09 おしくらまんじゅう、押されて泣くな


 何がどうしてこうなった。

 どうしてあたしが主人公とヒロインの二択を強いられているのだ。

 おかしな展開にも程がある。


「二人とも自分の部屋に戻ったらどうかな?」


 なので、あたしが提示する案は一つ。

 何もなかった事にして、元通りの展開に戻ってもらう。


「それは有り得ない、出ていくべきはコヒナタ」


「それを言うならルナさんだと思います。わたしはゆずりはさんにお礼をしている最中でしたのでっ」


 うん、譲る気ないねー。


「いつまでも一緒にいるのはユズキにとって負担、そろそろ離れるべき」


 そうは言ってもルナが残ったら、あたしの負担的には同じ状況だと思うよー?

 ルナにとっての都合の良い論理展開に思わずツッコミたくなってしまう。


「いえ、楪さんはとても喜んでくれていましたっ。負担になんてなっていません」


「……そうなの?」


「ええ、それはもう感動して震えるほどに」


 さらっと嘘つくのはやめようね明璃あかりちゃん?

 あたし全然普通の態度だったよね、むしろもうそろそろ帰ってほしいなーって催促してたくらいだよね?


「ならそこで終わるべき。感動という感情のピークは、落ちるのもまた早い」


「はうっ!?」


 うん、嘘ついた挙句に論破されて言葉を失っちゃってるね。

 そもそも問答で主席のルナに勝てるわけないんだから、諦めた方がいいと言うか……。

 ああ、でもこの感性で話す明莉ちゃんのスタイルがヒロイン達には刺さったのだから、これでいいのか……?

 とは言えあたしも呑気に聞いてばかりもいられない。


「二人とも、そんなに話す事があるのならやっぱり別の場所で語ったらどうかな? ほら、小日向こひなたにはリアンがいないみたいだから、そっちの部屋で……」


 よし、原作に戻す導線を引いたよ?

 これで二人で語らうシーンにしてちょうだいなっ。


「必要ない、特に話す事もない」


「はい、マリーローズさんに譲って頂ければ大丈夫ですから。わたしの部屋にお連れする必要はありません」


 うん、興味持とうかっ。

 主人公とヒロイン同士なんだから、もうちょっとお互いに興味持とうかっ!


「ルナは譲らない、譲るべきはコヒナタ」


「ど、どうしてわたしなんですか。先に来てたのはわたしなんですよっ」


「だから、そろそろ解放すべき。ずっと一緒にいたのなら、今度はルナに時間を分けるのが自然」


「う、ううっ……」


 うん、問答に弱すぎるからね明璃ちゃん。

 その勇猛果敢な姿勢は良いと思うけどさ。


 それにしても、二人とも良く喋る。

 話の中心にいるはずのあたしが結局、全然発言出来ていない。

 なんだかんだ言いつつ、主人公とヒロインの阿吽あうんの呼吸を感じている。 


「そうは言いつつ、二人ともこんなにたくさん話し合ってるんだから息合ってるんじゃない?」


「ユズキとの息は確かに合う」


「楪さんと自然と話せている感じは心地よいですね」


 うん、全然あたしの話聞いてないじゃん。

 ていうか、なんだ。

 二人ともどうして最終的にはあたしの方に話を持ってくるのかな?


