12 勘違い


 というわけで翌週の昼休みである。


「いい、準備は出来た?」


 千冬ちふゆさんから声を掛けられる。


「ええ……まあ」


 今から向かうのは“街頭演説”である。

 何と言うか原作シナリオうんぬん関係なく気は進まない。

 不特定多数の前で話をするなんて慣れていないし、苦手意識が強いからだ。


「歯切れが悪いし、顔色も良くないわね。何かあった?」


「いや、その緊張してきたと言うか……」


 顔色一つ変えずクールな表情のままの千冬さんの凄みを感じる。

 場慣れをしているのだろう。


「それはいけない、無理をしたらダメ。休んでユズキ」


 するとルナは、立ち上がったあたしの肩を掴んで再び座らせてくれる。

 これがヒロインの優しさか。


「ルナ・マリーローズ、邪魔をしないで」


 しかし怪訝そうな表情を浮かべる千冬さん。

 この二人は言い争う運命にあるらしい。


「邪魔をしているのはそっち、ユズキが可哀想」


「これがゆずりはの役割なのだから憐れむのは見当違いよ、部外者が口を挟まないで」


「部外者……? ルナはユズキを心配しているだけ」


「その心配が余計なお世話なのよ、それとも何? 代わりに貴女がやってくれる気にでもなった?」


 元々ルナを責任者にしたかったのが千冬さんだ。

 この流れで代役を買って出てくれるならそれでも良いのだろう。

 ここまで計算していたのなら千冬さんも中々に策士だ。


「ルナがそんな事をする理由はない」


「じゃあ余計な口出しはやめてもらおうかしら。代案はないのに文句だけは言いつけてくるなんて、とんだ厄介者ね」


「……」


 今度はルナの眉間に皺が寄る。

 千冬さんの言い分も間違ってはいないが、言い方に棘がある。

 もう少し穏便に事を運んで頂けると助かるのだが、ライバル視している相手だけあって難しいのだろう。

 乙女心は複雑だ。


(あ、あの……空気が重すぎて場違い感が否めないのですが)


 そして隣に座る明璃あかりちゃんがヒソヒソ声で話掛けてくる。

 本当ならこの渦中の中心人物になるはずの主人公である。


(今からでも遅くない、代わりに責任者をやってちょうだい)


(無理ですって、涼風すずかぜさん、あたしなんか眼中になしって感じですもん)


(そこを振り向かせるのがあんたの実力でしょうが)


(そんな実力はありませんが、楪さんにそう思ってもらえるのは嬉しいですね……えへへ……)


 どこに照れてんだっ。

 本当に君にはその力があると言うのにっ。

 これが無自覚系主人公か!?(違う)


「ほら、ぼさっとしてる暇はないわ。行くわよ楪」


 すると千冬さんに腕を掴まれて再びスタンドアップさせられる。

 立ったり座ったり大変である。

 千冬さんに強制連行されるようにあたしは廊下へと向かった。

 背中に突き刺さるような視線を感じたのは、きっと気のせいではないだろう。







「街頭演説の前に、貴女に一つ忠告しないといけない点があるわ」


「へ?」


 空き教室に連れていかれ、何かと思えば千冬さんが腕を組んであたしを上下に視線を動かす。

 なんだ、あたしをそんなジロジロと見回して……はっ!?

 誰もいない教室、二人きり、体を見つめる……それって!!


「千冬さん早まったらダメ!」


 もしかして本来、明璃ちゃんを相手に行うべき“むふふ”な展開をあたしにやるつもりかっ!?

 本来、もっと先にあるべき展開をあたし相手に早まるなんて。

 バグか、バグが起きているのかっ。 


「……は?」


「あたしを相手に変な気持ちになってるかもしれないけど、それは過ちだからっ。その感情を覚えるべき相手は別にいるのっ」


「いや、ちょっと何を言ってるのか分かんないんだけど……」


 このクールな表情に抑揚のないテンションに騙されてはいけない。

 彼女は出来るだけ感情を押し殺すキャラクターなのだから、その心の奥底にはとんでもない劣情を抱いているに違いない。


「とぼけても無駄、本当はあたしを相手にイケない事をするつもりだったんでしょ?」


「……は? はぁ!? そんな事するわけないじゃないっ」


 ようやく自分が図星を突かれた事に気付いたのか、千冬さんが声を荒げる。

 この表情の豹変ぶり彼女の感情が表面化した何よりの証拠だ。


「その慌て方、やっぱり図星だったんだ」


「貴女が頭のおかしい事を言っているからでしょっ」


「大丈夫、今のは不慮の事故。他言無用にするから安心してちょうだい」


 あたしというイレギュラーが乱数となり、本来起こるべきイベントを先に持ってきてしまったのかもしれない。

 だから、これは千冬さんに責任はない。

 ただ未然に防げた事を良しとすればいいだけの事だ。


「ふぅ、良かった。これで万事解決ね」


 あたしは額に浮かんが冷や汗をぬぐって、空き教室を後にする。

 この空間が悪なのかもしれない。

 早く脱出しなければ。


「ちょっと待ちなさいって」


 がしっと肩を掴まれて廊下に出るのを千冬さんに阻まれる。

 な、なんだと……?


「ま、まだ、感情を抑えられないのっ?」


「だから違うと言っているでしょう、そんな用件じゃないのよっ」


 な、なんだと……?

 あんなに人様の体をジロジロと見ておいて?

 百合ゲーで、主人公がこなすべきイベントをあたしが代替して、むふふ展開が起きる場所にいて?

 何もないなんて、そんな都合の良い話がありますかね。


 ……ま、まあ。

 もしかしたら本当に違うのかもしれない。

 あたしの勘違いだったという可能性も完全否定は出来ない。


「じゃあ、一体なに?」


 ここは落ち着いて、千冬さんの話を聞こうじゃないか。


「貴女のスカート――」


「ひいっ!」


 やっぱり体目当てじゃん!

 まずいって、それは本当にダメだってっ。


「って、ちょっと変な声出さないでもらえるかしらっ」


「ち、千冬さんが性欲お化けにっ……」


「だ・か・らっ! そうじゃなくてっ、スカートの長さの話をしているのっ」


「そう言いながら、あたしの体をそんな見ないでもらえますかっ!?」


 ゆずりは柚稀ゆずきは悪女ではあるがビジュは相応に端麗なのだ。

 ただ、不敵な笑みが似合いすぎる愛想のなさが悪目立ちしているだけで。

 それはそうとて、そんな劣情を向けられるわけにはいかない。

 その感情は主人公に向けられるべきものだ。


「だから、スカートの丈を直しさなさいと言っているのよっ」


「……ん?」


「制服を正しく着こなさない生徒が、副会長の責任者になれるわけないでしょ。だから言っているのよ」


「……ああ」


 なるほど。

 楪柚稀の制服の着こなしはちょっと崩し気味なのである。

 あたしとしては一応その着こなしは守っていたのだが。

 千冬さんの言っていた事はつまりそれ。

 最終的にどういう事かと言うと。


「あたしの早とちりだった?」


「最初からそんな気はないと私は言ったはずよっ」


 うん、そうだったんだ。

 あたしを相手にそんな展開になるわけないかぁ。

 ……気まず。


「すいません」


「分かればいいのよ、早く直しなさい」


「……はい」


 教室の空気はどこか重苦しいものに変わっているのだった。

 あたしのせいか。

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