24 隣人を愛しましょう
「お願いしまーす」
「……ごめんなさい」
お昼休み。
ポスター張りの次は、ビラ配りである。
あたしの手元にあるA4用紙には、ポスターよりもう少し細かい情報を提示しておいた。
意味があるかどうかは分からないが、使い回しと思われるよりはやる気があると思われるのではないかと判断したのだ。
これも勿論、
『ビラに千冬さんの画像載せてもいい?』
『何でポスターが駄目と言われたのに、ビラだと良いという発想に至るの?』
『大勢に見られないならいいのかなって』
『多くの生徒に配ったら大勢と同じでしょうが』
『欲しがる生徒いっぱいいると思うよ』
『……いいから、私の画像はなしで作ってちょうだい』
まんざらでもないようなのに、どうしてか断る千冬さん。
仕方なしに今回もイラストや文章で勝負である。
しかし、ポスターとは違う問題が発生していた。
「お願いしまーす」
通りかかった生徒の前にビラを差し出す。
「……あ、失礼」
しかし、ぺこりと会釈はされるも、あたしとはかなり距離を取ってから素通りされる。
ビラはあたしの手に残ったままだ。
「くそぅ……
基本的に“楪柚希には近づきたくないし、物を受け取るなんてもっと嫌”なのである。
だから、そもそも生徒はあたしから距離を取って通っていくし、声を掛けてもさっの様なよそよそしい反応で断られる。
「あと、結構メンタルに来る……」
知らない人に声を掛けるのってそれなりに勇気がいる。
しかもあたしは好かれていないと分かっていながらは余計にだ。
それがたくさんの人から事実して跳ね返ってくるので、その度にメンタルが削られていく。
「だけど、これはあたしがやらないとなぁ……」
配るだけなら手配りでない方法もあるだろうけど。
“楪柚希が活動している”事を目にしてもらうのにも意味がある。
楪柚希が改心して活動している事と、千冬さんのアピールを同時にこなさせれば、効果としては単純に2倍だ。
しかし……。
「貰ってくれないんじゃ、ゼロに等しい……」
いや、むしろまたおかしな行動をしているという噂だけが広まるかもしれない。
あたしの活動内容がちゃんと広まらないとむしろ逆効果まである。
これはまずいと焦りばかりが募る。
「お願いしまーす!」
えいや! と、今度は押しを強めにして差し出してみる。
楪柚希の評判が悪い事を考慮して抑えめで活動していたが、こういうのは熱意だ。
熱意を見せればきっとそれが伝わってくれるはず……!
願いよ届けと、ビラに想いを乗せる。
「あ、ありがとうございますっ」
「……う、受け取ってもらえた?」
何とビラを受け取ってもらえて、感謝の声まで。
ほ……ほら、やっぱり!
こういう熱意ってのはちゃんと伝わるんだっ。
あたしの心の声はちゃんと届いたんだよっ。
「ところでコレは何でしょうか、
「
元気良く受け取ってくれたのは明璃ちゃんだった。
こんな事を思ったら良くない事は分かってるんだけど……。
い……意味ないっ!
