23 トライアングル
「あいたた……」
残りの休日はあたしの腰の療養に当てる事になった。
結果としては寝ているので、ある意味当初の予定はクリア出来たとも言える。
いや、そこまでポジティブに変換する必要もないかな……。
「ぐぬぬ……」
迎えた平日の朝。
とは言え、腰痛がすぐに治るとは限らない。
まだ微妙に痛む腰を擦りつつ、あたしは学院内の掲示板にポスターを張り付けていた。
「ごきげんよう、ユズキ」
「あ……おはよう、ルナ」
すると、あたしに声を掛けて来てくれたのはルナだった。
朝の陽ざしに照らされて光に反射した銀髪が光り輝いて、もはや神々しさすら帯びている。
「相変わらず、ビジュが爆発してるね」
「ちょっと、ユズキ……朝から大胆……」
「この学院がSNS禁止じゃなかったら即バズってるよ」
淑女を育むヴェリテ女学院の生徒はSNSでの発信は禁じられている。
もしこの校則を破ろうものなら最悪退学らしい。
ゲーム設定とは言え、ここまで時代に逆行するのは清々しさすら感じる。
「そんな事しないし、誰も見ないから……」
「謙虚だねぇ……」
やめてと言うばかりで反応に困って視線を右往左往させるルナ。
あたしの戯言にこんなに真剣に反応してくれるなんて、良い子だなぁ……。
「それ、何やってるの?」
ルナ自身がこの話題に触れられるのを避けたかったのか、あたしの行動に触れてくる。
露骨な話題転換だったけど、あまりしつこいのもよろしくないと思ったので素直に応じる。
「選挙ポスター、
「へぇ……そんな事するんだ」
ヴェリテ女学院ではあまりこういった掲示物を張り出す候補者はいないらしく、掲示板にも余白が余っているのを発見したあたしは試しにポスターを作ってみたのだ。
ちなみに千冬さんには当然、相談済みである。
『選挙ポスターにさ、千冬さんの画像も乗せていい?』
『嫌よ』
『え、何で? 絶好のアピール場面じゃん』
『恥ずかしいじゃない、大勢が通る廊下で私の写真が張り出されるのは……』
『あはは、ヴェリテ女学院きっての大和撫子が何を言ってるのやら。その容姿で恥ずかしかったら誰も外歩けないよ』
何だったらゲームパッケージの表紙に、あなたいますよね?
なんてメタ的な事も言いたくなってしまった。
『……
『煽てる? 客観的事実なんだけど』
『……と、とにかく、駄目ったら駄目なのよっ』
『へーい』
と、そこまで嫌そうでもなかったのに嫌がる不思議な千冬さんなのであった。
仕方ないので図やら文章やらで構図を工夫して作成し、今日こうして張る事にしたのだ。
「どうルナ、このポスターの感想は?」
とは言え、一人で勝手に作ったものなので自信があるわけでもない。
客観的な意見、それもセンスがあるであろうルナの意見を聞いてみたくなった。
「うん、不快」
「辛辣」
「破っていい?」
「絶対駄目だからね?」
綺麗な笑顔で恐ろしい事を言うのであった。
というか評価最悪じゃん……あたしの休日の努力が……。
「ごめん、言葉足らずだった。ポスターとしての見栄えは良いと思う、色使いも綺麗でレイアウトも工夫されてるし」
「ベタ褒めじゃん、それが何で不快なの?」
上げて下げての高低差がすごすぎる。
「ネームが気に入らない」
ルナが指差した名前は“副会長立候補者 涼風千冬”の文面だった。
「クラスメイトだよ、仲良くしようよ」
「ただのクラスメイトなら応援するけど、スズカゼはユズキを酷使してるから。あまり印象は良くない」
そうかぁ……あたしの事を庇ってくれるのは嬉しいけれど、ヒロイン同士でも仲良くして欲しいんだけどな。
やはり主人公を巡って争い合う関係性と言うのは、どこまで言っても相容れないのかもしれない。
「それと、この前の見た目の印象を変える話はどうなったの?」
「ああ……」
すると、いつも通りの茶髪に巻き髪のあたしを見てルナは首を傾げる。
黒髪ウィッグは演劇部、眼鏡は明璃ちゃんに返却済みだった。
「千冬さんに見た目は今まで通りで、地道な積み上げで印象を変えた方がいいって言われてね」
「……ふーん」
あ、あれれ……。
ルナの瞳がちょっと険しくなったような……。
「へー、そーなんだ、ふーん」
「えっと、ルナ? どうかした?」
「別にどうもしない」
「……ど、どうもしないと言う割には、目つきが怖い気がするんだけど……」
美少女が怒ると怖いよね。
「でもルナが怖くても、ユズキはスズカゼを優先するんだもんね?」
「え、いや、これは優先とはそういう話ではなくてだね……」
あれ、なんかこんな感じの展開、前にもあったような……。
あ、千冬さんのルナに対する反応の時の逆バージョンか。
あたし板挟みじゃん。
「ルナの方が先にアイディア出したのに、否定するだけのスズカゼの意見を聞いたんだもんね?」
「え、いや、だからこれは……責任者として立候補者の判断に従ったと言いますか……」
「ふーん、じゃあやっぱりスズカゼは立場に物を言わせてユズキに言う事聞かせてるんだね」
「あ、や、そうじゃないんだけど……」
え、どうしたらいいの。
確かに現状、あたしは千冬さんの意見を尊重してしまっている。
でもだからと言ってルナの意見を否定したかったわけでもない。
しかし、決して千冬さんの一方的な圧力によって屈したとかそういう歪な関係というわけでもない……はずだ。
「ユズキ、曖昧。ちゃんと答えて」
「……はう」
口をへの字にしたルナは指先でツンツンとあたしの胸元を何度か突く。
何だその可愛い仕草、反則じゃんっ。
「ま、まぁ……ちょっと離れようか、ルナ?」
何度もツンツンされていたら可愛さで頭がおかしくなってしまうかもしれない。
正常な判断を下すために、あたしはバックステップを踏んでルナとの距離を取った。
……のが、良くなかった。
「あ、あたたっ」
急にバックステップなんて反射的な動きをするものだから、動作の衝撃で腰に響いてしまった。
せっかく収まりかけていた腰にビリリと電流が走る。
「え、大丈夫ユズキ、どうしたの腰を抑えて」
「あ、うん、ちょっと休みの朝に千冬さんと……」
あ、まずいな。
このまま“ボランティア部で雑草取り”なんて言ったら、また千冬さんがあたしを酷使していたと誤解されちゃうな。
これ以上二人の仲を悪化させたくないし……何かここで上手く言い換えないと……。
「スズカゼと?」
「ちょっと運動しちゃってさ。いやー、千冬さんも積極的だから……」
「……え?」
あれ、ルナの顔から急に血の気が引いていく。
ん、まずいな。
なんかミスったな、あたし。
「スズカゼが強引に朝まで……腰が痛くなるくらい?」
「あ、ちがう、ルナ? なんか分かっちゃったけど、それ以上は駄目だよ? ここヴェリテ女学院だから、淑女を育む学院だから」
「……■■■■■■■!?」
「おっと、急に英語で喋らないでね。あたし英語全然分かんないから何言ってるか分からないはずなのに、なぜか伝わってる気がするからやめようね?」
誰か、この板挟み状態を抜け出す方法を教えてください。
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