15 理由は明白
「はい、ユズキ」
テーブルの上に、ティーカップが置かれる。
紅茶の香りが漂っていた。
「あ、ありがとう……」
「飲んで、少しは落ち着くだろうから」
ルナはあたしの対面に座ってティーカップを持つ。
あたしもそれに習って、紅茶に口をつけた。
茶葉の香りと甘み、暖かさと共に流れていく。
「……お、美味しい」
落ち着くのと同時に鼻に抜ける芳醇な香りに感動する。
茶葉のはずなのに、どこか果物のような甘い香りが引き立っていた。
「ふふ、ルナ紅茶にはこだわりあるから」
さ、さすが英国令嬢……ただ紅茶を振る舞うだけでは飽き足らず、そのクオリティも段違いとか……。
市販のペットボトルくらいしか飲まないあたしとは大違いだ。
「じゃなくてっ!?」
いや、待て待て、あたしは何を落ち着いているんだっ。
「どうしたの?」
「なんであたしはルナの部屋にいるのかなっ」
あたしは寄宿舎のルナの部屋に強制連行されたのだった。
ちなみにルナのリアンは席を外しているらしい。
「ユズキをあんな危険な場所には置いておけないから」
「危険なんてこれまた大袈裟な……」
千冬さんのお怒りは沈んでいたので、既に空き教室は安全地帯だった。
ルナには分からなかったかもしれないけどね。
「ルナは本気で言ってる」
「……あ、えと」
強めの声音になるルナ。
ティーカップを置いて、彼女は改めてそのアイスブルーの瞳であたしを見つめる。
「どんな理由があっても、演説をしただけで非難される状況は異常」
「まぁ、滅多にない事だろうとは思うけど……」
「この学院は閉鎖的、だからこそ“ユズキを傷つけてもいい”という同調圧力が働いてもおかしくない」
「確かに、色々言われるかもしれないけどさ。でもビクビクしてたら何も出来ないって言うか……」
「ユズキは分かってないっ」
食い入るようにルナが声を荒げる。
彼女が人の話を遮ってまで話そうとするのは滅多にある事ではない。
顔を上げたルナは張りつめたような表情を浮かべていた。
何か気を悪くさせただろうかと不安になる。
「人は、自分以外の誰かなら人と思わないで傷つける事が出来る。その冷たさをユズキは分かってない」
「ルナ……」
それは、この学院で唯一他国の血を引き、その圧倒的な資質から人との関りを断絶させられている彼女だからこその叫びだったのだろう。
れ以外にも何か過去の出来事にもそう思わせるきっかけがあったのかもしれない。
その痛みをルナは訴えているのだ。
「だから、そんな事にならない内にやめるべき。その時が来てからじゃ遅い」
なんて優しい人なんだろう。
あたしの身を案じてここまで憂慮してくれているのだ。
その思いやりをあたしなんかが受け取るなんて、贅沢すぎる話だ。
「でも、途中でやめるわけには……」
「立候補者ならまだしも、責任者なら理由を話せば交代は問題ないはず。やりたいと言っていたコヒナタに任せればいい、それが駄目だならルナが代わりにやってもいい」
「そ、そこまで……?」
「うん、ユズキの為ならそれくらいは出来る」
……これは願ったり叶ったりではないだろうか?
間違っても悪女の
千冬さんの副会長当選の可能性も上がるに決まっている。
断る理由はない。
「ありがとう、ルナ。心配してくれて」
そうだ、それでいいじゃないか。
きっと物語は元の路線に戻ろうとしている。
あるべき形に収まろうとしているのだ。
それをあたしは望んでいたのだ。
「そう、良かった。これでもルナも安心」
だから、あたしは――
「でも、あたしは責任者を最後までやるよ」
――その覚悟を、真っすぐに告げた。
「え、なんで……?」
安堵してほっと胸をなでおろしたはずのルナの表情が再び強張る。
一喜一憂させてしまって本当に申し訳ない気持ちで一杯だけれど、それでも覚悟は決まっていた。
「ルナみたいに心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱりあたしのせいでこんな事になったのは変わらないと思うんだ。だから、その責任はあたしが取らないと」
本来は穏便に終わるはずの街頭演説を壊してしまった責任はあたしにある。
それを主人公やヒロインに丸投げするなんて、正しくないと思う。
もう少しひねくれた言い方をするのなら、このまま学院の生徒に嫌われてしまったら追放ルートに向かうリスクは大いに高い。
だから、やっぱりこれはあたしのワガママだ。
「それに、あたしは言っちゃったんだ。“涼風千冬が必ず副会長に当選する”って。だから、それを丸投げには出来ないよ」
「ユズキ……、そんなにスズカゼの事が大事なの? あの人はユズキを利用してるだけ」
ルナは伏し目がちにあたしの手を取った。
その心配が空気と温度から伝わってくる。
とても嬉しいし、心苦しいけれど。
でも、それは違うと思うのだ。
「千冬さんは言ってくれたんだ。あたしの事を”
ヒロインがどうとか、悪女がどうとか。
そんな事より前に、あたしはその信頼に応えたい。
一度、裏切ってしまったその信頼を取り戻すために、あたしはもう一度動かないといけないんだと思う。
「だから行かなくちゃ」
「……本気なんだ」
ルナがその手をそっと放す。
あたしの気持ちを汲み取ってくれたのだろう。
手からは失われていく体温はどこか寂しさも感じるけれど、止まってはいられない。
「何かあったらルナはすぐに止めるから」
「ありがとう、そうならないように頑張るよ」
そうして決意を固めて、あたしは涼風千冬との生徒会選挙へと望む。
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