「はい、明璃ですっ。拝見しましたが、コレは
「ええ……そうなの……今配っているところなの」
「あれ、どうして楪さんの元気が無くなっているんですか?」
「いや、記念すべき一人目が小日向だったから……」
「いいじゃないですかっ!」
まぁ……いいんだけど。
明璃ちゃんは当然あたしの事も千冬さんの事も分かっているから。
このビラの目的としては何一つ達成されないのだ。
「でも良いイメージトレーニングにはなったかな、ありがとう」
「イメージトレーニング?」
「ビラを受け取ってもらえるイメトレ」
「そんなイメトレが必要な活動でしたっけ!?」
「あとメンタルも少し回復した」
「楪さん、ビラ配りに大変苦労されてるんですねっ!?」
あわあわと明璃ちゃんが慌てる。
君がそんなに慌てる事でもないんだけどね。
「やっぱりね、あたしが配ると皆逃げちゃうんだよねぇ」
「そうなんですか?」
「そうなの、現実問題受け取ってくれたのは小日向だけだし」
「なるほど……」
何か考え事をするかのように顎に指を当てて首を捻る明璃ちゃん。
「でしたら、わたしも手伝いますよ。そのチラシ分けて下さいっ」
にこっと微笑みかけてくれる明璃ちゃん。
いい子や……と一瞬感動するが、考えをすぐに改める。
「……いや、これはあたしの手で配らないと駄目なの」
「そうなんですか?」
「うん、千冬さんの選挙活動を知ってもらうのと同時に、あたしが真面目にやってる事もアピールしないといけないから」
「なるほど……そういう事でしたか」
ふむむ、と口をへの字にする明璃ちゃん。
ありがとう、手伝ってくれるその気持ちだけで嬉しかったよあたしは。
「でしたら、楪さんが直接渡せるように手伝えばいいんですねっ!」
「え、まぁ……そうだけど」
それが出来ないから苦労しているんだけどね。
「分かりました、ではちょっと行ってきますねっ」
「え、うん……?」
すると、ニコニコ笑顔で明璃ちゃんはあたしの元から離れて行くのだった。
「すいません、ちょっとお時間よろしいですか?」
「はい?」
通りかかった生徒に明璃ちゃんは笑顔のまま話しかける。
「わたし転入したばかりで先生に聞かれても答えられなかったのですが、ヴェリテ女学院 学生心得の第一条ってご存じですか?」
「嫌ですわ、それくらい頭に入れておきなさいな。“ヴェリテ女学院の生徒たるもの、博愛の心を以て隣人を尊ぶべし”……ですわ」
「あわわ……す、すみません。そんな事も分からなくて」
「構いませんけれど、貴女もこの学院の生徒たるにふさわしい志で過ごして下さいね」
「はい、勉強になります」
上級生に少し叱られるような不安はあったものの、明璃ちゃんの生来の純粋さがすぐに伝わったのか、すぐに心を許したようだった。
しかし、コレが何なのだ……?
「あ、ところでなんですけど。今そこで楪さんが選挙活動のチラシを配られているんです」
「え……楪って……あの、楪柚希……?」
明璃ちゃんの紹介であたしを見つけた上級生はいかにも怪訝そうな表情を浮かべた。
みんなその表情であたしを素通りして行くからね、もはや慣れっこよ。
「はい、ですが誰も受け取ってくれないみたいで困ってるみたいなんです」
「……そう。それは自業自得……」
「先輩、第一条“博愛の心を以て隣人を尊ぶべし”……でしたよねっ!」
「え……あ……」
「まさかそんな立派な志を持つヴェリテ女学院の生徒が、一生懸命に選挙活動をしている後輩を無視したりなんてしないですよねっ!」
「……あ、と、当然じゃない」
すご……。
明璃ちゃんはニコニコ笑顔のままなのに、上級生はその態度に圧倒されていた。
渋々ながらも上級生はあたしの前にやって来る。
「い、頂けるかしら……」
しかも、向こう自ら声を掛けてくれるという奇跡まで発生。
「あ、ありがとうございますっ。是非、涼風千冬に清き一票をお願いしますっ」
「……考えさせて頂くわ」
ビラを受け取ってもらえた。
「やりましたねっ、楪さんっ!」
見守ってくれていた明璃ちゃんがあたしの元に戻ってくる。
「あ……ありがとう小日向。す、すごいね」
「いえいえ、わたしって昔からおっちょこちょいに見られがちなので、上手くやると良いように転がったりするんですよねっ」
あははー、と何でもないように笑っているがだいぶそれって人間としてレベル高くない?
一般的に短所と思われるような部分を、自分で強みにコントロールしてしまっているのだから。
「さ、この調子でじゃんじゃん行きますよー」
「い、いいの……?」
「はい、他ならぬ楪さんが困っているんですから、これくらいは当然です。楪さんは隣の席なので“隣人”ですからねっ!」
うん……合ってるけど、間違ってるよ?
やっぱり天然……なのか?
「あ、ありがとう……」
この後、明璃ちゃんの尽力もあってビラは全て配り終える事が出来た。
こ、これが悪女を退く主人公の力ということ……?
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