25 花は咲かずに炎が燃える


「さぁ、明日はいよいよ生徒会選挙本番になるわ」


 休み時間、啖呵を切るように千冬ちふゆさんがその言葉に熱意を込める。

 

「……本当、来るね、明日が……」


「何よ歯切れが悪いわね」


 反対にあたしはブルーな気持ちになっていた。

 そんな憂鬱を千冬さんにすぐ見抜かれるわけだが。


「あんな大舞台立った事ないから……普通に緊張する」


 そう、あたしは前世を含め大舞台に立った経験がない。

 数分の間とは言え全校生徒の注目があたし一人に集まるのかと思うと、それだけで胃がキリキリとした。


「街頭演説であれだけ大見得きったのだから、今更じゃない」


「違うんだよ千冬さん、アレは何もした事なかったから出来たんだよ」


 あの時は、まだ“責任者になっちゃった!”テンションで良く悪くも当事者意識が薄かった。

 だが今はどうだ。

 ゆずりは柚稀ゆずきのイメージ改善のため、見た目から悩み、ボランティア活動に参加、ポスター張り、ビラ配りまでやった。

 これらをやったから偉いとかそういう事を言いたい訳じゃない。

 ただ、これだけ準備すると、それ相応の結果が出せるのか?

 という自問自答が始まり、それが当事者意識に変わってプレッシャーになるのだ。


「ああ……なるほどね。結局当選するしないは私事でしかないのだから、頼んでおいて言う事ではないけれど、貴女はあまり気にする必要はないのよ」


「……いや、そういうわけにはいかないんだよ」


「貴女の頑張りはちゃんと伝わっていたわ」


「それでも結果が伴わないと駄目なんだっ」


 ヒロインである千冬さんの当選は絶対だ。

 これはフルリスにおいて絶対のイベント、例外はない。

 これがあたしのせいで落選なんてしようものならどうなるだろう。

 影に隠れているであろう涼風千冬すずかぜちふゆファンが、あたしに対するヘイトを溜め込んで学院追放に向かっていくかもしれない。

 色んな意味を込めて、このイベントは絶対に逃すわけにはいかないんだ。


「……何よ、そこまで私の事を気に掛けてくれているのね」


「そりゃそうでしょ、ここ最近は千冬さんの事しか考えてないよっ」


「こ、困るわね……公私はしっかりわけてちょうだい」


「もはやあたしにとって千冬さんは公私共に重要なんだよっ」


 公:責任者

 私:フルリスファン

 ほらねっ!


「ちょ、ちょっと……そこまで大っぴらに言うものではないわ……」


 しかし、あたしの発言に躊躇いがちな千冬さん。

 何を言ってるんですか、これが事実なんですから仕方ないんですよ。


「オフィシャルとプライベートどっちも……? スズカゼ、どういうこと……?」


 しかし、それを聞きつけたルナが反応。

 ここ教室であたしの席だからね、ちょっと軽率に話しすぎたかなっ。


「ルナ・マリーローズ……部外者は口を挟まないでもらえるかしら?」


 案の定、千冬さんとバチってしまう。


「へえ、生徒会活動は生徒が口を出したらダメなんだ。それって矛盾してない?」


「いいえ、大衆だけでは意見がまとまらないから取り仕切るトップ層の人間が必要なの。貴女のようなクレーマーばかりを相手にしていたら、議論が前に進まないでしょ?」


「そんなスズカゼのような暴君が誕生しないために、生徒会選挙があるんでしょ?」


「貴女のような人にも投票権があるのだから、制度にも必ず落とし穴があるのね」


「スズカゼのような人でも立候補が出来るなんて、もっとハードルを高く設定すべき」


「「……はあ?」」


 ……ひ、火花がっ。

 火花が散っているっ。

 どうしてあなた達は仲良くできないのかなっ。


「腰が痛くて動けなくなるくらい責任者を酷使する立候補なんて聞いたことない」


「あ、あれは……ゆずりはが必要以上に張り切るからよ」


「ほら、他責。そんな人が大勢を束ねるリーダーになれると思えない」


「ふ……ふん、貴女に人望がないからって私を蔑むのは止めてもらえないかしら?」


「じ、人望……?」


「そうよ、貴女には自分のために動いてくれる人が身近にいないから私が眩しいのでしょ? 孤独なルナ・マリーローズ」


「こ、孤独って……。こ、この独裁者っ」


「ど、独裁って……ふ、ふんっ、貴女一人では独裁すらも出来ないものねっ」


 止まらなーい。

 舌戦が止まらないよぉ。

 止めたいけど、どうしていいか分からないよぉ。


「お二人は楪さんの事で喧嘩しているんですかね……?」


 隣の明璃あかりちゃんがヒソヒソと話し掛けてくる。

 彼女も慣れてきたのか、困ってはいるが焦る様子はない。


小日向こひなたが止めてよ」


「無理に決まってるじゃないですかぁ……」


「ほら、この前のビラ配りの時みたいに上手いことやってさ」


「アレはたまたまと言うか……楪さんのフォローがあったから出来ただけですよ」


 いや、あたし何もしてなかったじゃん……。


「ユズキのフォロー? コヒナタ、何したの?」


「えっ、あ、あのですねっ……先日ビラ配りをお手伝いさせてもらったのですが……」


 千冬さんとの舌戦に集中しているかと思いきや、しっかり明璃ちゃんの発言に反応するルナ。

 じ、地獄耳なのか……。


「え、どういう事ユズキ。なんでコヒナタだけ?」


 疑問を投げかけながらも、どこか追求の鋭さも感じさせる口調でルナに問い詰められる。


「いや、たまたま小日向が居合わせだけで……」


「“手伝える事あったら言ってね”って、ルナ言ったのに。ユズキは呼んでくれないんだ」


「いや、そういうつもりじゃなくて……一人でやらないと意味ないと思って」


「でも結果的にコヒナタは手伝って、それで助かったんだよね? つまりルナは役立たずで要らない子って事だよね?」


「……」


 うわああああぁぁあぁぁ。

 どうしたらいいんだぁあああっ。

 今度は明璃ちゃんも巻き込んで話がカオスになっていくぅぅぅ。


(小日向、あんたも話に加わってるんだから上手い事言ってよっ)


(え、ええ……)


 こうなったら主人公の手腕に願いを込める。


「わたしはただ通りかかった生徒の皆さんに、楪さんを愛しましょうとお伝えさせてもらっただけです。誰でも出来る事でしたから、お手伝いにもなってませんよっ!」


「ユズキを他の人から愛させる……?」


「私の選挙活動なのに、楪を推していたの……?」


 あ、明璃ちゃん……。

 言葉足らずで、ヒロイン二人の火に油を注いでどうする……。


「そう……スズカゼばかりと思っていたけど、コヒナタも危険人物だったんだ」


「こんな身近に妨害行為をされていたなんて、灯台下暗しとはこの事ね」


 ああ……。

 燃え盛る炎が見える。


(楪さん、ダメでしたっ)


(うん、悪化したね)


 もうこうなったら力業だ。


「みんな、争ってばかりじゃ良くないよっ! ちょっと冷静になろう!」


「「誰のせいだと思ってるの・かしら?」」


「……はい」


 わたしも皆のためを考えているはずなんだけど……。

 どうしてこうも一丸になれないのだろうか。

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