驕りがこの状況を作り出してしまったんだ。
「大丈夫よ、楪。これくらい何ともないわ、後は私に任せてちょうだい」
そう気丈に振る舞って千冬さんが壇上へと上がっていく。
でもさすがに誰だって分かる。
この状況を望む人はいない。
それでも大事な場面では責めるような事をしないのが涼風千冬という人間なんだ。
「ダメじゃん、あたし……」
こんな時でも、心配を掛けさせてしまった。
本当ならもっと安心して出て行きたかったはずだ。
あたしは席に着くと呆然としたまま、千冬さんの話す声すらも耳を通り抜けていった。
「――以上になります」
演説を終えて、千冬さんが頭を下げる。
千冬さんの演説内容は、多少の変化はあったものの概ね原作通り。
要点をまとめつつ、どこか情熱が垣間見える彼女らしいものだった。
ぱらぱらと、まばらな拍手が講堂に響いた。
それでも、この程度。
原作では拍手喝采だった。
それが今ではどの候補者よりも少ない反応になってしまっていた。
演説内容に違いがないのであれば、違いはあたしでしかない。
この変化はあたしによってもたらされたものだ。
「出来る事はやったのだから、後悔はないわ」
戻って来た千冬さんに、そう慰められる。
けれど、そんはなずはない。
彼女が誰よりもその座に就く事を望んでいるのだ。
それをあたしという存在によって塗り換えられてしまったのだ。
「千冬さん、ごめん、あたしのせいで……」
「結果はまだ分からないわ。それに貴女を選んだのは私で、貴女に不満がないのも本当よ。だから気に病む事は何一つもないわ」
「……でも」
「いいのよ」
そう言いながら、千冬さんは拳を強く握り込んでいた。
スカートがシワだらけになってしまいそうな程に。
黙って悔しさに堪えている姿に、あたしはそれ以上何も言う事が出来なかった。
座っているだけの耐え難い時間が続く。
他の候補者の演説は、まるで耳に入らない。
永遠のような時間だった。
「――私が生徒会長に立候補させて頂きました
空気が変わる。
戦意喪失したあたしでも分かるほどに、空気が張り詰めていた。
誰もが注目する存在、金髪の少女 羽金麗。
彼女は利発的な顔立ちで、雄弁な語り口調でありながら一石を投じるような導入で演説を始める。
彼女の人気と実績を鑑みれば、そんな導入など必要なく、教科書通りで問題なく当選出来るはずなのに、だ。
「勿論、この学院の伝統と格式には誇りを持っています。その名を汚さぬよう私も邁進して来たつもりです」
この学院の生徒に彼女を否定出来る者はいない。
二年生にして生徒会長としての実績を積んだ彼女以上に、この学院の尊厳を語れる存在はいないからだ。
「ですが、今日の生徒会選挙は散々たるものです。この学院の歴史に泥を塗るような恥ずべき事態が起きています」
それは……あたしの事を言っているのだろうか。
本来いるべきではない存在が壇上に上がってしまった、と。
「誰と名指しをするつもりはありません。けれど素行不良とされる責任者、そして未だこの学院の歴史の一端しか知らない副会長立候補者……これは前例のない出来事です」
やはり、あたしと千冬さんの事じゃないか……こんなの晒し上げだ。
講堂の空気も浮足立つ、公然とあたしを断罪する事を皆が期待しているんだ。
元よりあたしはヘイトを買っているのだから、これなら大衆心理も簡単に味方につける事が出来る。
さすが羽金麗、盤石の地位であっても抜け目なく容赦もない。
これが強者なのだと思い知らされた。
「……ですが、それの何がいけないのでしょうか?」
え、あれ?
そうかと思えば、今度は疑問を投げかけていた。
てっきりこのままボロカス言われるものと思っていたのに。
「素行不良の者が心を入れ替え、学院の為にその身を捧げる。学院の歴史を知らない者がその歴史を作ろうと立ち上がる。この勇気を尊ばずに何がヴェリテ女学院の誉れある生徒なのでしょうか?」
思っていた方向とは真逆の展開に、講堂内もどよめき始める。
「善良な者が善良であり続ける事は価値はあれど難しくはありません。ゆえに、その在り方を正そうと変革を起こしている人にこそ、学院の
生徒全員に対する非難ともとれる演説。
そうでありながら、その言葉に誰もが圧倒されていた。
「……なんて、私如き未熟者が偉そうな事を言える立場ではない事も重々承知しています。ですからどうか、澄んだ眼でこの学院の代表に成るにふさわしい者を見定めて下さい。そんな博愛の志を持つ貴女達こそ、このヴェリテ女学院の未来を担っていくのだと私は信じています」
そう言い切ると柔らかな笑みを浮かべて、羽金麗は頭を下げる。
最後には生徒全員を認める事で、目が覚めたと言わんばかりの拍手喝采が起きていた。
カリスマ――それを体現するのが羽金麗だった。
だけど、どうしてこんな展開に……?
「ふふ、どうだい楪? 私は言っただろう?」
「え、ええ……?」
あたしの前を通りかかった羽金麗は足を止め、余裕気な笑みを浮かべて語り掛けてきた。
「“そのまま前進するといい。それが出来れば涼風君の当選を手繰り寄せるきっかけになるかもしれないよ”……と、私は君に言ったと思うよ?」
「……ああ」
言ってたような言ってなかったような。
「はは、仮にも当選確実とされる私の言葉を話半分で聞く人がいるんだね」
「すいません」
なんか羽金先輩は楽しそうに笑っている。
「いや、いいさ。大事なのは君の頑張りだ。私は君が前進しているの知っていたからね、それが無粋な色眼鏡のせいで不当な評価にならないように改めさせてもらっただけさ」
「あ、ありがとうございます……」
でもあのままなら確実に落選だった。
首の皮一枚を羽金先輩に助けられたのは間違いない。
「涼風君、君が優秀なのも知っている。その力は私の右腕になるにふさわしい、落ちぶれるには勿体ないよ」
「……随分、上から言うじゃない」
千冬さんっ!?
そこは素直に感謝を言葉にしましょうよ!
「あははっ、結構結構。この学院の生徒は綺麗にまとまりすぎている。君たちのような破天荒さが今求められていると私は信じているからね」
なんて、豪快に笑って羽金先輩は去っていったのだった。
翌日。
あたしは千冬さんの副会長当選の吉報に、狂喜乱舞するのだった。
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