13 街頭演説
気を取り直して、あたしは
「街頭演説ってどこら辺でやるの?」
基本的に昼休みは、自習や休む生徒を配慮して校舎内では行わない。
“街頭”が意味する通り、屋外でやる事になるのだが、特別それ以外で場所は指定されていない。
「一番良いのはグラウンドの中央でしょうけれど。そこは難しいでしょうね」
「そうなの?」
「人が集まりやすい場所は二・三年生が独占するでしょうから、そこに割って入れないのよ」
「なるほど」
そして、千冬さんは唇をきつく引き結ぶ。
「それにどうせ街頭演説は生徒会長候補の独壇場になるわ、だからここで目立つのは正直難しいのよ」
上級生の方が実績もあり人脈も厚い。
入学したてのルーキーが目立てるほど甘い世界ではないのは、千冬さんも重々承知している。
悔しいだろうが、そういう客観性を持っているのも彼女の賢さだ。
「まあまあ、大事なのは他の副会長候補より目立つ事じゃん? それなら問題ないでしょ」
会長候補が目立ったとしても究極それは千冬さんにとっては関係のない話なのだ。
「気軽に言うわね」
「ビジュがいいんだから、大丈夫大丈夫」
「……軽薄に何度も繰り返すと、言葉は軽くなるものよ」
そうは言いつつも、視線を泳がす千冬さん。
ふふ、可愛い奴め。
それにあたしは本当にあまり心配はしていない。
原作でもこの場面では
だから、わたしもその展開にあやかっていればいいはずだ。
「この場所に落ち着いたわね」
結局、あたし達は校庭の隅っこにポジションをとる事になった。
中央の良い位置は会長候補が陣取り、その周囲を大勢の生徒が囲むため、必然とこの位置に追いやられる形となった。
「それじゃ、まずは貴女の応援演説から始めてもらおうかしら」
周囲の候補者達も演説を始めている。
やはり多く集まるのは上級生たちの方で、あたし達の前には数人ほどしか集まっていない。
「こほん……それでは」
そういう意味ではあたしも役に立てるかもしれない。
明らかに分不相応な人間がこの場にいるのだから、人の注目を集める可能性は高い。
そこに千冬さんの有能さをアピールするチャンスがある。
この流れに問題はないはずだ。
「この度、副会長立候補者
「あら? 今、そちらで演説していらっしゃるのは
と、滑り出しから奇異の声が聞こえてくる。
興味というよりは、何か非難めいたニュアンスが声音から感じられた。
「本当ですわ、あの問題児と呼ばれている方じゃない。あんな人が街頭演説をしているなんて……」
「冷やかしで立候補されたのかしら」
あー……まぁ、これは仕方ない。
明璃ちゃんやルナは寛大すぎるし、千冬さんは柔軟すぎるだけで。
本来、楪柚稀はこうして扱われる人物なのだ。
このような場にふさわしくないと思われて当然だし、ここは我慢だ我慢。
「――以上になります」
とりあえず予定通りのスピーチは行えたはずだ。
そして、“楪柚稀が応援演説をしている”という事態はやはり珍しかったらしい。
野次馬のように人が集まり出していた。
「思っていたより集まったわね……」
さすがの千冬さんも想定外だったのか、上級生並に集まった人だかりに息を呑む。
「あたしがやっぱり目立っちゃったみたいだね」
「良くも悪くも……ね」
それを千冬さんの柔軟な修正によるスピーチによって、傍聴者は関心するはずなのだが……。
「あら、あちらが立候補者の方?」
「そのようですね。あんな責任者しか推薦できないのですから、さぞかし未熟な立候補者なのでしょうね」
止まる事のない中傷が耳に届く。
明らかに意図的な嫌味を含んでいた。
まあ、楪柚希の人間性を考えれば多少の非難は覚悟の上だ。
だけど……。
「……やるしか、ないわね」
千冬さんがどこか気圧されている。
状況は完全にアウェイ。
それもあたしのせいで非難をしても構わないような空気が
「只今、紹介に預かりました副会長立候補者の涼風千冬です。私がこの学院をより良いものにする為に改革が必要だと考えています。まず――」
どこか声を上擦らせながらも、いつもの落ち着きを見せながら話し始めるが……。
「この学院をより良い物ですって?」
「あら、どうなさいました」
「だって、あんな稚拙で粗野な方を責任者に据えているのですよ? 学院をより良いものに変えたいと仰るなら、まずはそちらの人間性を改めるのが先じゃないかしら」
「確かに、それは一利ありますわね。既に矛盾しているんですもの」
益々、声高になっていく。
「それに、立候補者の方も一年生らしいじゃないですか。立候補するのは自由ですが最初から副会長だなんて高望みな。まずは地に足を付けて自身を
「それは言っても難しいに決まっていますわ。そんな知性がおありなら、こんな恥ずかしげもなく分不相応な立ち振る舞いは出来ませんもの」
「違いありませんわね」
これは演説を聞いてもらっていると言うより、見世物として見られているような気分だった。
そんな小馬鹿にしような空気が集団を支配している。
「――っ」
そのせいで、千冬さんも言葉が止まってしまう。
……あたしの責任だ。
楪柚稀の悪女としての積み重ねが、この事態を生んでしまったのだ。
「あら、立候補の方はスピーチの内容が飛んだようですわよ」
「このヴェリテ女学院の生徒会選挙を何だとお思いなのかしら。あのような者が立候補するだけでも伝統と格式を貶めている事に気付いて頂きたいですわね」
その言葉は、あまりに度を越え辛辣だった。
「……も、申し訳」
そして、あの千冬さんの戦意を喪失させるほどのものだった。
どれだけ彼女が傑物であろうと、まだ一年生。
入って間もない少女がこの場に立つ事が怖くないわけがない。
それを上級生に恥だ何だと騒がれては、傷つくに決まっている。
そして、この事態に一番憤っているのは、この状況を生み出してしまったあたし自身だ。
「……っるさいなぁ」
空気が静まり返った。
「今、あの方何と仰いました?」
「さ、さぁ……。さすがにこの学院であんな品のない言葉を話すような方は……」
「あたしが言ったのよ!」
気付けば、声を荒げていた。
「な、なんですって?」
「ぶ、無礼な、場を弁えなさい。全く品性の欠片もない、たかが一年生が……」
「勝手なこと言わないで! この場は生徒会役員になるのにふさわしい人物かどうかアピールする場でしょ! その勇気を黙って聞けない人の方が品の欠片もないから!」
「んなっ……!?」
あたしの事はいい、楪柚希はそれだけ言われるような事をしてきた人間だ。
だけど千冬さんは違う。
彼女は非難を受けるべき人じゃない。
こんな不当な扱いは絶対に間違っている。
「いい、誰がどう考えても副会長にふわしいのはここにいる涼風千冬なのっ! この才女が成らずして誰が副会長になるの? 損失だから、彼女が成らないとヴェリテ女学院の損失だからっ! 分かったら選挙当日は絶対に涼風千冬に投票っ! 見てなさい、必ず当選してみせるんだからっ!!」
そう声高に宣言して、さっきまでの嘲笑の声が一切なくなるのもまた一瞬だった。
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