「二人とも譲る気全然ないよね?」


「ない」


「ありません」


 これはどうしたものか。

 明璃ちゃんとルナが一緒になる事はないし、かと言ってどちらか一方を優先してしまっては角が立つ。

 そうなれば主人公とヒロインの間に溝を生みかねない。

 何か妥協案は……。


「分かった、じゃあ二人ともここにいる事にしよう」


「コヒナタも?」


「ルナさんも一緒にですか?」


 二人で不服そうな表情を浮かべる。

 勘弁して下さい、仲良くして。


「二人とも譲る気ないならそれしかないでしょ。用が終わったらさっさと帰ってもらうからね」


 とりあえず、この二人が一緒にいる事が最優先。

 要はあたしが潤滑油となって、二人の仲を取り持てばいいのだ。

 フルリスのファンとして、恋のキューピットになる事に躊躇ためらいはない。


「楪さんがそう言うなら、大人しく言う事を聞きます」


「ルナもユズキを困らせたいわけじゃない」


 どこか納得はいっていないようだが、渋々了承する二人。

 このまま、上手いこと二人を繋ぐトークに展開していければいいのだが……。


「それじゃ、テーブルに戻りましょうか?」


 気づけば、思わぬ来客に部屋で全員が立ったままになっていた。

 明璃ちゃんはさきほど自分が座っていたダイニングテーブルの椅子に座る。

 あたしもその対面に座ろうとして、ふと思い留まる。


 この部屋、ダイニングテーブルの椅子は二脚しかない。

 当然、部屋はリアンの二人一組しか想定していないため大人数を迎え入れるような仕様にはなっていないのである。

 ほんの少し距離は離れてしまうが、ルナはリビングにあるソファに腰かけてもらうしかないか……。


「あ、悪いんだけど椅子ないからソファの方に座ってもらっていい?」


 あたしがルナに催促しようとした所で、目の前に座る明璃ちゃんが口角を上げていた。


「ふふっ」


 悪い顔をしていた。

 自分は対面を取ったと言わんばかりに、若干勝ち誇るような表情を浮かべていたのだ。


「――っ!?」


 そしてルナもその状況に気付き、唇を噛み締めていた。

 いや、あの、二人とも数秒の刹那で出し抜き合うのやめてもらっていいですか?

 この作品そういうのじゃないから。

 もっと可憐な少女の恋物語を楽しむ作品だから。


「大丈夫、ユズキ。椅子ならある」


「え、ないけど……」


 突然何を言ったかと思えば、ルナの視線はあたしに注がれていた。

 それってつまり……。


「あたしの席を奪う気ねっ」


 なるほど、とうとうルナも悪女であるあたしを出し抜き明璃ちゃんと仲良くなる気持ちになったわけだ。

 正しい反応だっ、それならあたしも喜んで席を差し出すよっ。


「大丈夫、ユズキはそのままでいい」


「え、あれ?」


 立ち上がろうとすると、ルナに肩を押さえられた。

 それだと、どこにも椅子はないんですか?

 しかし、ルナはあたしの側から離れようとせず、むしろそのまま腰を下ろしてきたのだ。

 え、何事?


「ちょっと狭くてユズキには申し訳ないけど、ルナはこれでいい」


 ルナはあたしの椅子に腰を下ろしていた。

 二人分のお尻を、一つの座面にシェアしている形だ。

 隣……というか、ほぼ左半身のほとんどをルナと接触してしまっている。


「え、ええっ!?」


 思わずあたしが変な声を漏らしてしまう。

 何この至近距離、ていうかルナ体細いのに触ると柔らかっ。

 体温はしっかりあたたか……じゃなくてっ!


「な、ななっ、何をしてるんですか、マリーローズさん!?」


 あたしの動揺より先に明璃ちゃんが声を上げる。


「椅子がないから座ってる」


「楪さんとくっついちゃってるじゃないですか!?」


「椅子がないから仕方ない」


「理由になってませんよっ!」


 一切動じず平然と座り続けるルナ。

 あたしはどうしていいか分からず硬直してしまった。


「楪さん、これはどういう事でしょうか!?」


 知らない知らない知らない。

 こんな状況、原作にもなかったよっ。

 明璃ちゃんに説明を求められても、あたしも理解不能な状況なのである。


「どうぞ、コヒナタはその砂糖の塊を飲み終わったら部屋に戻るといい」


「む、むうううっ!」


 あの、主人公とヒロインで小競り合いするのやめてもらえませんか?

 あたしは二人に仲良くなって欲しいんですよ?


 ――ガタッ


 と、今度は明璃ちゃんが席を立つ。

 とことこと歩いて、今度はあたしの右隣に立つ。


「失礼しますっ」


 え、嘘でしょ……?

 事もあろうに、明璃ちゃんは今度はあたしの右隣に座って来たのである。

 一つの座面に三人分のお尻をシェア。


「ちょっ、コヒナタ……ルナ座れない」


「そ、それは、わたしもです……」


「じゃあ、どけるべき」


「どうぞ、ルナさんは前の席を使ってください」


 ぬおおおおおっ。

 なんか左右でぎゅうぎゅう押し付け合う、おしくらまんじゅう状態になってしまった。

 こ、この状況って……ま、まさか……!?


「“百合の間に挟まってる”……!?」


 それはつまり明璃ちゃんとルナに咲くはずの百合の花を、あたしが邪魔してしまっているという事だっ。

 な、なんていう事だ……。

 これまでアレほどフルリスの物語を邪魔しないように生きてきたというのに、結果、あたしは楪柚希の悪女ムーブを遂行してしまったという事かっ。

 くそっ、甘く見ていたっ、ここまで悪女としての強制力が働くなんて……!!


「じゃ、じゃあ、あたしが前の席に座るねっ!!」


 とにかくこの状況を打破しなければっ。


「「それはダメ(です)」」


 な、なんでだああああああああ。

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